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用済みだと追放された天才を怒らせてはいけない。彼は世界を壊す『技術』を持っているのだから/復讐のアーキテクト  作者: 赤腹井守
第六章 ブラッド・オブ・ザ・アイアンフォートレス

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060 決意 <●> <●>

 絶海の孤島。白波が打ち付ける絶壁の上の見晴らし台にて、オウギは潮風に吹かれながら、満身創痍のハパロ、ミサゴ、コルリの三人に静かな眼差しを向けていた。


「……現状は理解した。あのヒバリが、己の頭脳ごと敵の手に落ちたというわけだな」


 オウギの低い声が響く。

 ハパロは痛む肋骨を押さえながら、重々しく頷いた。


「ああ。俺たちの完全な敗北だ。……なあ、オウギ。あんた一体何者なんだ。この島は、ダイダロスの監視網から完全に外れている。これほど完璧に外界から隔絶された場所など、今の世界に存在し得るのか」


 ハパロの疑念に対し、オウギは感情の読めない隻眼を細め、淡々と答えた。


「その問いに答えることはできない。私達が何者なのか。……それは、お前たちが知る必要のないことだ。ただ、ヒバリとは数年前、『とある戦い』で剣を交え、少しばかり縁を結んだ仲だということだけ教えておこう」


 多くを語らぬ狩人の底知れぬ静けさに、三人は息を呑む。

 オウギはそれ以上言葉を継ぐことなく、ハパロに向かって短く顎を引いた。


「来い、ハパロクラエナ。……お前が一番会いたかった者の元へ案内しよう」


 ◆◆◆


 オウギに導かれ、ハパロが辿り着いたのは、島の裏手にひっそりと佇む小さな木造の民家であった。

 手入れの行き届いた花壇の先。縁側に腰掛け、海風に銀色の髪を揺らしているのは、死の病に侵され、王都でハパロと生き別れた最愛の姉、ファレノであった。


「姉上……!」


 ハパロの喉から、震える声が漏れる。

 弟の声に気づいたファレノが、ゆっくりと顔を上げた。その顔色は以前よりも幾分か血色が良く、穏やかな笑みが浮かんでいた。


「ハパロ……? ハパロなの……?」


 ハパロは泥だらけの足を早め、縁側の前で崩れ落ちるように膝をついた。

 王都ソラリスの追放、テネブレの誇りの喪失、そしてムルキベルでの絶望的な死闘。彼が背負ってきたあまりにも重い地獄の記憶が、姉の温かい手のひらが自身の頬に触れた瞬間、堰を切ったように溢れ出した。


「すまない、姉上。俺は……俺の力が足りなかったばかりに、ヒバリを……」


 涙と共に後悔を吐き出す弟を、ファレノは何も言わず、ただ優しく抱きしめた。

 世界から隔絶されたこの小さな庭で、過酷な運命に翻弄され続けた姉と弟は、久方ぶりの静かで穏やかな二人の時間を取り戻していた。


 ◆◆◆


 その夜。

 ハクトウの診療所の待合室に、コルリ、ミサゴ、そして姉との再会を経て瞳に生気を取り戻したハパロが集っていた。

 部屋の隅では、オウギが腕を組んで壁に寄りかかっている。


「……決まってるわ。ヒバリを助けに行くのよ」


 沈黙を破ったのは、右腕の包帯を巻き直したミサゴだった。

 彼女の目には、かつての天才ハッカーとしての強烈な反逆の意志が再び灯っている。


「奴らの狙いは、ヒバリの脳に刻まれた『ジェネシス・コード』よ。……人間の脳髄から生きたまま特殊な回路構造を抜き取るなんて、物理的に抉り出すにせよ、データとして吸い上げるにせよ、ダイダロスの技術をもってしても莫大な時間と設備が必要になるはずよ」


 ミサゴは自身の端末を弾きながら、極めて論理的な推測を並べ立てた。


「それに、あの底意地の悪いヒバリのことだもの。タダで自分の脳みそを明け渡すような真似は絶対にしない。連中の思い通りにならないよう、絶対に何らかのトラップか防衛機構を仕込んで、時間を稼いでいるはずだわ。……まだ、間に合う」


