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用済みだと追放された天才を怒らせてはいけない。彼は世界を壊す『技術』を持っているのだから/復讐のアーキテクト  作者: 赤腹井守
第五章 メメント・モリ

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044 死はいつもそこに

 氷の女王との死闘を終え、王都ブルジュラへと帰還したソラリスの遠征用飛空艇は、深夜の専用ポートへひっそりと着陸した。

 タラップを下りてきたテネブレ部隊の面々――ヘテラクティス、ダシアティス、アラティナ、キロネクス、クリサオラ――の足取りは、鉛のように重かった。

 本来であれば、Aランク指定モンスター【ポケル】の討伐という輝かしい戦果を掲げ、凱旋パレードの中心に立つはずだった。だが、彼らの身体は氷の女王との死闘で満身創痍となり、何よりもハパロから告げられた「ダイダロスという巨大な闇」の存在が、彼らの精神を暗く重い疲労感で押し潰していた。


「……今夜は解散とする。各自、自宅へ戻り十分な休息を取るように。討伐の報告書と、ハパロが語った事の顛末については、私がギルドに残って文書にまとめておく」


 ヘテラクティスが眼鏡の奥の疲労の色を隠しながら告げると、他のメンバーたちは無言で頷き、散り散りに夜の王都へと消えていった。


 それが、彼らが互いの顔を見る最後の瞬間になるとは、誰一人として想像していなかった。

 ダイダロスによる「同時多発的な粛清」は、彼らが安堵の息を吐き出すその刹那を、冷酷に待ち構えていたのだ。


 ◆◆◆


 王都の高級居住区にある、キロネクスの私室。

 熱いシャワーを浴び、雪山で凍りついた身体の芯を温め終えたキロネクスは、濡れた淡い紫のボブヘアをタオルで拭きながら、洗面所の鏡の前に立った。

 鏡面は濃密な湯気で白く曇っている。彼女が自身の顔を映すために、手のひらでその曇りを無造作に拭い去った、その瞬間だった。


 拭き取られた鏡の奥。自身の背後の暗がりに、完全に周囲の闇と同化していた『女』が立っていた。

 紫がかった銀色のショートカット。豹のようにしなやかな体躯。


「え――」


 キロネクスが振り返り、声を上げるよりも早く。


 女――パンドラ社の暗殺者カルキアの左腕から伸びた、漆黒のハイテク義手が空気を裂いた。


 義手に仕込まれた極薄の高周波ブレードが、キロネクスの喉笛を、一切の抵抗なく、そして一滴の血すら周囲に飛び散らせないほど滑らかに切断した。

 声帯と頸動脈を同時に両断されたキロネクスは、悲鳴を上げることもできず、ただ目を見開いたまま洗面所の冷たいタイルへと崩れ落ちる。カルキアは、痙攣する彼女の身体を冷たい瞳で見下ろしたのち、再び夜の闇へと音もなく溶け込んでいった。


 ◆◆◆


 ネオンの光も届かない、王都の歓楽街の裏路地。

 アラティナは、苛立ちを隠せない足取りで自宅への帰路を急いでいた。


「クソッ……なんだってんだ、ハパロ隊長の野郎。いきなり現れたと思ったら、訳の分からねえ陰謀論をぶちまけやがって」


 彼が自身の苛立ちを吐き出すように路地裏のゴミ箱を蹴り飛ばした、その時。

 じめじめとした裏路地の空気が、突如として冬の雪山を思わせる絶対零度の冷気へと反転した。


「……テネブレも、これで終わりだな」


 氷の吐息のような声。路地の奥から、純白のロングコートを纏った男――グラウクスが歩み出てくる。


「誰だてめえ!」


 アラティナは即座に臨戦態勢に入り、背負っていた得物の槍を素早く構え、その穂先に紅蓮の炎を纏わせた。燃え盛る熱気が路地裏を赤く照らし出す。

 しかし、彼がその炎の槍をグラウクスに向けて突き出そうとした瞬間、グラウクスの瞳が冷酷なアイスブルーの光を放った。

 アラティナの槍に纏われていた紅蓮の炎が、燃え盛る間もなく絶対零度の冷気によって瞬時に『消滅』させられた。超低温の魔力が、炎の熱エネルギーそのものを完全に奪い去ったのだ。


「なっ、俺の炎が……消え……っ!?」


 驚愕に目を見開いたアラティナの手元――凍りついた槍の金属の柄から、絶対零度の冷気が一気に這い上がり、彼の肉体を細胞レベルで凍てつかせていく。抵抗する間もなかった。怒りと驚きを顔に張り付けたまま、若きエースは完全な氷の像と化した。

