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用済みだと追放された天才を怒らせてはいけない。彼は世界を壊す『技術』を持っているのだから/復讐のアーキテクト  作者: 赤腹井守
第七章 ファイナル・ヴィクトリー

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066 号哭

 すべてを光で飲み込み、物理的に消滅させた圧縮魔力爆弾の爪痕。

 完全に崩落し、原型を留めない瓦礫の山と化したバルカン社の地下最深部には、ただ火の粉が舞い、チタン合金が熱で溶け落ちる不気味な音だけが響いていた。


 その死の静寂を破るように、瓦礫の奥深くで、赤黒い光が微かに、しかし確かな鼓動を刻み始めた。

 ドクン、ドクン、と。

 それは、空間の酸素を貪り食うような暴力的な脈動。


 数トンの瓦礫が内側から吹き飛ばされ、そこから巨大な鋼の腕が突き出された。

 ドフレイニア。

 超重装甲の大部分は爆発の熱量によって無惨に融解し、左半身の機械部品からは致命的な漏電の火花が散っている。本来であれば、いかなる生物であっても完全に即死しているはずのダメージ。だが、彼の胸部に埋め込まれた『ゴリアテ』の魔力炉は、主の命を強引に現世へと繋ぎ止めるように、異常な速度で細胞と金属を強制結合させていた。


 ドフレイニアが、ゆっくりと琥珀色の義眼を開く。

 そこに痛みへの恐怖や焦燥はない。ただ、眼前の獲物を逃したことに対する、純粋で獣じみた殺意だけが静かに再燃していた。


「……生存を確認。あなたのその理不尽なまでの耐久力は、私の演算のさらに上を行くようです」


 立ち上がろうとするドフレイニアの傍らに、足を引きずるような歩みで一つの影が近づいてきた。

 オリンディアスのスペアボディである。

 爆発の直前、咄嗟に多重の防性障壁を展開したものの、純白だったセラミックの肌は広範囲にわたって焼け焦げ、左腕は半ばから消失していた。無機質な顔の半分が崩れ、眼窩の奥で明滅するソースコードが剥き出しになっている。


「ジェネシス・コードの抽出率は九十九パーセント。……しかし、完全なコピーには至りませんでした。イレギュラーによる自爆と、圧縮魔力兵器の使用。……極めて遺憾な結果です」


 オリンディアスは、己の破損したボディを一瞥することもなく、淡々と被害状況を報告する。

 ドフレイニアは何も答えない。ただ、ヒバリが姿を消した崩落の隙間――地上へと通じる微かな風の通り道を、血に塗れた義眼で無言のまま睨み据えていた。

 絶対的な暴力と、冷徹な演算機能。ダイダロスの誇る二つの最高戦力は、致命的な傷を負いながらも、未だその心臓を止めてはいなかった。


 ◆◆◆


 重層都市バビロンの中心、バルカン社本社ビルの最上階。

 眼下に広がる黄金の夜景とは裏腹に、ミレポラの執務室の空気は、物理的な重圧を伴って凍りついていた。


 ミレポラは、窓際で優雅に脚を組み、ワイングラスを片手に夜景を見下ろしたまま、一言も発していなかった。

 彼女の指先が鋭く変形し、バルカン社のメインフレームと直接データリンクを行っている。そこから彼女の脳裏に流れ込んでくるのは、地下施設からの絶望的な報告であった。


 警備システムの完全な沈黙。

 カルキアの機能停止、クロエイアの連絡途絶、グラウクスの生体反応消失。

 そして――ジェネシス・コード抽出の失敗と、ヒバリの逃亡。


 ピキリ、と。

 ミレポラが握っていたクリスタルガラスに、亀裂が走った。

 次の瞬間、グラスは粉々に砕け散り、真紅のワインが彼女のシワ一つない純白の白衣と、赤いドレスを汚して床へと滴り落ちた。


「……ゴミどもが」


 豊満な胸を微かに上下させ、ミレポラの艶やかな赤い唇から、地を這うような低い声が漏れた。

 声を荒らげることはない。物を手当たり次第に破壊することもない。しかし、そのシワ一つない完璧なプロポーションから放たれる『静かなる怒り』は、周囲の空間をひび割れさせるほどに苛烈で、底知れぬ狂気を孕んでいた。


