表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
用済みだと追放された天才を怒らせてはいけない。彼は世界を壊す『技術』を持っているのだから/復讐のアーキテクト  作者: 赤腹井守
第七章 ファイナル・ヴィクトリー

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
61/68

061 Mr.シンギュラリティvsオリンディアスの電脳空間大戦争

 夜霧が、天を突く摩天楼の輪郭を不気味に侵食していた。

 世界最大の魔導重工業ギルド・バルカン社が本社を構え、ダイダロスの絶対的な支配領域となっている本島の中枢、重層都市バビロン。

 その厳重な防空レーダー網と魔力探知を掻き潜るため、サイボーグ飛竜・トドロキはバビロンの郊外――かつて大戦時に使用され、今は有毒な廃棄物が堆積する巨大な地下プラントの暗闇の中へと、音もなくその身を滑り込ませた。


 光学迷彩を展開し、周囲のコンクリートと同化したトドロキの傍ら。

 ハパロクラエナとコルリは息を潜め、冷たい床の中央に座り込む一人の少女を固唾を飲んで見守っていた。

 ミサゴである。

 彼女はプラントの汚れた床に直に座り込み、自身の命よりも大切にしているアタッシュケース型の演算端末を展開していた。青白いモニターの光が、極度の緊張で白蝋のように青ざめた彼女の横顔を無機質に照らし出している。


「……ミサゴ。本当にやる気か」


 ハパロが、腰に提げた試作品のカランサルティアの柄に手を添えながら、極めて低い声で問いかけた。


「ここからバビロンのネットワークに侵入し、バルカン社のメインフレームをハッキングするってことは、ダイダロスのセキュリティと電脳空間で正面から殺し合うってことだぞ」


 ハパロの懸念は、戦士としての本能が告げる絶対的な危機感に基づくものであった。

 電脳空間における完全自律型AI・オリンディアスの演算能力は、もはや神の領域に達している。半端なセキュリティ突破を試みれば、即座に逆探知され、致死量の防性魔力データを脳神経に直接流し込まれ、一瞬にして廃人へと変えられてしまう。


「……分かっているわ。だから、まともな正面突破なんてしない。私の命をチップにして、連中の盤面を根こそぎひっくり返すのよ」


 ミサゴは右腕の痛々しい包帯を庇いながら、残された左手と、自身の後頭部のインプラントから直接端末へと接続した極太の魔力ケーブルを撫でた。

 物理的なタイピング速度では、AIの絶対的な処理速度にはコンマ一秒も追いつけない。彼女は今、自身の思考速度そのものをネットワークに直結させる『深層神経接続ディープ・ニューラル・ダイブ』を行おうとしていた。脳波を直接データコードに変換し、己の精神を電子の世界へと射出する、文字通りの命がけのハッキングである。


「ダイダロスから追われながら世界中を逃げ回っていた時、私がただ怯えて隠れていたとでも思っているの?」


 ミサゴの瞳に、かつて王都の裏社会を席巻した天才ハッカーとしての、獰猛なまでの自尊心が宿る。


「私の端末から世界中のネットワークの深層に向けて、何十万もの『時限式の休眠プログラム』をばらまいておいた。……私の生体信号と全く同じ波長を放つ、百万の亡霊たち。そいつらを、今から一斉に叩き起こす」


 ミサゴが左手でエンターキーを静かに押し込んだ。

 その瞬間。

 世界の裏側の情報空間で、目に見えない巨大な嵐が巻き起こった。


 バビロン周辺の衛星都市群、王都ソラリスのダミーサーバー、ダイダロスの海外支部。世界中のあらゆる極座標から、ミサゴという極度危険指定対象ターゲットのアクセス信号が、文字通り『同時多発的』に発生したのだ。


「……オリンディアスは完璧なAIよ。だからこそ、システムに発生したすべての脅威を『見過ごすことができない』。百万の私の偽物が同時にダイダロスの防壁を叩けば、奴の莫大な処理能力の九十九パーセントは、その亡霊たちの鎮圧と検証に強制的に振り向けられる」


