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用済みだと追放された天才を怒らせてはいけない。彼は世界を壊す『技術』を持っているのだから/復讐のアーキテクト  作者: 赤腹井守
第四章 ダークネス・ブリザード

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035 氷の女王

「ふぅ。こんなもんかな」


 刀身に付いた血を振り払い、大太刀を元のサイズに収納して鞘に納めるコルリ。

 あまりにも圧倒的で、そして美しすぎる一撃必殺の剣技。テネブレの面々は、完全に凍りついたように言葉を失っていた。


「……お、おい! なんでお前、もっと早く加勢しなかったんだよ!」


 我に返ったアラティナが、雪まみれになりながら抗議の声を上げる。


「そうよ。私たち、死にかけたじゃない」


 クリサオラも不満げに同調した。


 しかし、コルリは悪びれる様子もなく凛と応えた。


「だって、皆の連携を崩したくなかったし。せっかく王都のエリート様たちが頑張ってたんだから、横からしゃしゃり出るのは野暮ってもんでしょ?」


 その言葉に、テネブレの面々はぐうの音も出なかった。

 ヘテラクティスは眼鏡を押し上げ、彼女の腰にある太刀を凝視した。


「……素晴らしい剣技だった。だが、それ以上に……その大太刀だ。魔力に合わせて物理的に刀身を拡張し、雷の出力を限界まで引き上げるなど、我々の知る既存の技術体系にはない。一体、どこの誰がそのアーキテクチャを作ったんだ?」


 純粋な技術的興味から尋ねたヘテラクティスに対し。

 コルリは、猫のような瞳をすっと細め、どこか呆れたような、そして冷たい声で言い放った。


「……『誰』って。あなたたちが、不要だって言って解雇した人でしょ」


「え……?」


「ヒバリさんよ。あの人が、私のために設計してくれたの」


 その名前が出た瞬間。

 雪原の気温が、さらに数度下がったかのように錯覚した。

 ヘテラクティス、アラティナ、クリサオラ、ダシアティスの顔から、血の気が引いていく。

 自分たちが「裏方風情」と見下し、冷酷に追い出したあの男が、これほどまでに完成された、Aランクモンスターを一刀両断にする武器を、外部のギルドの人間のために作っていた。

 その事実が、彼らのちっぽけなプライドを根底から粉砕したのだ。


「……あ、あいつが、これを……?」


 アラティナが乾いた声で呟き、気まずそうに視線を泳がせる。


 そんなテネブレの面々の滑稽な姿を、後方の安全圏から見ていたリンビアだけが、気味の悪い笑顔を浮かべて肩を揺らしていた。


 ポケルの討伐を果たし、素材の剥ぎ取りやゼニスへの完了報告を済ませようと、テネブレの面々が重い空気の中で作業に取り掛かろうとした、その時だった――


「……待って」


 コルリは右手を太刀の柄にかけ、周囲の吹雪の奥へと極限まで警戒心を跳ね上げた。大気が重く澱み、肺を凍らせるほどの異常な殺気が雪原を包み込んでいた。


「どうしたんスか?」


 アラティナが怪訝そうに眉を寄せ、巨漢のダシアティスが「何もいねぇぞ?」と呑気に首を傾げた、まさにその瞬間だった。


 空気を物理的に押し潰すような重い衝撃と共に、ポケルとは比較にならないほどの巨大な『何か』が、彼らの目の前の雪原へと落下してきた。

 舞い上がる雪の結晶の奥から姿を現したのは、青白い鋼鉄のような肌を持った、全長十メートルにも及ぶ巨大な氷の巨人だった。その頭部には、氷柱でできた歪な王冠が輝いている。


「な……嘘だろ……っ」


 ヘテラクティスの顔が、今度こそ完全に絶望に染まった。


「Aランクモンスター、『氷の女王(アイスクイーン)』……!? なぜ、ポケルよりも遥かに危険度の高い存在が、突然こんな場所に……!」


 その疑問への答えを待つ余裕など、微塵も与えられなかった。

 氷の女王(アイスクイーン)が、丸太のような巨大な腕を、虫ケラを払うように無造作に振り下ろしたのだ。


「おおおおおおおおおお――っ!!」


 最前線にいたダシアティスが咄嗟に重装盾を構えて受け止めようとするが、その圧倒的な質量と膂力の前には無力だった。硬質な衝撃が彼の全身の骨を軋ませ、防壁ごと紙切れのように吹き飛ばされる。ダシアティスの巨体は雪原を数十メートルも跳ね、意識を失って雪に沈んだ。


「ダシアティス!」


 ヘテラクティスが杖を掲げ、氷の女王(アイスクイーン)の動きを封じるべく重力魔法を展開する。しかし、巨人が纏う絶対零度の魔力オーラが、不可視の重力場すらも凍結させて粉砕した。魔法の逆流を受けたヘテラクティスと、炎の槍を放とうとしたアラティナが、余波だけで後方へと弾き飛ばされる。


