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用済みだと追放された天才を怒らせてはいけない。彼は世界を壊す『技術』を持っているのだから/復讐のアーキテクト  作者: 赤腹井守
第六章 ブラッド・オブ・ザ・アイアンフォートレス

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057 ドフレイニア

 無機質な水銀灯の光が照らし出す、逃げ場のない鋼鉄の闘技場。

 オリンディアスの冷徹な処刑宣告が響き渡った直後、最初に動いたのはドフレイニアであった。


 彼が床を踏みしめた瞬間、分厚いチタン合金のプレートが水飴のように陥没し、その足元から超高熱の炎と雷が爆発的に噴き出した。

 ドフレイニアの琥珀色の義眼が捉えているのは、ハパロでも、ゼニスの監察官でもない。ただ一点、白亜の装甲『パラディウム』を纏うヒバリのみ。

 ミレポラが下した「最高傑作を回収しろ」という絶対の命令に従い、自我を持たぬ獣は圧倒的な質量を伴って、ヒバリへと真っ直ぐに突進を開始した。


 空気が物理的に圧縮され、視界が陽炎のように歪む。

 その規格外の巨体が放つ殺気と魔力の暴威は、直進するだけで周囲の空間を暴風圏へと変えた。


「ヒバリ、退けッ!」


 ハパロクラエナが咆哮と共に前へ躍り出る。

 彼はヒバリから託された急造の『漆黒の直剣』に、己の命を削り出すような光の魔力を一気に注ぎ込んだ。魔力暴走を防ぐリミッターが存在しないその剣は、ハパロの魔力を際限なく貪り喰らい、刀身から眩いばかりの純白の光刃を異常な長さまで伸長させる。

 ハパロは神速の踏み込みから、ドフレイニアの巨体に向けて大上段からの強烈な斬撃を振り下ろした。


 だが、ドフレイニアは回避はおろか、防御の姿勢すらとらなかった。

 光の刃が、ドフレイニアの右半身――魔獣ゴリアテの細胞から成る極太の筋肉の鎧へと直撃する。

 凄まじい衝撃波が円心状に広がり、闘技場内の空気を根こそぎ弾き飛ばした。光の魔力が肉を焼く匂いが立ち昇る。しかし、限界突破の出力で放たれたハパロの渾身の一撃は、ドフレイニアの筋肉の表皮を僅かに切り裂いただけで、その下の硬質な筋繊維に完全に阻まれて止まっていた。


「……馬鹿な、光の魔力を込めた一撃が、肉体だけで止められただと!?」


 ハパロが驚愕に目を見開いた刹那。

 ドフレイニアの胸部に埋め込まれた魔力炉が激しく脈打ち、その傷口から黄金色の雷霆が逆流するようにハパロの剣へと伝い上がってきた。

 致死量の高電圧がハパロの肉体を跳ね飛ばそうとする。そこへ、パラディウムの背部スラスターを全開にして背後に回り込んでいたヒバリが、エネルギーダガーを両手に展開し、ドフレイニアのサイボーグ装甲の隙間――首筋の駆動部へと必殺の刃を突き立てた。


