040 対モンスター用抹殺アーキテクチャ イージス
深き者が忌々しげに赤い双眸を細め、再び闇の魔力を収束させようとする。
だが、その隙を三人が与えるはずがなかった。
「視界を潰す! 合わせろ!」
ハパロがカランサルティアを掲げ、残存する魔力の全てを光へと変換する。放たれたのは攻撃魔法ではなく、極限まで光度を高めた『閃光弾』だった。
深き者の眼前で強烈な純白の光が炸裂し、怪物の視界を完全に白く塗り潰す。
「行くわよッ!」
目眩ましで動きが止まった深き者の懐へと、コルリが雷の軌跡を描いて神速で潜り込む。
彼女の手の中で、大太刀『祢祢』の刀身が二二〇センチへと瞬時に伸長し、致死の電圧を孕んだ黄金色の雷光が極限まで圧縮される。
ただ一撃に全てを懸けた、一撃必殺の雷刃。
「――『極雷斬』ッ!!」
落雷の轟音と共に、コルリの渾身の斬撃が深き者の胴体を斜めに薙ぎ払った。
いかなる魔法も通さなかった漆黒の鱗が、規格外の雷撃のエネルギーによって悲鳴を上げて焼け焦げ、怪物の巨体が初めて大きく体勢を崩した。
「ヒバリさん!!」
「――もらった」
コルリの作り出した致命的な隙に、パラディウムが滑り込むように肉薄していた。
ヒバリは右腕の装甲を深き者の胸部に直接押し当て、円形動力コアから供給された全てのエネルギーを解放する。
「――熱量圧縮砲!」
ゼロ距離からの発射。
空気を焼き尽くす純白の極大レーザーが、深き者の肉体を至近距離から貫いた。
圧倒的な熱とプラズマの暴威が、怪物の強靭な右半身を文字通り蒸発させ、分厚い雪雲の彼方へと消し飛ばしていく。
右腕と右胸を失い、深き者の巨体がドサリと雪原に崩れ落ちた。
周囲の雪が、超高温によってドロドロに溶け、水蒸気となって立ち昇る。
「……やったか!?」
ハパロが肩で息をしながら、信じられないものを見るように呟く。
だが。
パラディウムのバイザー越しに怪物の残骸をスキャンしていたヒバリの表情が、凍りついた。
「……なんだ、あれは」
右半身を消し飛ばされた深き者の断面。その肉の奥深く、脊髄のあたりに、自然界の生物には絶対に存在し得ない『異物』が埋め込まれていたのだ。
赤黒く、禍々しい光を放ちながら不気味に脈動する鉱石。
「操獣の魔鉱石……!? 馬鹿な、Sランクモンスターの脳神経までハッキングしているというのか!?」
ヒバリの驚愕の声が終わるよりも早く。
その魔鉱石が異常な脈動を打つと同時に、深き者の失われた右半身の断面から、ドス黒い肉芽と漆黒の鱗が爆発的な速度で増殖し始めた。
蒸発したはずの右腕が、右胸が、見る見るうちに再構築されていく。
純粋な、Sランクモンスターとして、格の違う再生能力。深き者にとってそれは至極当然の生命維持活動に過ぎなかった。
「嘘でしょ……あれだけの攻撃を受けて、まだ再生するっていうの……?」
コルリが、大太刀を握る手を震わせながら絶望的な声を漏らす。
雪原に再び立ち上がった深き者が、完全な姿を取り戻した右腕を振り下ろし、大地を揺るがすような咆哮を上げた。
その圧倒的な生命力を前に、ヒバリは冷徹に状況を計算していた。
「あの魔鉱石ごと、細胞の一個に至るまですべて消し飛ばさなければ、何度でも蘇る。……だが、パラディウムの火力ではそれが足りない」
今のパラディウムに搭載されている動力コアの最大出力でも、Sランクモンスターの巨体と強靭な魔鉱石を一撃で完全に消滅させるには至らない。より強大で、極端なまでの「殲滅力」に特化したアーキテクチャの力が必要だった。
「二人とも、時間を稼いでくれないか!?」
ヒバリが叫ぶと、ハパロとコルリは互いに背中を預け合うようにして立ち、即座に答えた。
「まかせろ!」
「まかせて!」
ヒバリはパラディウムの通信回路を極秘回線へと切り替え、王都近郊の岩場で待機させていた相棒へと小声で通信を繋ぐ。
「トドロキ。大至急、『イージス』を運んできてくれ。どれくらいで着く?」
『御意。現在地より全速力で急行中……約二分で到着いたします』
「頼む」
通信を切ると同時、深き者が再び動き出した。
