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用済みだと追放された天才を怒らせてはいけない。彼は世界を壊す『技術』を持っているのだから/復讐のアーキテクト  作者: 赤腹井守
第六章 ブラッド・オブ・ザ・アイアンフォートレス

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054 挨拶

 同時刻。工業都市ムルキベルの中央、工場乱立地帯。

 天を突くような巨大な煙突群が黒煙を吐き出し続け、無数の極太のパイプラインが街の空を複雑な迷路のように覆い尽くしている。

 むせ返るような機械油の匂いと、排気ガスの刺激臭。


 そのプラント群の最深部。周囲の一般的な工場とは明らかに異質な、異様なまでの重厚な防壁に囲まれた広大な区画の前に、二つの影が静かに足を踏み入れていた。

 ゼニス特任監察官マガンと、ハルモニア副長コルリである。


「……ここが、あなたの情報網で特定した座標と一致する場所ね」


 コルリは錆びた鉄骨の陰に身を潜めながら、前方にそびえる巨大な施設を見据えて声を潜めた。

 広大な面積を誇るその工場の玄関ともいえる、重厚な鋼鉄のゲート。その威容は、表向きの「資材保管庫」という看板とはどう考えても結びつかないものだった。


「マガン、あれ見て。正面突破は絶対に無理よ」


 コルリの鋭い観察眼が、ゲート周辺の防衛網を瞬時に分析していく。


「ゲート前に立っている武装兵が四人。彼らの首筋や腕の関節を見て。全員がパンドラ社製の最新式軍用サイボーグパーツを組み込んでる。ただの警備員じゃない、歴戦の傭兵レベルよ。その後ろに控えているのは、TALOS社製の重装甲自律型警備メックが二機。あの搭載されてる重機関砲、一瞬で蜂の巣にされるわ」


 さらにコルリは、ゲートのさらに後方、雨雲に向かって高くそびえる巨大な監視塔へと視線を移した。


「一番厄介なのはあの監視塔。窓の反射と微かな魔力の揺らぎから見て、最低でも十人の狙撃手がこちらへの射線を完全に構築しているわ。レーザーのトラップ網も見えない形で敷かれてるはず。……あんなの、一個中隊で攻め込むような要塞よ」


 コルリの分析は、ハンターとしての極めて現実的で冷徹な判断だった。

 しかし。

 ゼニスの特任監察官マガンは、彼女の警告を意に介す様子もなく、紫色の重厚なコートの裾を軽く払いながら、静かに立ち上がった。


「ええ。誠に素晴らしい防衛網ですね。隙がありません」


 マガンは氷のように冷たい瞳でゲートを見据え、微かに口角を上げた。


「だからこそ、堂々と正面から伺うのです」


「は……? ちょっと、正気!?」


 コルリが驚愕して制止しようとする手をすり抜け、マガンは隠れ場所から完全に姿を現した。

 舗装路を、ゲートに向かって全くの無防備な歩みで、真っ直ぐに歩き出したのだ。


 当然、異常事態に気付いた防衛網が即座に反応する。

 ゲートの前に立つ四名の武装サイボーグ社員が、一斉に魔導ライフルの銃口を跳ね上げ、マガンの眉間と心臓へとレーザーサイトの赤い光を固定した。


「そこを動くな! ここはTALOS社およびバルカン社が共同管理する私有地だ!」


 リーダー格の社員の怒号が、雨音を切り裂いて響く。


「これ以上の接近は、企業防衛法に基づき即時射殺の対象となる。武装を解除して後ろを向け!」


 銃口を突き付けられ、監視塔からの十を超える狙撃手の殺気を全身に浴びながらも。

 マガンは歩みを緩めることなく、銃の間合いの限界まで近づいてから、立ち止まった。そして、まるで高級ホテルのフロントにでも来たかのように、極めて優雅に、恭しく一礼してみせた。


「お仕事、ご苦労様です」


 マガンは自身の懐から、ゼニスの紋章が冷たく輝く銀色の身分証をゆっくりと取り出し、提示した。


「私はゼニス特任監察官、マガンと申します」


 その名と身分を聞いても、武装社員たちの顔に動揺の色は一切浮かばなかった。

 彼らは銃口をマガンの急所に固定したまま、感情の抜け落ちた、機械のように冷徹でミステリアスな瞳で彼を見据え返した。


「……ゼニス特任監察官殿。本施設は、バルカン社ならびにパンドラ社が共同で管理する『次世代魔導プラントの資材保管庫』として正式に登記されております」


 リーダー格の社員が、極めて淡々とした、抑揚のない口調で応じる。


「ええ。実は、この工場において、ゼニス中央評議会に認可されていない、非合法な兵器の開発が行われているという通報を受けましてね。監察官の権限において、調査のために中へ入らせていただきたいのですが。……よろしいでしょうか?」