「……ああ。あいつが誰かの掌の上で大人しく死ぬなんてこと、あるはずがない」


 ハパロがミサゴの推測に同意し、静かに頷く。

 ミサゴのその鋭い洞察は、奇しくも王都の地下で起こっているミレポラの足踏みの事実を、完璧に言い当てていた。


「ヒバリの脳が完全に連中の手に渡る前に、私がここから王都のネットワークに強引に穴を開けるわ」


「私も行く…!」


 コルリが『祢祢』の柄を強く握り締め、力強く賛同する。

 ハパロは二人の決意を受け止め、立ち上がった。そして、壁際に立つオウギへと真っ直ぐに向き直った。


「オウギ。あんたがただ者じゃないってことは嫌というほど分かった。……頼む、俺たちに力を貸してくれ。ヒバリを救い出すために、あんたの刃が必要だ」


 ハパロの懇願。それは、すべてを捨てた戦士の真摯な願いであった。

 しかし。

 オウギは深くため息を吐き、冷酷なまでに静かな声でそれを一蹴した。


「断る。私はお前たちに手は貸さない」


「なぜだ! あんたもヒバリに恩があるんじゃないのか!」


「詳しいことは話せない。……そういう『規則ルール』なのだ。私達は、世界の事象に直接介入して歴史を歪めることは許されない」


 オウギの言葉は、彼らが人間とは異なる、もっと高位で異質な存在であることを示唆していた。

 ハパロが唇を噛み締め、拳を握り込んだその時。


「だが、お前たち自身の足で戦場へと赴くのであれば、止める権利は私にはない」


 オウギはそう言い残し、背を向けて歩き出した。


「ついてこい。……武器も持たずに敵の中枢へ乗り込むなど、ただの自殺志願者だ。お前たちのために、少しばかり『用意』をしてある」


 ◆◆◆


 オウギが三人を案内したのは、島の地下深くへと続く隠し通路の奥。

 分厚い鉄扉を開けた先に広がっていたのは、無数の設計図と未完成の魔導部品が乱雑に散らばる、広大な工房であった。


「ここは……?」


「数年前、ヒバリが一時期この島に住み込んでいた時期があってな。その時に使っていた工房だ。あいつはここで自身の装甲を組み上げ、そして……いくつかのお節介な『遺産』を残していった」


 オウギの言葉に、ハパロは息を呑んで工房の奥へと進んだ。

 埃を被った作業台の上。そこに、厳重なケースに収められた一本の剣が安置されていた。

 それは、ムルキベルでハパロが振るったような無骨な急造品ではない。白銀の刀身に、美しい金色の魔力回路が幾重にも刻み込まれた、芸術品のようなレイピア。


「カランサルティア……!」


 ハパロの手が震える。

 王都での死闘の末に失った、かつての己の愛剣。いや、厳密には違う。


「それは、ヒバリがお前のために専用のアーキテクトを組み上げる際、試行錯誤の末に造り上げたプロトタイプだそうだ。……本物ほどの安定性はないらしいが、お前の狂った光の魔力を受け止めるだけの器は備えている」


 ハパロはケースを開け、その白銀の柄を強く握り込んだ。

 瞬時に、ハパロの光の魔力が刀身を駆け巡り、工房全体を昼間のように照らし出す眩い光刃が展開された。

 手に馴染む、完璧な重心と魔力伝導率。ヒバリが己のためにどれだけの心血を注いでこの剣を設計したのか、その重みがハパロの手のひらを通じて魂へと流れ込んでくる。


「……最高だ。あいつの天才っぷりには、本当に反吐が出る」


 ハパロは光の剣を構え、獰猛な戦士としての笑みを浮かべた。

 試作品のカランサルティアを手にした天才剣士。それは、失われた牙を取り戻した瞬間であった。


「行くぞ。ヒバリを……俺たちの頭脳を、取り戻す」


 ◆◆◆


 地下工房を真昼のように照らし出していた光の刃が、ハパロの魔力供給の停止に伴って静かに収束し、白銀の柄の中へと姿を消した。

 試作品のカランサルティアの感触を確かめるように、ハパロは何度か掌を開閉し、静かに息を吐き出した。


「武器は揃った。……だが、肝心の敵の居場所が分からなければ、俺たちの刃は虚空を斬るだけだ。ダイダロスは王都の地下深くから、世界中のあらゆる場所に根を張っている。ヒバリは今、どこに囚われている」