「私の……私の、美しい計画を。あとほんの一歩で完成するはずだった、神への到達を……。どこから湧いて出たかも分からない、出来損ないの小動物どもが……ッ」


 ミレポラは、ワインで濡れた手を拭おうともせず、ギリッと奥歯を噛み鳴らした。

 彼女の脳裏に、あの青白い顔をした生意気なアーキテクトの姿が浮かぶ。


「逃がさないわ。絶対に」


 女帝の宣告が、冷たい執務室に響き渡る。


「バビロンの全防衛網を起動しなさい。警察、治安維持部隊、ハルモニアのハンターども……使える手駒はすべて使いなさい。ダイダロスの全戦力をもって、ヒバリを狩り立てるのよ。生け捕りになどしなくていい。『脳髄』さえ無傷で持ち帰れば、あとはダルマにして構わないわ」


 ミレポラの深紅のルージュが、残虐な三日月の形に歪む。


 ◆◆◆


 バビロンの下層区画。光の届かない、廃棄された魔導パイプが入り組むネオンの死角。

 そこには、強酸性の冷たい雨が容赦なく降り注いでいた。


 上空を、バルカン社の紋章を掲げた無数のサーチドローンや、武装した警備車両がサイレンを鳴らしながら飛び交っている。ダイダロスの追手たちが、血眼になって逃亡者を探し回る光と音が、ひっきりなしに路地裏の隙間を舐め回していた。

 その光から逃れるように、ゴミ山の影にうずくまっている一つの影。


 ヒバリであった。

 彼は膝を抱え、まるで寒さに震える子供のように、身を小さく縮めていた。

 全身はずぶ濡れになり、抽出ポッドの培養液と、ハパロの血、そして泥が混ざり合って、彼の青白い肌を無惨に汚している。ポッドでの抽出による後遺症で、彼の身体は未だに自分の意志通りに動かず、指先一つ動かすことすら極度の痛みを伴っていた。


 だが、肉体の痛みなど、今の彼にとっては何も感じられないに等しかった。


(……なんで……)


 ヒバリの脳裏に、何度も、何度も、あの瞬間の光景がフラッシュバックする。

 炎の向こう側で、血まみれの顔で微笑んだハパロクラエナの顔。


 ――ヒバリ! 生きろ!!


 鼓膜にこびりついて離れない、あの絶叫。

 自分のために、あそこまでして命を投げ出せる人間が、なぜ死ななければならなかったのか。

 オウギの島で、彼がファレノと再会した時の、あの心からの笑顔。姉のために生きることを強いられていた誇り高き戦士が、ようやく自分自身の人生を歩み始めようとしていた、その矢先に。


(僕の……せいだ。僕が……僕の頭に、こんな呪われたコードなんて刻まれているから……ッ!)


 ハパロも、ミサゴも。

 コルリ、マガンも。

 そして、ルキオラ達も。


 自分と関わった人間は、すべて不幸になり、すべてを奪われていく。

 圧倒的な喪失感が、黒い泥のようになってヒバリの心臓を鷲掴みにし、呼吸すら困難にさせる。

 生かされた。ハパロの命と引き換えに、自分だけが、また生かされてしまった。

 その事実が、たまらなく恐ろしく、そして何よりも、激しい憎悪をヒバリ自身の内側に生み出していく。


「あ、あァ……ッ!」


 ヒバリは、両手で自身の髪を掻きむしり、泥まみれのコンクリートの地面に額を強く打ち付けた。

 皮膚が破れ、血が流れても、その自傷行為を止めることができない。


「あああァァァァァァァァァァァッ!!!」


 耐えきれず、ヒバリの口から獣のような慟哭が漏れた。

 それは、もはや言葉の形を成していない、純粋な絶望と悲痛の叫びであった。

 仲間を奪われた哀しみ、己の無力さへの怒り、そして、この理不尽な世界そのものに対する、血を吐くような呪詛。


 ピシャァァァァァァンッ!!!


