062 雷鳴
バビロン第十三セクター、バルカン社地下深層・秘密施設。
純白の防性隔壁に守られたその巨大な空間は、突如として天地を揺るがす轟音と共に、文字通り『上から』食い破られた。
「グオォォォォォォッ!!」
分厚いチタン合金の天井を融解させ、瓦礫の雨と共に舞い降りたのは、蒼いプラズマの炎を噴射するサイボーグ飛竜・トドロキであった。
超音速の推進力を乗せた質量兵器のごとき急降下プレス。それだけで、施設の上層フロアは半壊し、配電盤が弾け飛んで無数の火花が純白の空間に散る。
鳴り響く警報。粉塵が舞う中、トドロキの背から二つの影が施設内へと飛び降りた。
白銀の魔導細剣『カランサルティア』を抜き放ち、圧倒的な光の魔力を漲らせるハパロクラエナ。
そして、大太刀『祢祢』を構え、全身から青白い紫電を迸らせるコルリである。
「迎撃部隊だ! 侵入者を穴だらけにしろ!」
瓦礫の向こうから、バルカン社の重武装した警備兵たちと、数十機に及ぶ完全自律型の二足歩行警備ロボットが殺到してくる。
しかし、ハパロが斬り込もうとしたその刹那、先頭を走っていた警備ロボットたちの駆動がピタリと停止した。
『――IFF――敵味方識別――コード、書き換え完了。全機、私の手足となって働きなさい』
ロボットたちの外部スピーカーから、ノイズ混じりのミサゴの声が響き渡る。
トドロキの背にあるコックピットの中で、死の淵から辛うじて意識を取り戻した彼女は、物理的な端末操作に切り替え、施設内のローカルネットワークを力技で食い破っていたのだ。
次の瞬間、数十機の警備ロボットの光学センサーが、バルカン社の正規カラーである赤から、ミサゴの魔力波長を示す『紫色』へと一斉に変色した。
ロボットたちはクルリと踵を返し、あろうことか背後の警備兵たちへ向けて内蔵ガトリング砲を無慈悲に掃射し始めた。
「な、自律兵器が乗っ取られ――ぎゃああっ!?」
「いいぞ、ミサゴ! そのまま道を開けろ!」
かつて王都の裏社会を震え上がらせたハッカーの真骨頂。情報戦ではなく、物理的な制圧戦力としての暴力的なハッキング。
ハパロとコルリは、寝返ったロボットたちが作り出した血路を抜け、ヒバリが囚われている最深部を目指して一直線に駆け出した。
◆◆◆
施設の下層へ続くメインゲートへ差し掛かった時。
コルリの異常なまでに発達した動体視力が、瓦礫の陰から超音速で迫る『熱源』を捉えた。
「ハパロ、伏せてッ!!」
コルリがハパロを突き飛ばした直後、二人がいた空間を、空気を焦がす橙色の光刃が薙ぎ払った。
魔導高周波ブレード。
それを振るったのは、豹のようなしなやかな体躯を殺意に歪ませた第8位の暗殺者、カルキアであった。彼女の左腕には、マガンに破壊された生身の腕に代わり、禍々しい排気熱を放つパンドラ社製の『漆黒の最新怪力義手』が接続されている。
「あァ!? なんだ、チビの雷娘じゃない! あの陰キャ野郎はくたばったのかしらァ!?」
カルキアは口角をサディスティックに吊り上げ、高周波ブレードを構え直した。
「ハパロは先へ! ここは私がやる!」
「死ぬなよ、コルリ!」
ハパロが頷き、ゲートの奥へと姿を消す。カルキアはそれを追おうとはせず、目の前のコルリにのみ、その狂気に満ちた瞳を向けた。
「いい度胸ね。アンタのその可愛い顔、私の新しい左腕でミンチにしてあげるわよ!!」
カルキアが床を蹴り、砲弾のような速度で肉薄する。
コルリは一切の躊躇なく、自身のリミッターを完全に解除した。
「『極限駆動』――ッ!!」
コルリの全身の筋肉が雷鳴のごとき音を立てて爆発的に膨張し、神経の伝達速度が常人の数十倍へと跳ね上がる。
高周波ブレードの必殺の斬撃を、コルリは『祢祢』の峰でギリギリで弾き流す。刃が交差した瞬間、カルキアの漆黒の義手がコルリの腹部を狙って無慈悲な裏拳を放った。
空気を圧縮するほどの異常な怪力。まともに食らえば内臓が破裂する。コルリは瞬時に柄から手を離し、肘の関節技で義手の軌道を逸らすと同時に、カルキアの顎骨めがけて雷を纏った膝蹴りを叩き込んだ。
「ガ、ッ――! この、クソガキがァァッ!!」
カルキアが血を吐きながら激昂し、義手のバーニアを全開にして強引に間合いを詰める。
剣戟、打撃、関節技。息もつかせぬ超近接戦闘の応酬。
マガンを傷つけられたコルリの怒りと、左腕を奪われたカルキアの憎悪が、火花を散らして激突する。
戦いの決着は、一瞬の隙であった。