 わずか一撃。それだけで、ソラリスが誇る精鋭部隊の布陣は完全に瓦解した。

 残されたのは、瞬時に回避行動をとったクリサオラと、大太刀を構えたコルリ、そして、遥か後方の安全圏からニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべて見物しているリンビアだけであった。


「私が視界を奪うわ。隙を突いて!」


 クリサオラが、仲間が倒れた状況下でも一切の感情を排して叫び、風の魔法を身に纏って跳躍した。

 彼女の指先から放たれた無数の不可視の風の刃が、猛吹雪と同化して氷の女王(アイスクイーン)の鋼鉄の肌へと殺到する。しかし、巨人の青白い肌は文字通り鋼鉄の硬度を誇り、風の刃は表面に浅い傷を刻むだけで弾け散ってしまった。


 その僅かな抵抗が、巨人の怒りを買った。

 氷の女王(アイスクイーン)の巨大な腕が、暴風の如き速度で薙ぎ払われる。


「くっ……!」


 クリサオラは空中で風の障壁を展開して防御を試みたが、巨人の腕が放つ圧倒的な運動エネルギーは障壁を容赦なく砕き割った。クリサオラの細い身体が激しく吹き飛ばされ、鮮血を散らしながら雪原を転がる。


「クリサオラ!」


 コルリが叫ぶ。

 致命的な一撃を受けたはずのクリサオラだったが、彼女は折れた肋骨を押さえ、血を吐きながらも必死に両足で雪原を踏みしめ、再び立ち上がった。その瞳には、テネブレの精鋭としての確かな誇りが燃えていた。


 だが、これ以上の連携は彼女の命を確実に奪う。

 コルリは決断した。


「下がってて!」


 コルリは『雷纏らいてん』で肉体を極限まで活性化させ、黄金の閃光となって雪原を駆け抜けた。氷の女王(アイスクイーン)の注意を自分一人に引きつけるため、あえてクリサオラたちから大きく距離を取る。

 標的を変えた巨人が、大地を揺らしながらコルリへと迫る。降り注ぐ巨大な拳の乱打を、コルリは雷の速度で紙一重で躱し続ける。彼女の踏み込んだ場所の雪が、超高熱によって瞬時に蒸発していく。


(硬い。普通の斬撃じゃ、あの肌は貫けない)


 コルリは巨人の猛攻を凌ぎながら、冷徹に活路を見出そうとしていた。

 彼女は雪を蹴り上げて大きく後退すると、大太刀『祢祢ネネ』の刀身に、限界まで雷の魔力を圧縮させた。


「視界を奪う――――『雷刃波ライジンハ』ッ!」


 大上段からの強烈な振り下ろし。

 刀身から解き放たれた圧縮された雷撃が、三日月の形をした高電圧の斬撃波となって空気を焼き切り、一直線に氷の女王(アイスクイーン)へと殺到した。

 巨人が腕で防ごうとするよりも早く、光の刃は正確に氷の女王(アイスクイーン)の顔面へと突き刺さり、その巨大な眼球を容赦なく焼き切った。


「グオォォォォォォォッ!!」


 両目を失明し、激痛に狂乱した巨人が、盲滅法に周囲の空間を破壊し始める。

 だが、その隙をコルリが見逃すはずはなかった。


「これで終わりよ!」


 コルリは地を蹴り、無防備な巨人の懐へと神速で潜り込んだ。

 彼女の手に握られた大太刀が、黄金の雷光を纏って眩く発光する。


「『雷刃らいじん』!!」


 コルリの腕が残像と化し、雷を帯びた刃の連撃が氷の女王(アイスクイーン)の巨体を襲った。

 一太刀ごとに空気が爆ぜ、雷撃が巨人の鋼鉄の皮膚を融解させながら深く抉っていく。十、二十、三十――。常人には視認すら不可能な速度で叩き込まれた斬撃の雨が、いかなる魔法も通さなかった氷の装甲を完全に削り落とした。


 そして、最後の一撃。

 コルリは空中で身を捻り、全身の運動エネルギーと魔力の全てを刃に乗せた。


「はぁぁぁぁぁっ!!」


 落雷の如き一閃が、巨人の右肩から左の脇腹へ向けて、斜めに深く振り下ろされる。

 静電気の匂いが雪原に広がり、遅れて硬質な破壊音が響き渡った。

 氷の女王(アイスクイーン)の巨大な上半身が、溶断された切断面からゆっくりと滑り落ち、重い地響きを立てて雪の平原へと崩れ去る。


 舞い散る雪と雷の残滓の中。

 大太刀を鞘に納めるコルリの凛とした立ち姿だけが、静寂を取り戻した戦場に美しく刻み込まれていた。


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