 ハパロの極めて冷静な問いかけに対し、ミサゴは自身が命がけで持ち出したアタッシュケース型の演算端末を作業台の上に展開した。

 無数の文字列が空中に投影され、薄暗い工房を青白く照らし出す。


「……私が王都のネットワークから物理的に追い出される直前、ダイダロスの深層防壁の奥底から、かろうじて引きずり出した暗号データがあるわ」


 ミサゴは右腕の痛みに顔をしかめながらも、慣れた手つきでキーボードを叩き、一つの巨大な企業ロゴと、それに紐づく莫大な資金洗浄の経路図を空間に表示させた。


「ダイダロスは、単なる裏社会のシンジケートじゃない。表の世界の経済を牛耳る巨大企業が、彼らの『顔』として深く、そして完全に癒着している。……その筆頭が、世界最大の魔導重工業ギルドである『バルカン社』よ」


「バルカン社だと……」


 その名を聞き、ハパロの翡翠色の瞳が鋭く細められた。

 世界中のあらゆる兵器開発とインフラを独占し、王都の経済の心臓とも言える巨大コングロマリット。それが、裏社会の頂点であるダイダロスの最大のスポンサーであり、技術提供者であったという事実。


「ムルキベルで俺たちを蹂躙した怪物……」


 ハパロの脳裏に、魔獣の心臓を埋め込まれ、圧倒的な暴力の化身と化していた巨漢の姿が蘇る。刃を何度叩き込んでも致命傷に至らない、あの異常なまでのサイボーグ装甲の硬度。


「魔獣の細胞と機械を完全に融合させ、あれほどの規格外の化け物を造り上げる技術と設備……。それが、世界最高の魔導工学を誇るバルカン社のものであると言うなら、完全に腑に落ちる」


 ハパロは忌々しげに吐き捨てた。

 ミサゴは重々しく頷き、投影されたマップの中心部――バルカン社の本社ビルがそびえ立つ区画を赤くハイライトした。


「人間の脳内にある特殊な魔導回路を、生かしたまま完全に解析しコピーする。……そんな神の領域に等しい真似、いくらダイダロスでもムルキベルのような辺境の隠れ家では不可能よ。バルカン社の中枢が持つ、世界最高峰の演算設備と医療設備が絶対に必要になる」


 ミサゴのハッカーとしての論理的な帰結。

 それは、ヒバリが今現在、どこで拷問のような抽出作業に耐えているかという『答え』を明確に示していた。


「……つまり、ヒバリさんは、バルカン社の本社施設に囚われている確率が極めて高いということね」


 コルリが『祢祢』の柄を握り締めながら、決意に満ちた声で確認する。


「本島の中央、重層都市バビロンよ。その中心にそびえる、バルカン社の本社ビル地下……」


 ミサゴの宣告が、冷たい工房の空気をさらに重く沈ませる。

 追放された王都への帰還。それは、再び世界中の追手から命を狙われる十字火の中へと、自ら歩みを進めることを意味していた。

 しかし、ハパロの顔に一切の迷いはなかった。彼は試作品のカランサルティアを腰に帯び、工房の出口へと振り返った。


「好都合だ。俺たちからすべてを奪った連中の総本山が、ヒバリの幽閉先だと言うのなら……まとめて首を刎ねてやるだけのこと」


 死地への帰還の決意。

 ハパロはコルリとミサゴを真っ直ぐに見据え、力強く宣言した。


「夜が明けたら、すぐに発つぞ。……本島へ戻り、ダイダロスを完全に叩き潰す」


 絶海の孤島で一度は完全に折れた反逆の刃たちは、ヒバリという最大の目的を奪還するため、再び立ち上がった。

 最強の狩人オウギが静かに見守る中、彼らは来たるべき王都での最終決戦へと向けて、静かに牙を研ぎ澄ませていた。

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