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用済みだと追放された天才を怒らせてはいけない。彼は世界を壊す『技術』を持っているのだから/復讐のアーキテクト  作者: 赤腹井守
第三章 アウェイクン・フール

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032 夜明けの空の二人

 狂騒と死闘に満ちた長い夜が明け、王都ブルジュラの空が白み始めていた。

 華やかな大通りの喧騒から遠く離れた、冷たく湿った路地裏。廃棄された魔導デバイスの残骸やゴミ袋の陰に身を潜めながら、二人の男が静かに息を潜めていた。


「……これからどうする?」


 壁に背を預けたハパロクラエナが、血と泥に汚れた顔を上げて問うた。

 彼の特注の隊長服は至る所が斬り裂かれ、かつての面影はない。その手には、刃を失い、黒焦げの鉄の棒と化した愛剣が力なく握られている。


 ヒバリは薄暗い路地の入り口に警戒の視線を向けながら、短く息を吐いた。

 彼が纏うダークスーツもまた、パラディウムの凄まじい排熱によってボロボロに焼け焦げており、素肌には生々しい疲労と火傷の跡が刻まれていた。


「TALOSの地下施設で得たデータも断片的なものだったし、ガストリディウムからも肝心なことは聞き出せなかった。……結局、奴らの真の目的や拠点の場所、他の幹部の名前すら全く掴めていない」


 ヒバリは、自身の左手首のインプラントをさすりながら眉間を揉んだ。


「ガストリディウムという貴重な『生きた情報源』が死んだ以上、わかっているのは『ダイダロス』という組織が、この社会の根底にどうしようもなく深く根付いているということだけだ。下手に動けば、王都中の防衛システムを敵に回すことになる」


 圧倒的な闇の深さ。

 しかし、ハパロの瞳に絶望の色はなかった。彼は何かを確信したような、鋭い光を宿してヒバリを見据えた。


「俺から一つ、提案がある」


「何かな?」


「ディアデマだ」


 その名を聞いた瞬間、ヒバリの目が微かに見開かれた。

 ディアデマ。ソラリスの特殊討伐部隊『テネブレ』の副隊長であり、常に冷静で、ヒバリの技術力に一定の理解を示していた数少ないハンターの一人だ。


「……」


「奴は、頻繁にガストリディウムと二人きりで話すことが多かった。以前はただのギルド内の定例ミーティングだと思って、疑いの目すら向けなかった。だが、今となっては怪しすぎる」


 ハパロは、病室へ向かう前に武器庫で彼女と交わした冷たい会話を思い出していた。あの時、彼女の瞳に宿っていたのは、部下を案じる上官の目ではなかった。チェス盤の上の駒を評価するような、絶対的な傍観者の目だ。


「彼女に限って、そんなわけないと思いたいところだけどね」


 ヒバリは複雑な表情で呟いた。だが、TALOSの裏帳簿にガストリディウムの署名があった以上、ソラリスの中枢が腐敗していることは疑いようのない事実だった。


「直接、奴に話をつけよう」


 ハパロは壁から背中を離し、足元に力を込めた。


「これ以上、そのダイダロスとかいう連中の暴虐を黙って見過ごすわけにはいかない。姉上を、俺の家族を狙ったあいつらだけは……絶対に逃がさない」


 ハパロの纏う殺気は、かつての自己顕示欲に塗れたそれとは違う。純粋な守護と復讐のための、研ぎ澄まされた刃のような気迫だった。

 ヒバリは、その不退転の覚悟を感じ取りながらも、静かに首を横に振った。


「そうしたいところだけど、まずは休息が必要だ。僕らの身体も、そして……この『アーキテクチャ』たちもね」


 そう言って、ヒバリは焼け焦げた自身のインプラントと、ハパロの腰に提げられたカランサルティアの残骸を交互に指差した。

 限界稼働による熱暴走。二人の武器は、もはや本来の機能の数パーセントも発揮できないガラクタ同然の状態だ。


 ハパロは、己の腰にある無残な鉄の棒に視線を落とし、哀れむように、そして慈しむようにそっと手を添えた。


「……すまない。改めて謝罪したい」


 ぽつりとこぼれたその声には、一切の虚勢がなかった。


「あの時、立場がどうであれ、お前が心血を注いで造り上げてくれたこの剣を蔑ろにするようなことをしてしまって。……俺は、本当に愚かだった」


 世界最高の剣士というプライドを支えていたのは、間違いなくヒバリの技術だった。それを失い、全てを壊されて初めて、ハパロはその重みと痛みを理解したのだ。


 ヒバリは少しだけ目を丸くしたが、すぐにいつもの温和な、しかしどこか底知れない微笑みを浮かべた。


「構わないよ。今は、そんなことを気にしている場合じゃない」


「すまない」


「……君らしくないな。謝ってばかりで」


 ヒバリはわざとらしく肩をすくめた。


「あの傲慢で、人の話を聞かないテネブレの隊長様はどこにいったんだ?」


 その皮肉めいた言葉に、ハパロは微かに目元を緩め、フッと自嘲するように笑った。


「……ああ、そうだな」


「わかっているかい?」


「……?」


「僕らがこれから相手にする敵は、おそらく、僕らの想像を絶する何かだ。もしかしたら……世界そのものを相手取ることになるかもしれないよ」


 ヒバリの静かな警告。それは、彼らが足を踏み入れようとしている深淵の恐ろしさを誰よりも理解しているからこその言葉だった。

 しかし、ハパロは折れた剣から手を離し、泥に汚れたコートの襟を正して、かつてのような不敵な笑みを浮かべた。


「ヒバリ。俺を誰だと思っている」


 ハパロの翡翠色の瞳に、眩いばかりの光が戻る。


「俺は、世界最高峰のギルド・ソラリスの最強部隊『テネブレ』のリーダーだぞ」


 根拠のない虚栄心ではない。絶望の底を這いずり回り、それでもなお折れなかった男の、真の矜持がそこにあった。

 ヒバリは、頼もしい相棒の顔を見て、満足そうに頷いた。


「そうだったね。……なら、君のその折れた牙も、僕がもう一度研ぎ直してあげないと」


「期待してる。ところで……どこで休息をとるというんだ? 王都の宿は、どこもギルドの監視下にあるぞ」


 ハパロの問いに、ヒバリは悪戯を企む子供のように目を細めた。


「心配はいらないよ。僕の秘密基地は、世界のいたるところにあるんだ」


 夜明けの光が、路地裏の影をゆっくりと払っていく。

 二人は、反撃の刃を鍛え直すため、王都の地下深くに隠されたヒバリの秘密の工房へと密かに足を向けるのであった。

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