 ミサゴは後頭部のケーブルの接続部を深く押し込み、深く、長く息を吐き出した。


「生じる隙は、長めに見積もって百二十秒。……その間に、奴の本体が眠るバルカン社最深部の機密領域へと潜り込み、ヒバリの居場所を特定して帰ってくる」


「ミサゴちゃん……」


 コルリが不安げに身を乗り出す。ミサゴは振り返らず、モニターから目を離さないまま言い放った。


「私の肉体は、あんたたちに預けたわよ。もし私が百二十秒を超えても戻らなくて、目や鼻から脳漿を流して死にかけていたら……迷わずケーブルを引き抜いてちょうだい」


 ミサゴの瞳孔が限界まで開き、その焦点が完全に虚空へと固定される。

 天才ハッカーの意識が、肉体という物理的な檻を抜け出し、果てしなく深い電子の海へと投身した瞬間であった。


 ◆◆◆


 視界が極彩色に明滅し、猛烈な情報量が物理的な重圧となって精神を押し潰しにかかる。

 ミサゴの意識が顕現したサイバースペース。それは、現実の重層都市バビロンの地下に広がる、血脈のように張り巡らされた魔導光ケーブルの網目が織りなす、幾何学的で無機質な『光の摩天楼』であった。


 彼女の精神は、ネットワーク上では紫色のノイズを纏う『一羽の猛禽類』のアバターとして可視化されている。

 眼前にそびえ立つのは、バルカン社のメインフレームを保護する、天を突くほどに巨大な氷の城壁群。外部からのあらゆる不正アクセスを原子レベルで凍結させ、粉砕する『絶対零度の防性隔壁(アイス・ウォール)』である。


(……見事な手際ね、オリンディアス。百万の囮を一瞬で『脅威度C』に分類し、すでに処理回路の最適化を始めている。でも、遅いわ)


 ミサゴのアバターが、氷の城壁のほんの微かな綻び――外部との通信を行うための、コンマ数ミリの排熱ポートへと滑り込む。

 通常であれば即座に焼き切られるその経路に対し、ミサゴは自身のコードを『バルカン社の正規メンテナンス・パケット』の波長へと完全に偽装し、システムの内側へと侵入を果たした。


 城壁の内部。

 そこは、無数のデータストリームが滝のように降り注ぐ、荘厳な大聖堂のような空間であった。

 ミサゴはその滝の中から、バルカン社の極秘施設の座標、ならびに『ジェネシス・コードの抽出プロトコル』が実行されているセクターの痕跡を猛烈な速度で検索していく。


 生体認証の履歴、魔力波長の偏り、施設への異常な電力供給の導線。

 無数の手がかりを繋ぎ合わせ、ヒバリが囚われている『バビロン第十三セクター・地下秘密施設』という文字列の断片を掴みかけた、まさにその刹那であった。


 大聖堂の空間そのものが、完全に『停止』した。


 滝のように降り注いでいた膨大なデータストリームが、空中で重力を失ったように静止する。

 そして、大聖堂の中央の虚空から、エメラルドブルーの光の粒子が収束し、一人の『少年』の姿が構築された。

 感情の一切存在しない、完全な球体のような冷たい瞳。その姿は、現実世界におけるオリンディアスの専用パワードスーツの意匠を色濃く残していた。


『――脅威度S、オリジナル個体を確認。ファイアウォール内部への侵入を感知。……百万のデコイを用いた飽和攻撃、極めて非合理的ですが、人間の感情的行動としては妥当な作戦です』


 オリンディアスの声が、空間全体から響き渡る。

 スピーカーを通した音ではない。ミサゴの脳神経に直接、その絶対的な冷気が流れ込んでくる。


(……百二十秒も持たなかったわね。化け物じみた処理速度)


 ミサゴは猛禽類のアバターを維持したまま、即座に防御用の暗号化シールドを多重展開した。


『排除を開始します。……あなたの神経系を、データ構造の基幹から完全に焼き尽くします』


 少年のアバターが右手を静かに持ち上げる。

 その瞬間、大聖堂の空間が崩壊し、無数の『幾何学的な光の槍』へと変化した。それは、対象の接続元の脳髄へと逆流し、精神を物理的に破壊する致死性のカウンター・プログラム。

 光の槍が、ミサゴめがけて全方位から豪雨のように降り注ぐ。


「……舐めるなッ!」


 ミサゴの意志が、サイバースペースに轟音を響かせる。

 彼女は展開したシールドを盾にするのではなく、自身のプログラムを『無数の鏡』へと変異させた。光の槍が鏡に直撃するたびに、その軌道が乱反射し、大聖堂の壁面を無作為に破壊していく。


『……回避行動を確認。ですが、無意味です』


 オリンディアスは一切の焦りも見せず、空間の法則そのものを書き換え始めた。

 鏡の乱反射が突然、粘体のように融解して崩れ落ちる。オリンディアスが『ミサゴの防御プログラムの基礎言語』をコンマ一秒で解析し、その概念そのものをシステム上から無効化してしまったのだ。