怪物の掌の上に、虚無の球体が形成される。ハパロがすかさず光の魔力を剣に集中させ、対消滅を狙って踏み込む。だが、深き者はその挙動を冷酷な赤い双眸で捉えていた。
放たれるはずの闇魔法が、直前で霧散する。フェイントだった。
空振りとなった光の魔法の隙を突き、深き者の漆黒の拳がハパロを襲う。パラディウムが間一髪でその拳を受け止めるが、強烈な物理的衝撃に装甲が軋みを上げる。
Sランクモンスターの恐るべき学習能力。己の絶対的な力を無効化する光の魔法の存在に対し、単純な力押しではなく、高度な戦闘知能と駆け引きをもって三人を確実に仕留めにかかっていたのだ。
だが、絶望的な状況の中にあって、ヒバリの複眼バイザーは一つの希望を捉えていた。
コルリの放った雷の斬撃や、ハパロの光の刃が、先ほどまでは傷一つ付けられなかった漆黒の鱗を切り裂き、怪物の肉体に確かなダメージを与え始めているのだ。
「攻撃が通っている……。再生した直後は、外殻の硬度が完全に定着しておらず、柔らかい状態なのかもしれない」
ヒバリの推測を裏付けるように、三人の決死の猛攻は着実に深き者の身体を削っていた。しかし、傷をつけても魔鉱石の力によって瞬時に再生が始まり、決定打には至らない。
息も絶え絶えの死闘。極限の緊張感と氷点下の寒さが、彼らの体力を容赦なく奪っていく。
激しいステップを踏んだコルリの足が、深くえぐれた積雪に不自然に取られた。
「しまっ……!」
大きく態勢を崩す雷の戦乙女。
その決定的な隙を、深き者が見逃すはずはなかった。怪物の掌に極度に圧縮された闇の球体が形成され、無防備なコルリへとレーザー状に放たれようとする。
ハパロもヒバリも、カバーに入るには距離が遠すぎた。
絶対の死が迫る、その刹那。
雪空を切り裂くような、巨大な獣の雄叫びとジェットエンジンの爆音が、頭上の暗雲から轟き渡った。
突然の異音と強大なプレッシャーに、深き者の意識が上空へと逸れる。
闇魔法の射出がほんの一瞬だけ遅れたその隙に、コルリは残る力を振り絞って『雷纏』を再起動し、黄金の電光となって死地から大きく距離を取った。
上空で轟いたのは、サイボーグ飛竜・トドロキの機械的な雄叫びだった。
分厚い雪雲を突き破り、ジェットスラスターの青白い炎を引いて急降下してきたトドロキから、巨大なアタッシュケース状の黄色い箱が雪原へと投下された。
パラディウムはその黄色い箱を滑り込むようにして拾い上げると、機体の各部から高圧の排気ガスを噴き出させた。
「……久々だけど! やるしかない!」
ヒバリのただならぬ気配を察知したのか、深き者の赤い双眸がパラディウムへと鋭く向けられる。怪物が再び虚無の球体を生み出そうとした、その時だった。
「よそ見をしている余裕があるのか!」
「こっちよ!」
ハパロとコルリが、死に物狂いで深き者の死角から強襲を仕掛けた。
ハパロの放つ光の剣閃が怪物の視界を白く染め上げ、コルリの雷を纏った大太刀がその漆黒の鱗を焼け焦がす。二人は自身の命を削るような猛攻で、ヒバリのための時間を強引にこじ開けた。
その僅かな猶予の中で、ヒバリの手にある黄色い箱が展開された。
箱は地面に設置されると同時に複雑な機械音を立てて分解され、パラディウムを構成していたナノ・ルーンの装甲と入れ替わるようにして、ヒバリの身体を猛烈な勢いで包み込んでいく。
対ハンター用自己防衛アーキテクチャ『パラディウム』から、対モンスター用抹殺アーキテクチャ――『イージス』への換装。
それは、機動力と隠密性を完全に犠牲にし、純粋な火力と耐久力のみを極限まで追求した、規格外の重装甲だった。
黄色と黒の警戒色に彩られた、パラディウムよりも一回り以上巨大で無骨な体躯。
イージスは雪原に降り立つと同時、足元の装甲から太い鋼鉄の楔を地中深くへと打ち込み、反動に耐えるための絶対的な固定態勢をとる。そして、両腕の装甲が複雑に組み替わり、巨大な二門の大砲のような形状へと変形を遂げた。
砲身の奥で、パラディウムの数十倍に及ぶ恐るべき密度の魔力が、チリチリと青白い光を放って圧縮され始める。
(チャージ完了まで、あと数秒……!)
