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用済みだと追放された天才を怒らせてはいけない。彼は世界を壊す『技術』を持っているのだから/復讐のアーキテクト  作者: 赤腹井守
第三章 アウェイクン・フール

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031 氷の意志

 ミレポラの冷酷な宣言が軍事プラントの廃墟に響き渡った後――

 軍服をアレンジした純白のロングコートが、闇の中でふわりと翻る。

 彼にとって、ミレポラの野望も、他の幹部たちの闘争本能もどうでもよかった。彼がダイダロスに属しているのは、ただ自身の掲げる『絶対的秩序の統制』という大義を成し遂げるための手段に過ぎないからだ。


 廃墟を後にしたグラウクスは、一人、下層セクターへと足を踏み入れた。

 魔導と機械が極限まで融合した極東のメガロポリス、重層都市バビロン。その華やかな超高層ビルの足元には、光の届かない分厚い闇が広がっている。絶えず魔導車の排気と酸性雨が降り注ぐ下層の裏路地では、毒々しい紫と緑のネオンだけが、油の浮いた水たまりを鈍く照らしていた。


「おいおい、バビロンの夜道は危険だって教わらなかったのか?」


 じめじめとした路地の奥から、下劣な笑い声が響く。

 そこには、バルカン社の正規ルートから弾かれたような粗悪なサイボーグ化を施し、違法な魔導武器で武装した5人の『野良ハンター』たちがいた。彼らは、怯えきった様子の一般の親子を行き止まりへと追い詰め、その金品と、母親が身につけているわずかばかりの生体インプラントを強奪しようと下卑た笑みを浮かべている。


 治安部隊の目も届かない、バビロンの『無秩序』の象徴。弱者が喰い物にされるありふれた地獄。


「さっさとその腕のパーツをよこせ。子供の命が惜しければな」


 男が粗悪な魔導剣を構え、一歩踏み出した。

 ――その時だった。


 突如として、路地裏の空気が濃密な『死』を帯びた。

 男の下劣な笑い声も、遠く上層から聞こえていた喧騒すらも、すべてがすっぽりと抜け落ちたように完全な静寂に包まれたのだ。


「……あ?」


 男が違和感に気づき、口から息を吐いた瞬間、その吐息が真っ白に染まった。

 物理的に音が遮断されたのではない。急激な気温の低下。路地裏の汚水が、急速に結晶化し、微かなひび割れを広げながら瞬く間に凍りついていく。ネオンの光すらも凍てつくような異常な冷気の中、暗がりからグラウクスが足音もなく現れた。


 泥と油にまみれた路地裏には決定的に不釣り合いな、無駄な肉のない彫刻のような体躯がそこにあった。一滴の穢れも許さない、絶対的な「白」。

 かつてゼニス直轄の治安部隊「ノヴァ」の隊長を務めていた男が放つその異様な威圧感に、野良ハンターたちは本能的な恐怖を覚えた。


「な、なんだてめえは! 迷子の金持ちか!?」


 虚勢を張った男が、恐怖を振り払うように咆哮し、魔導剣をグラウクスに向けて振り下ろした。


 だが、グラウクスは表情一つ変えず、アイスブルーの瞳でただ冷徹に男を見据えるだけだった。

 そして、迫り来る凶刃を、『絶対零度の手甲』で無造作に掴み取った。


 鋭いガラスが砕け散るような硬質な音が、静寂の路地に響き渡った。

 防いだり、弾いたりしたのではない。グラウクスが手甲で触れた瞬間、刃の軌道も、男の怒声も、すべての運動エネルギーが強制的に静止させられたのだ。


「あ……、ガ……」


 男の腕から全身に向かって瞬時に氷結が広がり、瞬きする間に、男は恐怖の表情を浮かべたままの『氷の彫像』へと姿を変えた。生命活動の、完全なる強制停止である。


「ヒッ……!? な、なんだこいつ! 化け物だ!」


 残りのハンターたちがパニックに陥り、一斉に魔導銃の引き金を引き、炎の魔法を放つ。


 しかし、それらがグラウクスに届くことはなかった。

 放たれた銃弾も、燃え盛る炎も、氷魔法を操るグラウクスの周囲に展開された絶対零度の領域に触れた瞬間、空中で瞬時に凍りつく。それらは無力な氷塊となってアスファルトに転がり落ち、乾いた音を立てて砕けた。


 グラウクスが、手甲を微かに振るう。

 ただそれだけで、逃げ出そうと背を向けた残りのハンターたちの足元から氷が這い上がり、悲鳴を上げる間もなく、次々と美しい氷柱の中へと閉じ込められていく。わずか数秒。かつての治安部隊の隊長が振るう絶対的な力の前に、路地裏の無法者たちは全滅した。


「た、助かった……。あ、ありがとうございます……っ」


 震える声で、助けられた親子が礼を言おうとすがりつく。


 だが、グラウクスは彼らには一瞥もくれなかった。

 彼にとって、これは「人助け」ではない。三年前、自身の愛する家族を野良ハンターに惨殺されたグラウクスにとって、これは世界から「無秩序という名のバグ」を排除するための、終わりのない粛清作業に過ぎないからだ。


「……法が貴様らを野放しにするのなら、私がこの手で世界ごと凍らせる」


 グラウクスは、恐怖の表情で凍りついた野良ハンターの彫像を冷ややかに見下ろし、静かに呟いた。


 彼の足元から周囲の壁面に向かって霜が這い上がり、その裏路地一帯が、まるで時間が停止した氷の美術館のような異様な空間へと変貌していく。

 グラウクスは純白のコートの裾を翻し、一滴の血も流れることのない氷の墓標を背に、迫り来るアーキテクトを迎え撃つべく再び暗闇の中へと静かに消えていった。

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