「お断りします」


 一切の逡巡もない、スマートで事務的な拒絶。

 社員はマガンの言葉を冷ややかに切り捨て、法的な建前を完璧な盾として突きつけてきた。


「通報の内容は事実無根。さらに当施設は、両社の最高機密区画に該当します。ゼニス中央評議会が発行した『第一級立入検査令状』、および両社取締役会の正式な承認が確認できない限り、いかなる権限保持者であってもゲートの通過は許可できません」


 張り詰めた沈黙。

 しかし、マガンは引き下がらなかった。彼は氷のような紫の瞳を細め、さらに一歩、あえて銃口の先へと自ら踏み込んだ。


「令状の申請には少々時間がかかりましてね。それに、登記上の名目と実態が乖離しているケースなど、私のような裏を歩く人間にとっては日常茶飯事なのです。……もし本当にやましいことがないのであれば、今ここで、私の目による簡易的な視察を許可していただけませんか? 入り口付近のコンテナを数個確認するだけで構いません。それだけで、無用な嫌疑は晴れるはずですが」


 強引な論理で食い下がるマガンの追求。

 だが、武装社員は表情一つ変えることなく、魔導ライフルのセーフティを無音で解除した。


「規定は規定です。例外は存在しません。……これ以上のご滞在は、企業防衛法に基づく不当な威力業務妨害と見なし、防衛プロトコルを『物理的排除』へと移行します」


 男の言葉に呼応するように、背後の重装甲警備ロボットが重々しい駆動音を上げ、搭載された重機関砲の銃身をマガンへと向けた。

 監視塔からの十数名の狙撃手の殺気も、針を刺すように鋭く突き刺さってくる。


「カウントは三から」


 一触即発。マガンが少しでも懐に手を入れたり、魔力を練ったりすれば、確実に肉片一つ残らず吹き飛ばされる距離と火力だった。


「……二」


 マガンは銃口を突き付けられたまま、ゲートの奥の巨大な工場施設をじっくりと観察した。

 そして。


「……そうですか。それは大変失礼いたしました。私の勘違いであったようです」


 マガンはあっさりと引き下がり、再び恭しく一礼をした。


「では、私はこれで引き返すとしましょう。お仕事の邪魔をして申し訳ありませんでした」


 マガンは一切の未練を見せることなく踵を返し、悠然とした足取りで、驚いて口を開けたままのコルリが潜む物陰へと戻ってきた。


「……本気で言ってるの? あんな自殺志願者みたいな真似をして、結局手ぶらで帰るなんて」


 物陰に戻ってきたマガンに対し、コルリが呆れと怒りの混じった声で問い詰める。

 マガンは濡れた前髪をかき上げ、冷酷な笑みを口の端に浮かべた。


「手ぶらではありませんよ、コルリ殿。私がわざわざ自らの顔と身分を晒してまでゲートに接触したのは、次の彼らの『出方』をうかがうためですから」


「出方?」


「ええ。正面から強行突破するには、あの防衛網は分が悪い。ですが、私が自ら名乗り出たことで、連中に『ゼニスの監察官がすでにここまで嗅ぎつけている』という強烈なプレッシャーを与えました。これで彼らは、必ず何らかの『対応』を迫られる」


 マガンは工場の分厚い防壁を見据えながら、言葉を継ぐ。


「証拠の隠滅、上層部への緊急報告、戦力の移動、あるいは……私という邪魔者の排除。彼らが焦って動けば、あの強固なシステムに必ず『ほころび』が生じます。私たちは、その動いた先を叩けばいいのです」


 マガンの言葉に、コルリは息を呑んだ。

 相手に警戒心を抱かせることで、逆にダイダロス側を焦燥させ、向こうから動きを見せるように誘導したのだ。


「全容は掴めました。ここがダイダロスの秘密の工場で間違いありません。……さあ、彼らがどう動くか、見物させてもらいましょう」


 マガンが工場の外周へと視線を移し、冷徹な作戦の構築に入ったその時。


 巨大なゲートの奥にそびえ立つ監視塔の最上階。

 スコープ越しにマガンの撤退を確認した社員の一人が、自身の携帯端末を操作し、強固に暗号化された極秘回線を開いていた。


「……こちらムルキベル中枢工場、第4プラント防衛班。たった今、ゼニスの特任監察官を名乗る男がゲート前に接触。内部への視察を要求しましたが、規定通り追い返しました。……念のため、特務部隊に迎撃の準備を」


 社員が緊張した面持ちで報告を行う。

 その通信の先は、重層都市バビロンの頂点に座すバルカン社社長、ミレポラへ直接繋がっていた。

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