イージスの欠点は、その極大火力を生み出すための長い充填時間にあった。固定砲台と化したヒバリは、その間、完全に無防備となる。
「……今だ、ハパロ! 決めるわよ!」
「ああ!」
背後から膨れ上がる尋常ではない魔力反応に、コルリとハパロはヒバリの準備が最終段階に入ったことを確信した。
二人は残された魔力のすべてを振り絞り、深き者へと最後の特攻を仕掛ける。
だが、Sランクモンスターもまた、眼前に迫る破滅の光を座して待つほど愚かではなかった。
深き者は両腕を大きく広げ、自身の周囲に巨大な闇の結界を急激に膨張させた。
「――っ!」
踏み込んだハパロの愛剣、カランサルティアの刀身が、広がる闇の結界に触れた。
抵抗する間すらなく、光の魔力を纏っていたはずの剣の先端が、音もなく虚無へと飲み込まれ、完全に消失してしまう。
「くそっ……!」
武器を失い、ハパロの体勢が大きく前に崩れる。
だが、かつての傲慢な天才は、ここで立ち止まることはなかった。
ハパロは消滅した剣の柄を投げ捨て、残る魔力のすべてを右手の『素手』に集中させた。極限まで高められた純白の光の魔法が、彼の拳を眩く包み込む。
「これで、終わりだァァァッ!!」
武器を失うという絶望を乗り越えたハパロの拳が、闇の結界を強引にこじ開け、深き者の顔面へとクリーンヒットした。
怪物の首が大きくのけ反り、赤い双眸が苦痛に歪む。
しかし、直後。
深き者は即座に体勢を立て直し、圧倒的な殺意と共に、闇魔法を纏わせた漆黒の拳をハパロの無防備な胸部へと打ち込もうとした。回避は間に合わない。触れれば心臓ごと消滅する絶対死のカウンター。
「させないッ!!」
横合いから、黄金の雷霆が雪原を薙ぎ払った。
コルリが死角から神速で潜り込み、大太刀『祢祢』に限界の電圧を込めた一撃必殺の刃を振り抜いたのだ。
「――『極雷斬』ッ!!」
落雷の轟音が空気を焼き切る。
コルリの至近距離からの全力の斬撃が、ハパロに迫っていた深き者の右腕を、肩の付け根から完全に吹き飛ばした。
焦げた肉片が舞い、怪物の巨体が大きく体勢を崩す。
しかし、深き者自身の理不尽な再生能力がすぐさま働き、吹き飛んだはずの右腕が、黒い肉芽を蠢かせて瞬時に元の姿へと再生していく。
だが、その再生が完了し、深き者が再びハパロたちに牙を剥こうと視線を戻した時。
怪物の網膜には、すでに臨界点に達した莫大な光の奔流が映り込んでいた。
黄色と黒の重装甲、イージス。
その両腕に構えられた巨大な砲身から、青白いプラズマの光が溢れ出している。
「――そこを退いて!! 二人とも!!」
ヒバリの通信越しの叫びと共に、ハパロとコルリは雪面を蹴って左右へと大きく飛び退いた。
怪物の視界の中心で、ヒバリの冷徹な宣告が響き渡る。
「――絶対殲滅砲!!」
イージスの両腕から解き放たれたのは、熱線という言葉では生ぬるい、空間そのものを白く塗り潰すほどの圧倒的なエネルギーの濁流だった。
パラディウムのサーマル・コンプレッサーの数十倍。放たれた極太の光線は、周囲の雪を一瞬で昇華させ、大地を深く抉り取りながら、一直線に深き者の巨体へと着弾した。
闇魔法を展開する暇すら、再生能力が追いつく余地すら、一切なかった。
絶対的な光と熱の暴威が、深き者の漆黒の装甲を貫き、肉を蒸発させ、その脊髄の奥深くで脈打っていた『操獣の魔鉱石』をも、細胞の一個に至るまで完全に消し炭へと変えていく。
世界が白に染まり、大地が揺れる。
放たれた光の柱が分厚い雪雲を切り裂き、彼方の空へと消え去った後。
そこには、深くえぐり取られてガラス化した大地の爪痕だけが残されていた。
Sランクモンスターという理不尽な災害は、何の痕跡も残さずに、この世界から完全に消滅したのだ。
静寂が戻った雪原で、イージスの砲口から立ち昇る白煙だけが、死闘の終わりを告げていた。
雪にまみれたハパロとコルリが、荒い息を吐きながら立ち上がり、焦土と化した眼前の景色を信じられない思いで見つめている。
三人の持てる力のすべてを振り絞った死闘は、ようやく完全なる討伐という結末を迎えたのだった。