 グラウクスが無造作に純白のコートの裾を翻して通り過ぎると同時に、アラティナの氷像は細かな破片となって、アスファルトの上へと無残に砕け散った。


 ◆◆◆


 王都の中心部へと続く、大通りの巨大な魔導橋の真下。

 巨漢のダシアティスは、携帯端末を耳に当て、恋人との通話を楽しんでいた。

『無事に帰ってきたのね。……今度こそ、長期の休暇は取れそうなの?』


「ああ、約束する。色々あって部隊はゴタゴタしてるが、ポケルを討伐した実績があるんだ。上の連中も文句は言えねぇよ。お前の行きたがってた南の海に行こう」


 彼が人の良い笑みを浮かべてそう答えた、その時だった。

 通話の音声に、激しいノイズが混じり始めた。それと同時に、彼が歩いていた橋の下の暗がりが、まるで物理的な重さを持ったかのように膨張していくのを肌で感じ取った。

 ダシアティスが足を止める。彼の巨体を完全に覆い隠すほどの、さらに巨大な『漆黒の影』が、道の先を完全に塞いで立っていた。

 身長二メートルを超える、極太の丸太のような筋肉と、無機質な機械装甲の融合体。胸部で明滅する魔力炉が、暗闇の中で雷炎の光を漏らしている。ドフレイニアだ。

 圧倒的な質量と、理性を失った獣の殺気。歴戦のハンターであるダシアティスは、本能で己の死を確信した。


「……逃げろ、今すぐ王都から逃げろッ!!」


 ダシアティスは携帯端末に向かって絶叫し、背負っていた自身の身長ほどもある重装盾を背から引き抜き、限界の魔力を込めて前面へと構えた。

 ドフレイニアの琥珀色の義眼が光り、装甲に覆われた左腕が振りかぶられる。

 空気を圧縮し、爆発させるような強烈な破砕音。

 ドフレイニアの放ったただの素手による一撃が、ソラリスで最も強固と言われたダシアティスの大盾を、彼の両腕と上半身ごと、一瞬にして粉砕し消し飛ばした。

 血の雨が降り注ぐアスファルトの上に、持ち主を失った携帯端末が転がり落ちる。

『もしもし? どうしたの? ねえ!』

 恋人の不安げな声が響く中、ドフレイニアの巨体はすでにそこから消え去っていた。


 ◆◆◆


 深夜の静寂に包まれた、住宅街の路地。

 クリサオラは、研ぎ澄まされた警戒心を周囲に配りながら帰路についていた。ハパロの警告が事実であれば、すでに何者かが自分たちを狙っている可能性がある。

 彼女の予感は的中した。

 前方の街灯の上に、黒いダークスーツを着た女――ミレポラの専属運転手であるクロエイアが、音もなくしゃがみ込んでいた。真っ黒なサングラスの奥で、機械のセンサーアイが赤く明滅している。


「こんな夜更けに一人歩きは感心しませんねえ」


 間延びした声と共に、クロエイアが街灯から飛び降りる。

 クリサオラは即座に風の魔法を編み上げ、不可視の真空刃をクロエイアへと放った。しかし、クロエイアの人工筋肉は常人の限界を超えた速度で反応し、風の刃を紙一重で躱しながら肉薄してくる。

 クロエイアの両手から、炎と氷、そして雷という全く性質の異なる三つの魔法が同時に、しかも詠唱の予備動作すらなく無造作に放たれた。


「なっ……多重並列魔法……!?」


 クリサオラが風の防壁で炎を逸らすが、即座に死角から放たれた雷撃が彼女の防壁を貫通し、氷の礫が彼女の脚を正確に縫い留めた。

 機動力を奪われたクリサオラに、クロエイアが容赦なく迫る。多種多様な魔法の連続攻撃に防戦一方となり、彼女の体力と魔力は瞬く間に削られていった。

 最後は、クロエイアの放った超高温の火炎旋風が、クリサオラの風の防壁を内側から食い破り、彼女の身体を一切の慈悲もなく焼き尽くした。


 ◆◆◆


 ソラリス本部ビル、最上階の特別会議室。

 ヘテラクティスは、一人円卓に向かい、遠征の報告書とハパロから聞いた陰謀の全貌を端末に打ち込んでいた。

 部隊の仲間たちが、今この瞬間に次々と命を散らしていることなど知る由もない。ただ、彼の明晰な頭脳は、ガスト副長の不審な行動や、王都のハッキング事件、そして雪山の怪物たちの繋がりを論理的に結びつけようと必死に稼働していた。


(……ダイダロス。もし本当にそんな組織が存在し、ソラリスの中枢まで腐敗しているとすれば、我々が生き残る道は……)