 火花が散り、装甲が悲鳴を上げる。

 三つの規格外の力が一点で激突し、ついに耐えきれなくなった闘技場の中央の床が、擂鉢状に大崩落を起こした。

 めくれ上がった鉄板と瓦礫が防壁となり、広大な空間が物理的に二つに分断される。


 その崩落の余波から逃れるように、マガンはコルリの襟首を掴み、土の魔力で瓦礫の雨を弾き飛ばしながら、闘技場の端へと後退していた。


「……どうやら、あの理不尽な怪物の『本命』は、あなた方の友人のようですね」


 マガンは土煙の向こう側で繰り広げられる、神話の次元に足を踏み入れたかのような狂気の激突を一瞥し、極めて冷淡に状況を分析した。


「マガン! あいつらを助けないと……あの化け物は、リンビアを依り代にしていた深き者(ディーパー)よりも遥かに危険よ!」


 コルリが『雷纏らいてん』を起動して加勢に向かおうとするが、マガンはその肩を強く押さえつけ、首を横に振った。


「無駄です。あの次元の魔力密度の中に半端に飛び込めば、即座に蒸発するだけだ。それに……我々には、我々への『おもてなし』が用意されているようですからね」


 マガンの視線の先。

 崩落した瓦礫の山の頂上に、闇に溶け込む黒のライダースーツを纏った女が、音もなく着地していた。

 パンドラ社の最高位暗殺者、カルキア。

 紫がかった銀色のショートカットを揺らし、彼女の左腕の漆黒の義手から、空気を微細に振動させる高周波ブレードが冷たい光を放っている。


「……見事に分断できたみたいね。まずは余計な邪魔ができないよう、アンタたちのその足から切り落とさせてもらおうか」


 カルキアの、獲物を嬲るような傲慢で冷酷な声。

 その好戦的な瞳は、コルリとマガンをすでに『解体すべき肉塊』として完全にロックオンしていた。


「……そういうことだ、コルリ殿。ゼニスの監察官としては、あの怪獣大決戦よりも、パンドラ社の暗殺部門のトップから直接お話を伺う方が、職務に適している」


 マガンは自身の腰から銃型アーキテクチャを静かに引き抜き、紫色の瞳を極限まで細めた。


「あの暗殺者の機動力と殺傷力は、生半可な防御では防ぎきれません。私が魔力を縛り、あなたがその首を落とす。……各個撃破が最も合理的な生存ルートです」


 マガンの言葉の正しさを、コルリもハンターとしての本能で理解していた。

 今、背後へ振り向けば、この暗殺者の高周波ブレードが瞬時に自分たちの頸動脈を切り裂く。生き残り、ヒバリたちを援護するためには、まず眼前の死神を最速で屠るしかない。


「……分かってるわ。私に指図しないで」


 コルリは深く息を吸い込み、腰に提げた大太刀『祢祢』の柄に手をかけた。

 リンビアとの死闘で消耗した体力は限界に近い。だが、恩人の誇りを護り抜いた彼女の瞳には、一切の迷いや恐怖は存在しなかった。紫電の魔力が彼女の全身を包み込み、大気がチリチリと帯電し始める。


「行くわよ!」


 コルリが雷光となって地を蹴った。

 神速の踏み込みから放たれる、袈裟懸けの斬撃。大太刀の刀身が紫電を纏い、カルキアの胴体を両断せんとする。


 しかし、パンドラ社の最高峰の義体化手術を施されたカルキアの反射速度は、雷の軌道すらも捉えていた。

 カルキアは義手の高周波ブレードを極めて最小限の動きで盾とし、コルリの大太刀を斜めに滑らせるようにして受け流す。刃と刃が交差し、青白い火花が散る。その直後、カルキアは口角を歪め、空いている右手の掌から極小の『毒性の魔力針』を無数に射出した。


「甘いですよ」


 マガンの冷徹な声が響く。

 毒針がコルリの顔面を穿つよりも早く、マガンの銃口から放たれた『土』の魔力弾が、カルキアとコルリの間の空間に着弾した。

 大地の重圧がドーム状に展開され、空間の重力が局地的に狂う。カルキアの放った毒針は軌道を強制的に下へと曲げられ、床のコンクリートに空しく突き刺さった。


「チッ……重力干渉? ゼニスの猟犬って聞いてたけど、小賢しい真似して……ほんと、うざったいわね! 即座に切り刻んで殺してやるから!」


 カルキアが忌々しげに舌打ちをし、後方へと滑るように跳躍して距離を取る。

 マガンとコルリは互いの背中を守るように並び立ち、一歩も退かずに暗殺者と対峙した。


 一方、瓦礫の壁の向こう側――。

 分断された闘技場のもう半分では、想像を絶する暴威が荒れ狂っていた。


 ドフレイニアの放つ炎と雷の暴風が、闘技場の壁面を次々と溶解させていく。

 ハパロは漆黒の直剣から放たれる光の魔力を盾にしながら、ドフレイニアの死角を突き、極限の連撃を叩き込んでいた。しかし、魔獣ゴリアテの超回復能力と、パンドラ社の超重装甲の前に、決定的な致命傷を与えることができない。

 むしろ、リミッターを外した急造の剣から伝わる強烈な魔力負荷が、ハパロの腕の神経を徐々に焼き切り、彼の体力を容赦なく削り取っていた。


「くそっ、なんて硬さだ……! 斬っても斬っても、底が見えねえ!」


 ハパロが血を吐くような声で呻く。


「ハパロ、無理に押し込むな! 奴の狙いは僕だ、僕が囮になる!」


 ヒバリがパラディウムの推力を全開にしてドフレイニアの眼前に躍り出た。

 白亜の装甲から無数のナノ・ルーンが展開され、極細の魔力ワイヤーとなってドフレイニアの四肢を絡め取る。一時的な拘束。その隙に、ヒバリは右腕の動力コアを直結させ、絶対的な熱量を孕んだ極太のレーザー――『熱量圧縮砲サーマル・コンプレッサー』の照準を怪物の胸の魔力炉へと定めた。


 だが、自我を持たぬはずのドフレイニアの琥珀色の義眼が、不気味なほどの知性の光を宿してヒバリを捉え返した。


 怪物の右腕が、魔力ワイヤーを力任せに引き千切る。

 そして、レーザーが発射されるコンマ数秒の隙間を埋めるように、ドフレイニアは全くの無動作から、パラディウムの胸部装甲めがけて、圧倒的な質量を乗せた鋼鉄の拳を叩き込んだ。