 その時。

 バビロンの重層的な空を切り裂き、巨大な雷鳴が轟いた。

 天が怒り狂ったかのように落ちた雷光が、一瞬だけ、ゴミ山にうずくまるヒバリの姿を白日のように照らし出す。

 彼の魂を削り取るような絶叫は、その圧倒的な雷の轟音によって、世界から完全に掻き消された。


 誰も、彼の悲鳴を聞く者はいない。

 誰も、彼を抱きしめ、慰めてくれる者はいない。


 雷鳴が去り、再び訪れた暗闇と、冷たい雨の音。

 ヒバリは地面に額を擦り付けたまま、ただひたすらに、声にならない声を上げて泣き続けた。


 すべてを失った天才アーキテクト。

 彼に残されたのは、仲間の血で購われた『命』と、ダイダロスという巨悪に対する、もはや絶対に消えることのない、漆黒の復讐心だけであった。

 雨は止む気配を見せず、冷酷なバビロンの街を、そして孤独な復讐鬼の心を、ただどこまでも冷たく打ち据え続けていた。


 ◆◆◆


 数時間前まで、バルカン社の誇る世界最高峰の技術の結晶であった地下第十三セクターの秘密施設は、今や見る影もない焦土と化していた。

 天井は崩落し、ひしゃげたチタン合金の柱が墓標のように突き立っている。焦げた配線から漏れ出す有毒なガスと、培養液の悪臭が入り混じる灰燼の中へ、深紅のヒールが躊躇いなく踏み入った。


「……見事な惨状ね」


 ミレポラである。

 彼女は、血と泥にまみれた瓦礫の山を見下ろしながら、愛用する煙管型の電子ハーブをゆっくりと吹かした。そのシワ一つない完璧な顔には、先ほどまでの静かな激怒の名残はあるものの、すでに経営者としての冷徹な計算が勝っているようだった。


 彼女の背後には、左半身を失い、顔の半分からソースコードを明滅させているオリンディアスのスペアボディと、超回復によって強引に肉体を繋ぎ止めている満身創痍のドフレイニアが控えている。


「ご足労いただき申し訳ありません、ミレポラ様」


 オリンディアスが、欠損したボディのまま淡々と報告を始める。


「先の自爆による物理的損壊により、メインサーバーとの接続が断絶。抽出ポッドも完全に大破しました。……逃亡したヒバリの追跡には、すでにバビロン市内の全防衛網を稼働させていますが、現時点で発見には至っておりません」


「私が聞きたいのは、一つだけよ。オリンディアス」


 ミレポラは煙管を口から離し、純白の白衣を翻して振り返った。


「ジェネシス・コードは、どこまで手に入ったの?」


 オリンディアスの眼窩の奥で、膨大なデータが高速で処理される。


「……抽出プロセスは、完了直前で強制中断されました。しかし、クラウド上にアップロードされたデータの検証を行った結果、ジェネシス・コードの『九割』は、完全に当方のメインフレームへのコピーが成功しております」


「九割……」


 ミレポラの赤いルージュが、ゆっくりと弧を描いた。

 彼女の指先が鋭く変形し、虚空にホログラムのディスプレイを展開する。そこに映し出されたのは、人間の脳神経を模した、幾何学的で狂気的なまでに複雑なアーキテクチャの構造図。その大部分が、すでにバルカン社の所有権を示す赤色に染め上げられていた。


「欠損した一割は、基幹部分の微細な調整と、特定波長に対する最適化のプロトコルのみです。バルカン社の誇る演算リソースと私の処理能力を総動員すれば、残りの一割は理論上のシミュレーションで補完・代替することが可能です」


「……そう。ヒバリの脳を解体する楽しみは奪われたけれど、実利としては十分すぎるわね」


 ミレポラは、血塗られた瓦礫の中で、まるで舞踏会で歓喜の歌を歌うかのように、うっとりと両腕を広げた。


「神の設計図は、ついに私の手の中にある。ヒバリや、あの反逆者たちの足掻きも、結果的には私の玉座をほんの少し煤けさせたに過ぎなかった」


 彼女の狂気的な野心が、バビロンの地下深層で黒く燃え上がる。

 世界中の魔導回路を支配し、すべての秩序をミレポラの掌の上で書き換える、最悪の計画。


「聞きなさい、オリンディアス。ドフレイニア。そして、ダイダロスの全幹部たちへ」


 ミレポラの声が、データリンクを通じて組織の中枢すべてへと同時に発信される。


「これより、ダイダロスの最終フェーズへの移行を宣言するわ。……『アノマライザー計画』を、本格的に遂行しなさい。世界を、私の理想の形へと解体し、再構築する時が来たのよ」


 絶対的な女帝の号令。

 それは、ヒバリ個人の復讐劇という枠組みを完全に超え、世界そのものの支配が秒読み段階に入ったことを意味していた。

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