033 コルリとリンビア
ソラリス副長・ガストリディウムが、自身の邸宅の地下で何者かによって暗殺された。
その凶報が王都を駆け巡ってから、約一ヶ月。世界トップのハンターギルドである『ソラリス』は、かつてないほどの混乱の極みにあった。
副長の死という大スキャンダルに追い打ちをかけるように、最強の特殊部隊『テネブレ』の隊長であるハパロクラエナが、突如として行方をくらましたのだ。さらに、部隊の良心であったディアデマ副隊長までもが、まるで泥船から逃げるように電撃的な退任を発表し、ソラリスから姿を消した。
絶対的な権力者と、部隊のトップツーを同時に失ったテネブレ。残された面々は、世間からの奇異の目と、ギルド上層部からの重圧に晒されながら、疲労困憊の日々を送っていた。
「……以上が、明後日に控えた遠征の基本配置だ。各自、装備の最終チェックを怠らないように」
ソラリス本部ビル、最上階の会議室。
重苦しい空気が漂う中、参謀役のヘテラクティスがタブレットを置き、眉間を揉みほぐした。彼の目の下には、ハパロがいた頃にはなかった深い疲労の隈が刻まれている。
彼らが明後日に討伐を控えているのは、永久凍土の渓谷を縄張りとするAランク指定モンスター、種族名『凍天熾龍』――固有名【ポケル】である。
ただでさえ危険なネームドモンスターの討伐。それを、中核メンバーを欠いた状態で決行しなければならないのだ。
「隊長も副隊長もいねぇのに、本当に俺たちだけでAランクのバケモン狩るんスか? いくらなんでも無茶苦茶ッスよ」
アラティナが、苛立たしげにガムを噛みながら吐き捨てた。
「弱音を吐くな、アラティナ。我々がここで結果を出さなければ、テネブレという部隊そのものが解体される。……それに、戦力の穴埋めについては、すでに『応援』を要請してある」
ヘテラクティスが眼鏡を押し上げ、会議室の扉へと視線を向けた。
タイミングを見計らったように、重厚な扉が開かれた。
そこに現れた二人の人物を見て、テネブレの面々は一斉に目を丸くした。
「遅れてごめーん。なんか王都の道、すっごい混んでてさ」
軽い足取りで入ってきたのは、重層都市バビロンの大手ギルド『ハルモニア』の副長を務める女性、コルリだった。
年齢は二十四歳。身長一六八センチのスラリとした体型に、毛先に緩やかなカールをかけた栗色のセミロングヘア。透き通るような白い肌には、王都のハンターたちとは毛色の違う、いわゆる『白ギャル』を思わせる華やかなメイクが施されている。
耳には複数のピアスが光り、指輪やネックレスなど、お洒落には相当な気を遣っている美容女子といった出で立ちだ。だが、その猫のように凛とした鋭い目つきと、腰に提げた業物の太刀『祢祢』が、彼女がただの小娘ではないことを雄弁に物語っている。
彼女は、ハルモニア特有の、橙色と黒を基調としたスタイリッシュなコートを羽織っていた。
「チッ、田舎のギルドは空調もろくに効いてねぇのかよ。汗かいたらどうしてくれんだ」
そして、コルリの後ろから不満げに舌打ちをして現れたもう一人の男。
彼こそが、ハルモニアの団長マジュスクラの一人息子、リンビアである。
コルリと同い年の二十四歳。線の細い、運動不足が透けて見えるような体格に、ショッキングピンクの髪を派手に逆立てている。目鼻立ちは整っているが、常に人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを張り付けており、ハルモニアの制服の上から、無駄に高価な宝石や魔導具をジャラジャラと身につけた悪趣味なファッションだった。
「……よく来てくれた、コルリ副長。それに、リンビア殿も。ギリギリまで判断を渋られていたと聞いていたが」
ヘテラクティスが、心底安堵したように息を吐き出す。
コルリの実力は、テネブレの面々も重々承知していた。彼女は過去に、ソラリスからの強引な引き抜きを実力で撥ね退けた経歴を持つ。自身の恩人であるハルモニアの団長を慕い、決してギルドを移ろうとはしない義理堅い凄腕の剣士。ヘテラクティスは内心、彼女の純粋な戦闘力は、失踪したハパロすらも凌駕していると確信していた。
だからこそ、テネブレの面々はコルリの加勢を心から歓迎した。
――だが、もう一人の男は別だ。
リンビアという男は、ハンターとしての素質は皆無に等しいにも関わらず、巨大ギルドの団長の息子という権力を濫用し、悪行を重ねていることで王都にまで悪名が轟いていたからだ。
「おいおい、なんだその目は。俺様がわざわざこんな落ち目になった部隊の応援に来てやったんだぞ? もっと誇りに思えよ、三流ども」
テネブレの面々から向けられる冷ややかな視線など気にも留めず、リンビアは虎の威を借る狐のごとく傲慢に言い放った。
アラティナが苛立ちで立ち上がりかけるのを、ヘテラクティスが手で制する。
「コルリ副長が来てくれただけで、戦力としては十分だ。……リンビア殿は、くれぐれも後方での待機をお願いしたい」
「あ? まるで俺が使えねーみたいな言い草だな? まあ、いいわ。滅多にお目にかかれない凍天熾龍の討伐、この目で見たかったしよ」
薄ら笑いを浮かべるリンビアを背に、コルリは小さくため息をつき、長いまつ毛を揺らしてヘテラクティスを見た。
「まあ、色々あると思うけど、仕事はきっちりこなすからよろしくね。……それにしても、あの『天才剣士様』がいなくなるなんて、ソラリスも随分と脆いお城だったのね」
コルリのチクリと刺すような言葉に、テネブレの面々は苦い顔をして押し黙るしかなかった。