カルキアが義手の出力を最大にし、高周波ブレードと共にコルリを上下から挟み潰そうとした瞬間。コルリは防御を完全に捨て、懐へと深く潜り込んだ。
カルキアの刃がコルリの肩口を深く切り裂く。だがそれよりも一瞬早く、コルリの掌底がカルキアの心臓部に密着していた。
「貴方たちを絶対に許さないッ!!」
コルリの体内に蓄積されていた全魔力が、プラズマの槍となってカルキアの心臓へと直接叩き込まれる。
防ぐ術のない、体内からの直接放電。
「あ、が……ァ、ァァァァァッ!!」
カルキアは絶叫と共に全身を激しく痙攣させ、漆黒の義手から火花を噴き出しながら、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。
完全なる機能停止。カルキアの生存本能を、コルリの執念が完全に上回ったのだ。
「ハァッ……ハァッ……ッ」
肩口からおびただしい血を流し、コルリはその場に片膝をついた。極限駆動の反動で全身の筋肉が断裂の悲鳴を上げ、視界が明滅している。
それでも、彼女は『祢祢』を杖にして立ち上がろうとした。ハパロの後を追わなければならない。
だが、その時。
「あーあ。派手にやられちゃって」
瓦礫の影から、ひどく間延びした気怠げな女の声が響いた。
クロエイア。
豪華な漆黒のドレスに身を包んだ彼女は、足元の瓦礫を面倒くさそうに蹴りのけながら、ゆっくりと歩み出てくる。サングラスの奥にあるセンサーアイが冷たい光を放っているのとは裏腹に、その態度はあまりにも軽薄であった。
「……まじだるいっす。後片付けとか最悪なんですけど」
「次から次へと……ッ!」
コルリが気力を振り絞り、大太刀を構えた。
極限駆動の最後の一絞り。紫電を纏った必殺の斬撃が、クロエイアの首筋めがけて放たれる。
だが、クロエイアの皮膚の下を走る銀色の流体金属のラインが青白く輝いた直後、彼女の左腕の人工筋肉が瞬時に展開され、内部に組み込まれた魔導回路から強固な『重力障壁』が形成された。
コルリの渾身の雷刃が、見えない壁に衝突し、魔力が四散する。
「なッ――」
「ちょこまか動かれても困るんっすよねー」
クロエイアが深い溜め息をつく。驚愕するコルリの眼前で、今度は彼女の右腕が変形し、内部から炎属性の『魔導放射器』が形成される。
息もつかせぬ属性の切り替え。灼熱の業火がコルリを包み込もうとし、コルリは床を転がって必死に回避する。しかし、クロエイアの猛攻は止まらない。今度は彼女の背中の機構が展開し、無数の『追尾型の風の魔力刃』が射出された。
「だから、ちょこまか逃げ回ったって何の意味もないっつーの!」
重力、炎、風。
全く異なる系統の魔法と魔導武器を、タイムラグの一切ない完璧な精度で使い分ける『全身内蔵型兵器』。人間の魔力回路では絶対に不可能な、兵器としての神業とも言える魔法の連続行使。極限駆動で限界を超えていたコルリの肉体は、その圧倒的な弾幕の前に、為す術もなく切り刻まれていく。
風の刃で脚を深く抉られ、ついにコルリは膝をついた。
クロエイアが滑るように間合いを詰める。彼女の右腕から、最後となる魔導武器――空間そのものを切断する『絶対切断の魔導光刃』が伸びた。
「あ、その刀……いいなー。アタシも欲しいんですけどー」
クロエイアは、コルリが握りしめる大太刀『祢祢』を見下ろし、心底羨ましそうに呟いた。
そして、作業の片手間のような極めて軽い動作で、光刃を振りかぶる。
「……ま、死体から剥ぎ取ればいっか」
無機質な閃光が走り、コルリの胸の中央を完全に貫いた。
口から大量の鮮血が溢れ出し、彼女の身体が力なく後方へと倒れ込む。
薄れゆく視界の中。
コルリの脳裏に浮かんだのは、水郷都市ファウンテンでの穏やかな日々でも、王都での激戦でもなかった。
ただ、最期まで自分を庇ってくれたマガンの不器用な背中と、共にヒバリ奪還を誓い合ったハパロたちの顔だけだった。
(ヒバリさん……みんな……ごめんね……私……)
『祢祢』が、持ち主の手を離れて乾いた音を立てて床に落ちる。
雷鳴の戦乙女は、己の命の光を完全に使い果たし、冷たいコンクリートの床の上で静かに事切れた。
「さて、次はあの男っすか」
クロエイアは足元の骸から視線を外し、面倒くさそうに首を鳴らした。
そして、ハパロが消えたゲートの奥を見据え、気怠げに呟く。
「……さっさとぶっ飛ばしていいっすよね、社長」
兵器としての完璧な殺戮能力と、人間としての底知れぬ軽薄さ。
バルカン社の最深部は、そんな最悪の怪物が徘徊する、絶対的な絶望の神殿と化していた。