 思考を巡らせていた彼のタイピングの手が、唐突に止まった。

 会議室の重厚な扉が開く音はしなかった。だが、彼の背後に、冷え切った殺意を持った『何者か』が立っている気配が、明確に存在していたのだ。

 ヘテラクティスは振り返ることなく、即座に重力魔法を展開しようと杖に手を伸ばした。


 しかし。

 彼の魔法が発動するよりも早く、冷たい金属の感触が彼の首筋に触れた。


「……お疲れ様」


 耳元で囁かれたその声に、ヘテラクティスは全身の血が凍りつくような絶望を覚えた。

 聞き間違えるはずがない。それは、失踪したはずのテネブレ副隊長、ディアデマの声だった。


「お前……!」


 ヘテラクティスがその事実を口にするよりも早く、ディアデマの纏う漆黒のパワードスーツの腕が、凄まじい膂力でヘテラクティスの首を拘束し、無慈悲に、一八〇度回転させた。

 頸椎が完全にへし折れる不快な音が、静まり返った会議室に響く。

 ヘテラクティスの絶命を確認し、ディアデマは彼が打ち込みかけていた報告書のデータを完全に消去した。そして、彼の無惨な死体を円卓に残したまま、夜の闇へと溶け込むように姿を消した。


 たった一晩。

 王都を守護する最強の盾と謳われたテネブレ部隊は、ダイダロスの圧倒的な暴力と暗殺術の前に、何の手掛かりも残すことなく完全に全滅したのである。


 ◆◆◆


 翌朝。

 王都ブルジュラは、空を覆う分厚い雲から降り注ぐ冷たい雨に包まれていた。

 しかし、市民たちの足を止めたのは雨の冷たさではない。王都の至る所に設置された巨大なホログラムスクリーンや、各家庭の魔導通信機が一斉に報じた、未曾有の凶報だった。


『――緊急特番をお伝えします。昨夜未明、ソラリスの最強部隊「テネブレ」の隊員たちが、王都の各所で無惨な死体となって発見されました。被害者はヘテラクティス、ダシアティス、アラティナ、キロネクス、クリサオラの五名。いずれも一撃で致命傷を受けており、極めて高度な戦闘能力を持つ者による犯行と断定されています』


 街頭のホログラムスクリーンに、ブルーシートに包まれた遺体が運び出される現場の映像が映し出される。傘を差した市民たちが、信じられないという顔で画面を見上げ、悲鳴やざわめきが波紋のように広がっていく。


『――ゼニス直轄の治安部隊「ノヴァ」およびソラリスの合同捜査本部は、現場に残されていた魔力波長と、周辺の監視カメラの映像の解析結果を先ほど発表しました。……驚くべきことに、これらの凶行に及んだ主犯格として、二名の容疑者が特定されました』


 アナウンサーの沈痛な声と共に、画面が切り替わる。

 そこに大々的に映し出されたのは、厳しい表情を浮かべたハパロクラエナの顔写真と、防犯カメラに捉えられたと思われる、ボサボサの黒髪の青年――ヒバリの姿だった。


『元テネブレ部隊長・ハパロクラエナ容疑者。そして、元ソラリス専属技術顧問・ヒバリ容疑者。ノヴァの発表によれば、ハパロ容疑者はギルドに対する個人的な怨恨からかつての部下を次々と惨殺。ヒバリ容疑者は、未知の強力な魔導兵装を用いてその殺戮を支援したとされています』


 画面には、ダイダロスがパンドラ社とバルカン社の技術を結集して作り上げた、極めて精巧な『偽造証拠』が次々と提示されていく。

 ハパロの愛剣の波長と完全に一致するように偽装された魔法陣の痕跡。ヒバリの熱量圧縮砲のサーマルデータを模倣して作られた、破壊された街並みの映像。

 一般市民はおろか、ノヴァの優秀な解析班でさえ見抜けないほどの完璧なディープフェイクが、二人の罪を事実として世界に突きつけていた。


『――ゼニス中央評議会は、事態の重大性を鑑み、両容疑者を【S級指名手配犯】に認定。生死を問わず、直ちに確保または排除するよう全ギルドに通達を発出しました。市民の皆様は、決して容疑者に近づかず……』


 雨に濡れる王都に、アナウンサーの無機質な声が響き渡る。

 かつて世界を救うために前線で戦い、理不尽な追放を受けながらも再び巨悪に立ち向かおうとしていた二人の青年は、一夜にして、世界で最も憎悪される反逆のテロリストへと仕立て上げられたのだ。


 ダイダロスという絶対的な闇が編み上げた、底知れぬ悪意の包囲網。

 真実を隠蔽し、正義を反逆罪へと塗り替えるその手腕は、ヒバリとハパロがこれから戦わねばならない敵の巨大さを、絶望的なまでに証明していた。

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