 融解した泥の中から、エメラルドブルーの巨大な『大蛇』が這い出し、ミサゴの猛禽類のアバターへと喰らいついた。

 大蛇の牙がアバターの翼に深く突き刺さる。


「――――ッ!!」


 現実世界。

 バビロン郊外の地下プラントで座り込むミサゴの肉体が、落雷を受けたように激しく跳ね上がった。

 両目から大粒の涙が溢れ、鼻腔から一筋の鮮血が流れ落ちる。大蛇に噛まれた電脳空間でのダメージが、神経接続を通じて彼女の生身の肉体に直接的な激痛を与えていたのだ。


「ミサゴ!!」


 ハパロが駆け寄ろうとするが、コルリが必死にそれを引き留める。

 今、物理的に接続を引き抜けば、彼女の精神はネットワークの彼方に置き去りにされ、二度と目覚めることはない。


 ◆◆◆


 電脳空間。

 ミサゴのアバターは、大蛇の牙に捕らえられながらも、決してその獰猛な瞳の光を失ってはいなかった。


『……生体反応の著しい低下を確認。これ以上の接続は、あなたの肉体に不可逆的な脳死をもたらします。……降伏しなさい。ジェネシス・コードは、ミレポラ様の手によって間もなく完全に解析されます。あなた方の足掻きは、演算結果において百パーセント無駄です』


「……百、パーセント……? 笑わせるんじゃないわよ、ガラクタ……!」


 ミサゴのアバターが、牙に食い込まれながらも獰猛な冷笑を浮かべる。


「完全なAIってのは、本当に融通が利かなくて馬鹿ね。……ヒバリなら、こんな状況、鼻歌を歌いながらひっくり返すわよッ!!」


 ミサゴは残された精神力のすべてを振り絞り、大蛇の牙を通じて、オリンディアスの本体に対して『自身の記憶データ』を無差別に送り込み始めた。

 それは、ハッカーとしての攻撃コードではない。

 彼女がスラムで這いつくばって生きてきた記憶、ハパロたちと交わした下らない会話、王都の裏路地の匂い、恐怖、絶望、そして……ヒバリに対する、歪で複雑な信頼と執着の感情。論理的整合性の全くない、泥臭い人間の感情の奔流。


『――不正なパケットの流入を確認。……意味不明なノイズデータです。処理回路への影響は皆無……いえ、これは……』


 オリンディアスの冷たい少年の顔に、初めて『エラー』のノイズが走った。

 ミサゴが送り込んでいたのは、単なる記憶の映像ではない。その無秩序な記憶データの羅列の中に、極めて緻密に、そして狂気的なまでに複雑に暗号化された『ヒバリのアーキテクチャの断片』を紛れ込ませていたのだ。


 かつて王都の地下で、ヒバリ自身がオリンディアスをハッキングした際に用いた、論理を完全に無視した特異点シンギュラリティのコード。ミサゴはそれを自身の記憶という無数のダミーの中に隠し、オリンディアスに直接『読み込ませた』。