 大気が悲鳴を上げる暇すらなかった。

 ヒバリの視界が完全に白く染まり、パラディウムの強固な魔力障壁が薄紙のように粉砕される。

 内部の衝撃吸収機構が限界を超え、ヒバリの肉体に直接、内臓が破裂するような物理的衝撃が突き抜けた。


「――が、はッ!?」


 パラディウムの巨体が重力を無視したように後方へと吹き飛び、分厚いチタン合金の壁面に深々と激突する。

 壁が大きく陥没し、パラディウムの機体から激しいスパークと黒煙が噴き出した。網膜スクリーンには、致命的な損傷を示す真紅のアラートが狂ったように点滅している。


「ヒバリ!」


 ハパロが叫び、ドフレイニアの背後へと斬りかかる。

 しかし、ドフレイニアは振り返ることすらなく、背面のサイボーグ装甲から超高圧の雷撃波を全方位へと放出した。

 光の盾で防ぎきれず、ハパロの身体もまた宙を舞い、床を無惨に転がって血を吐いた。


 絶望的なまでの、絶対的戦力差。

 壁に埋まり、身動きが取れなくなったヒバリを見下ろしながら、ドフレイニアがその巨体をゆっくりと前へ進める。


「させるかァァァァッ!!」


 血まみれのハパロクラエナが、文字通り己の命を燃やして横から突進した。

 ヒバリから託された漆黒の直剣。そこに、ハパロの残存する全ての光の魔力、いや、生命力そのものが注ぎ込まれる。

 刀身が限界を超えた出力に耐えきれず、亀裂からまばゆい光を噴出させながら、ドフレイニアの胸部――魔獣ゴリアテの心臓である魔力炉めがけて、捨て身の刺突が放たれた。


 光の刃が、分厚いサイボーグ装甲を強引に貫通し、魔力炉の表面のクリアパーツに深々と突き刺さる。

 ドフレイニアの巨体が、その日初めて大きく後退した。


「……砕けろォッ!!」


 ハパロがさらに押し込もうとする。

 しかし、急造された使い捨ての殺戮兵器の限界は、そこまでであった。

 限界突破の魔力負荷に耐えきれず、漆黒の直剣の刀身が内側から大爆発を起こし、無数の破片となって虚空へと散華した。


 武器を失い、魔力を完全に使い果たしたハパロの無防備な肉体へ向けて。

 ドフレイニアの左腕が、虫を払うような無造作な動作で薙ぎ払われた。


 回避する術などなかった。

 ハパロの肋骨が複数本同時に折れる嫌な音が響き、彼の身体は闘技場の床をバウンドしながら数十メートルも吹き飛ばされ、排水溝の冷たい鉄格子の前に無惨に叩きつけられた。


「……は、ぱ……ろ……」


 壁に埋まったままのヒバリが、血の混じった声で相棒の名を呼ぶ。

 ドフレイニアは倒れ伏したハパロに一瞥もくれず、再びヒバリの元へと歩み寄った。

 怪物の巨大な手が、ヒバリの胸ぐらを掴み、壁の陥没から強引に引き剥がす。パラディウムの内部フレームが完全に破壊され、機能停止を知らせる暗い電子音が鳴り響いた。


 ヒバリは抵抗しようと、隠し持っていたエネルギーダガーを振り立てる。

 だが、ドフレイニアはその腕を片手で容易く掴み、ギリリと締め上げた。ヒバリの手首の骨が悲鳴を上げ、ダガーが床に滑り落ちる。

 完全なる敗北。反逆の天才アーキテクトは、両腕をだらりと下げ、完全に抵抗の術を奪われた。


『――目標個体、ジェネシス・コードの確保を確認』


 空間のスピーカーから、オリンディアスの無機質な確認音声が響く。


『これより、回収プロセスに移行。……残存する生ゴミは、すべて処分を』


 排水溝の前で血反吐を吐いていたハパロは、霞む視界の中で、ドフレイニアの巨大な手に首を掴まれ、宙に吊り上げられているヒバリの姿を見ていた。


「ひ……ば……り……」


 立ち上がろうとするが、砕けた肋骨が肺に刺さり、指一本動かすことができない。

 そんなハパロに対し。

 完全に抵抗の術を失い、敗北の淵に沈むヒバリが、焦点の合わない薄暗い瞳だけを静かに動かし、ハパロの方へと向けた。

 声は出ない。だが、その唇の僅かな動きが、ハパロにははっきりと読み取れた。


『――生きろ』


 相棒からの、最期の残酷な命令。

 直後、ミサゴが引き起こした混乱を静圧したドフレイニアが、ヒバリを掴んだまま、工場深部へと続く巨大なエレベーターの中へと消えていく。


 鉄の扉が重々しい音を立てて閉ざされ、ヒバリの姿が完全に闇へと呑み込まれた。


「ヒバリィィィィィィィィィィィッ!!」


 ハパロの絶望の慟哭が、血の匂いが充満する闘技場に虚しく響き渡る。

 彼は己の無力さを呪いながら、ミサゴの最後の支援によってロックが解除された背後の排水口へと、血まみれの身体を引き摺るようにして転がり落ちていった。

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