034 雷を纏う乙女
二日後。
王都ブルジュラから遥か北方に位置する、豪雪都市ボレアス。一年を通して分厚い雪雲に覆われ、街の境界を一歩越えれば、命を容易く奪い去る絶対零度の白魔が支配する死の世界が広がっている。
テネブレ部隊とコルリたち一行は、そこからさらに奥地へと分け入った、Aランクモンスター【ポケル】が縄張りとするスカディ山の麓に到達していた。
「さ、寒ィィィッ! なんだよこの雪! 俺の特注の魔導ヒーター付きコートが全然効いてねえじゃねえか!」
猛烈な吹雪が視界を純白に染め上げる中、完全な雪山装備に身を包んだ一行の最後尾で、リンビアが情けない悲鳴を上げていた。
先頭を進むヘテラクティスが、防寒用のゴーグル越しに周囲を険しい目で警戒する。
「静かにしろ、リンビア殿。この異常な寒気は、自然のものではない。すでにポケルの領域に入っている証拠だ。……来るぞ」
一行が、針葉樹すら育たないすり鉢状の広大な雪の平原に辿り着いた瞬間。
それまで吹き荒れていた吹雪が、嘘のようにピタリと鳴りを潜めた。
代わりに、鼓膜を劈くような甲高く、そして神々しい悲鳴のような産声が、灰色の空から響き渡った。
「キィィィィィィィィィィィィッ!!」
分厚い雪雲を突き破り、上空から『それ』が飛来した。
純白の美しい鱗に覆われた、巨大な龍の流線型の肉体。そして背中には、まるで天使のような四枚の巨大な純白の羽が神々しい光を放っている。
Aランク指定モンスター『凍天熾龍』――固有名【ポケル】。
「総員、戦闘態勢!」
ヘテラクティスの号令と共に、テネブレの面々が雪原を蹴って散開した。
ハパロとディアデマを欠いているとはいえ、彼らもまた過酷な訓練を積み重ねてきた王都のトップエリートだ。流れるような洗練された連携が、瞬時に構築される。
「キロネクス、魔力支援を! クリサオラは機動力を削げ!」
ヘテラクティスが杖を突き立て、強力な重力魔法を展開する。不可視の重圧がポケルの巨体を上空から強引に押さえつけ、その飛翔を封じ込める。
すかさず、小柄なキロネクスが後方から無数の魔法陣を展開し、味方の武器に属性強化の付与を与え、クリサオラが鋭い風の刃を放ってポケルの四枚の羽の死角を正確に切り裂いていく。
「くらえッ!」
重力に縫い付けられ、体勢を崩したポケルの懐へ、アラティナが炎の魔法を纏わせた槍を構えて突撃した。
紅蓮の爆炎と魔力の光が、白一色の雪原を鮮やかに照らし出す。
「いいぞ! このまま押し切る!」
ヘテラクティスが確信の声を漏らした、その時だった。
「――キァァァァァァッ!!」
ポケルが、美しくも狂悪な四枚の羽を大きく広げ、天空に向かって咆哮した。
直後。ポケルの口から、周囲の空間の熱という熱を根こそぎ奪い去る、絶対零度の『氷の息吹』が放射状に吐き出された。
「しまっ――!?」
最前線に立っていたアラティナが、咄嗟に炎の槍を盾にして防御の構えをとる。
しかし。
ポケルの息吹が触れた瞬間、硬質な破砕音が響き渡った。アラティナの槍に纏われていた高熱の炎が消え失せ、先ほどまで荒々しく燃え滾っていた槍は一瞬で『氷の彫像』へと姿を変えてしまったのだ。
「嘘だろ……っ!」
魔力回路ごと凍結した槍が自らの重さに耐えきれずに砕け散り、アラティナが丸腰のまま雪原に尻餅をつく。
ポケルの絶対零度の息吹は止まらない。一瞬にしてテネブレの面々の連携が瓦解し、彼らの足元から急速に氷が這い上がり、その動きを無慈悲に封じ込めていく。
「くそ! やっぱ俺の苦手とする野郎だコイツ!」
盾を必死に構えていたダシアティスも弱音を吐きながら後方へと距離をとる。
「くそっ、防壁が持たない……!」
ヘテラクティスが絶望的な声を漏らし、氷雪の死神がアラティナを丸呑みにしようと巨大な顎を開いた、その絶体絶命の窮地。
「――はい、そこまで」
凛とした声と共に、アラティナの前にひらりと女が躍り出た。
コルリだ。
彼女は雪を蹴り上げると同時に、腰に提げていた太刀『祢祢』を抜き放った。
一般的な太刀のサイズだったその刀身に、彼女の膨大な魔力が注ぎ込まれる。
刀身に組み込まれたアーキテクチャが駆動し、重厚な金属の摩擦音と共に刃が瞬時に伸長した。それは、刀長およそ二二〇センチにも及ぶ恐るべき『大太刀』への変形機構だった。
「『雷纏』!」
コルリの薄い唇から紡がれた魔法。
彼女の華奢な肉体を、黄金色の激しい雷光が包み込む。雷の魔力で自身の肉体細胞と神経伝達速度を極限まで活性化させる、超高度な身体強化魔法。
黄金色の閃光が雪原を弾き飛ばした瞬間、コルリの姿がポケルの絶対零度の息吹を真っ向から切り裂き、神速でその巨大な懐へと潜り込んでいた。
「キァ……!?」
ポケルが驚愕の声を上げる暇すら、彼女は与えなかった。
「『雷刃』ッ!!」
変形した大太刀『祢祢』の長大な刀身に、致死の電圧を誇る雷が極限まで圧縮して纏われる。
コルリは空中で身を捻り、大上段からその巨大な雷の刃を、ポケルの美しい首元へ向けて一気に振り下ろした。
空を真っ二つに裂くような落雷の轟音が、白銀の平原を激しく揺るがした。
絶対零度の冷気を纏う神龍の硬い鱗ごと、コルリの放った極大の雷刃が、ポケルの頭部を斜めに一刀両断に切り飛ばす。
重い地響きと共に、首を失った純白の巨体が、大量の雪を舞い上げながら平原に沈んだ。
戦闘開始から、わずか数分の出来事だった。