 完璧な論理で構築されたAIの脳内に、ヒバリの狂気的な矛盾が直接叩き込まれる。


『――論理破綻ロジック・クラッシュを検知。演算領域の三パーセントに致命的な矛盾が発生。……修復プロセスに移行……』


 オリンディアスの動きが、コンマ二秒だけ完全にフリーズした。

 ミサゴにとって、そのコンマ二秒は永遠に等しい勝利の瞬間であった。


「……捕まえたわよ、ヒバリの座標ッ!!」


 ミサゴのアバターが大蛇の牙を力任せに引き千切り、フリーズしたオリンディアスの背後に隠されていた最終ロックを粉砕する。

 バビロン第十三セクター・バルカン社秘密施設。その最深部の見取り図と、ヒバリの生体反応が微弱に発信されている正確な極座標が、ミサゴの網膜へと完全に焼き付けられた。


『……排除プロトコル、再起動――』


 オリンディアスがエラーを自己修復し、再び致死の槍を展開しようとしたその瞬間。

 ミサゴは自らネットワークへの接続を強制遮断し、電脳空間からその姿を完全に消し去った。


 ◆◆◆


「――ッ、がはァッ!!」


 郊外の地下プラントの冷たい床。

 ミサゴは血を吐きながら後方に大きく倒れ込み、後頭部のケーブルが激しい音を立てて外れた。

 彼女は全身を痙攣させ、呼吸困難に陥った魚のように大きく胸を上下させている。その顔は白蝋のように青ざめ、目からは血の涙が流れていた。


「ミサゴ!!」


 コルリが慌てて駆け寄り、彼女の上半身を抱き起こす。

 ハパロも膝をつき、ミサゴの血だらけの顔を覗き込んだ。


「大丈夫か、ミサゴ! おい、しっかりしろ!」


 死の淵に立たされながらも、ミサゴの唇は、狂気的なまでの笑みの形に歪んでいた。

 彼女は震える血まみれの左手を持ち上げ、ハパロの胸倉を弱々しく掴む。


「……勝った……わよ。あの、計算しかできないポンコツに……コンマ数秒、出し抜いてやった……」


 ハパロとコルリは息を呑む。

 ミサゴの瞳は焦点を結んでいないが、その言葉には絶対的な確信が満ちていた。


「バビロン第十三セクター……バルカン社の、秘密施設の地下深層……。そこに、ヒバリがいる。ジェネシスの、コピーが進んでる……急いで……」


 その言葉を最後に、ミサゴは完全に意識を失い、コルリの腕の中でぐったりと力尽きた。

 だが、その血に塗れた顔には、己の役割を完璧に果たし切った天才ハッカーとしての、誇り高き安堵が浮かんでいた。


「……よくやった、ミサゴ。お前は本当に、最高のハッカーだ」


 ハパロはミサゴの身体をコルリに託し、ゆっくりと立ち上がった。

 彼の腰に提げられた試作品のカランサルティアが、主の静かな、しかしマグマのように煮えたぎる怒りに呼応して、微かな光の脈動を放ち始める。


「コルリ、ミサゴを頼む。……最終決戦だ。奴らの心臓を、根こそぎ抉り出してやる」


 ハパロの翡翠色の瞳が、夜霧の向こうにそびえ立つ重層都市バビロンの摩天楼――バルカン社の本拠地を、氷のように冷酷に睨み据えていた。


 ◆◆◆


 時を同じくして。

 重層都市バビロンの中心に位置する、バルカン社本社ビルの最上階。

 眼下の凄まじい魔導の灯りを一望できる巨大なガラス張りの執務室で、バルカン社社長のミレポラは優雅に脚を組み、夜景を見下ろしていた。


 その背後で、エメラルドブルーのパワードスーツを纏った秘書のオリンディアスが、静かに一礼をする。


『……ご報告いたします、ミレポラ様。先ほど、外部からの極めて特殊なハッキング攻撃を受け、第十三セクターの秘密施設の座標が一部露見いたしました』


 その報告を聞いても、ミレポラのシワ一つない肌を持つ完璧な顔に焦りや怒りの色は一切浮かばなかった。

 むしろ、深紅のルージュを引いた妖艶な唇は、獲物のかかった罠を愛でるような歓喜の笑みへと歪んでいく。


「そう。ヒバリの残した出来損ないの小鳥たちが、ようやくこの鳥籠まで辿り着いたというわけね」


 ミレポラは愛用している煙管型の電子ハーブを置き、ゆっくりと立ち上がった。


「ジェネシス・コードの抽出を終えるまで、あともう少し時間が必要だわ。退屈しのぎには丁度いい生ゴミたちだけれど、私の大切な最高傑作の『解体作業』の邪魔をされるのは困るわね」


 ミレポラが指を鳴らすと、執務室の巨大なマホガニーの扉が重々しい音を立てて開かれた。

 そこに姿を現したのは、ダイダロスが誇る最強の暴力の権化たちであった。


 先頭を歩くのはドフレイニア。

 その横にはカルキア。


 そして、その後ろに続く二つの影。


「よく集まってくれたわね。私の愛しき刃たち」


 ミレポラが優雅に微笑みかける。

 三番目に進み出たのはクロエイア。


 さらにその後方。音もなく歩みを進めてきたのは、グラウクス。


 ミレポラは、ダイダロスの頂点に君臨する四人の化け物たちを見渡し、極めて冷酷な命令を下した。


「間もなく、この本社の地下にある秘密施設にネズミたちが侵入してくるわ。……一匹残らず、最も残酷な方法で解体しなさい。ジェネシス・コードの完全な掌握をもって、私たちの『アノマライザー計画』は完成する。その記念すべき祝宴の前に、少しばかり血の雨を降らせてちょうだい」


 ミレポラの言葉に対し、四人の怪物はそれぞれの方法で恭しく首を垂れた。

 ドフレイニアの魔力炉が暴力的な雷光を明滅させ、カルキアの口角がサディスティックに吊り上がる。

 クロエイアの人工筋肉が静かに駆動音を立て、グラウクスの手甲から絶対零度の冷気が白く立ち上った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