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用済みだと追放された天才を怒らせてはいけない。彼は世界を壊す『技術』を持っているのだから/復讐のアーキテクト  作者: 赤腹井守
第三章 アウェイクン・フール

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030 黒いパワードスーツ

 全身を覆うのは、一切の光を反射しないマットな漆黒の装甲。その表面には、流麗な黄金のラインが血管のように走っている。

 頭部には、カブトムシやクワガタムシを思わせる鋭利な二本のツノが天を突き、その下で金色に輝く巨大な複眼バイザーが冷酷な光を放っていた。胸部には黄金の甲虫を模した禍々しいエンブレムが刻まれ、肩や前腕、そして脚部には、肉を容易く引き裂くであろう鋭利な黄金のスパイクが備えられている。


 パラディウムと同じ設計思想を持ちながら、より攻撃的で凶悪なフォルム。

 それはまさに、白と赤の流線型を持つパラディウムに対する完全なるアンチテーゼ。


 黒いパワードスーツは、一切の沈黙を貫いたまま。

 ジィィィン……と、背部から昆虫の羽音のような不気味なスラスター音を響かせ、ヒバリのパラディウムへと向かって殺戮のステップを踏み出した。


 ガガァァァァァァンッ!!


 狭いパニックルームの中で、白と黒の超重装甲が真正面から激突する。

 空間そのものが爆ぜるような衝撃波が荒れ狂い、ガストリディウムが悲鳴を上げて床を転げ回った。


「くっ……! 速い……っ!」


 ヒバリはパラディウムの両手から赤いエネルギーダガーを展開し、黒いスーツの連撃を必死に捌く。

 純粋なパワーや装甲の硬度そのものは、ヒバリのパラディウムがわずかに勝っていた。だが、その機体性能の差を完全に覆すほどの『異常な俊敏性と格闘センス』が、黒いスーツには備わっていた。


 無駄なモーションが一切ない洗練された殺人格闘術の前に、パラディウムの攻撃は悉く紙一重で躱されてしまう。黒いスーツの素早いスピードに対し、パラディウムは徐々に劣勢を見せ始めていた。圧倒的なスピードで死角に潜り込まれ、黄金のスパイクがパラディウムの装甲の隙間を的確に狙ってくる。


 ほぼ互角の一進一退の攻防が続く最中。

 変幻自在の体術の前にヒバリの超高速演算による予測がほんの僅かに遅れ、致命的な隙を晒した。

 その瞬間、黒いスーツはすかさずパラディウムの胴体へと渾身のキックをお見舞いした。


 ドゴォォォォォンッ!!


 凄まじい衝撃が走り、白亜の装甲がメシリと嫌な音を立てる。ヒバリの身体は激しく吹き飛ばされ、鋼鉄の壁に深くめり込んだ。


「……が、はぁっ……!」


 激痛に顔を歪めるヒバリ。だが、さすがはパラディウムだった。強固なショックアブソーバーによって即座に立て直すと、スラスターを逆噴射させて壁から抜け出す。


 ヒバリはただやられていたわけではない。アーキテクトとしての彼の脳とパラディウムの演算システムは、この間の戦闘で黒いスーツの格闘の癖や機動アルゴリズムを完全に『学習』し終えていたのだ。

 パラディウムは肉弾戦を再度繰り広げる中で、敵の攻撃範囲にあえて踏み込み、左腕の装甲を犠牲にして黄金のスパイクの連撃を受け止めた。


 ガキィィィンッ! と火花が散り、パラディウムの左腕に深い亀裂が走る。

 しかし、その合間にヒバリの右腕はすでに、敵の胸部めがけてゼロ距離で構えられていた。


「――消し飛べッ!」


 パラディウムの胸部コアが爆発的に明滅し、右腕の砲身から純白の極大レーザーが放たれる。


 ズドォォォォォォォォォォンッ!!!!


 Aランクモンスターすら蒸発させる、必殺の熱量圧縮砲サーマル・コンプレッサー

 至近距離からの直撃。いかに最新鋭のパワードスーツであろうと、この熱線を完全に防ぐことは不可能だ。


 だが、閃光と熱波が晴れた後、ヒバリの真紅のバイザーは信じられないものを捉えた。

 黒いスーツは、熱線が放たれたコンマ数秒の間に驚異的な反応速度で身体を捻り、直撃を避けていたのだ。

 とはいえ完全な回避は不可能であり、黒いスーツも頑丈ゆえか右肩部の損傷程度で済んだが、漆黒の装甲がドロドロに溶け落ちて火花が散り、その動きは明らかに鈍くなっていた。


 右肩を損傷し、形勢不利と悟ったのか。

 黒いスーツはそれ以上の追撃を諦め、無言のまま後方へと大きく跳躍した。

 そして、撤退の置き土産と言わんばかりに。

 黒いスーツの左腕部がカシャリと変形し、部屋の隅で震えていたガストリディウムの足元へと、『小型の魔導爆弾』を発射したのだ。


「なっ……!?」


 ガストリディウムが足元に転がった爆弾を見て、眼球が飛び出そうなほど目を見開く。


「お、お前ッッ!」


 ガストリディウムが、その黒いスーツに、何かを叫ぼうとした瞬間。

 カチッ。


 ドゴォォォォォォォォォォォンッ!!!!


 爆弾はすぐに爆発し、狭いパニックルームが灼熱の業火に包まれた。


 もうもうと立ち込める土煙と、肉の焦げる異臭。

 パラディウムの装甲で爆風を凌いだヒバリが視界を確保する。

 土煙が晴れると、そこには爆殺されたガストリディウムの死体が、黒焦げの肉塊となって転がっているだけだった。そして、ひしゃげた扉の向こうには、すでにあの黒いパワードスーツの姿は跡形もなく消え去っていた。


「……かはっ、ゲホッ……!」


 壁際で気絶していたハパロが、爆発の衝撃で目を覚まし、瓦礫の中からゆっくりと立ち上がった。

 彼は血だまりと化したガストの死体と、破壊された部屋を見渡し、呆然とヒバリを見た。


「今のは……なんだ? 誰だ?」


 ハパロが尋ねると、ヒバリはパラディウムの装甲を解除し、熱を持った息を吐き出しながら冷ややかな瞳で破壊の跡を見つめた。


「……わからない」


 ヒバリは、ガストが最期に叫ぼうとした未完成の言葉を反芻しながら、静かに答えた。彼はまだ、その闇の全貌を知らない。だが、あの兵器の異常性は身を以て理解した。


「ただこれだけは言える。奴もまた、ダイダロスの一人だろうね」


 ◆◆◆


 廃棄された巨大な軍事プラントの広大な廃墟。その薄暗い空間に、ダイダロスの中枢メンバーたちが集結していた。

 パイプ椅子に優雅に腰掛けるバルカン社社長、ミレポラ。彼女は赤いイブニングドレスの上に白衣を羽織り、煙管型の電子ハーブを咥えている。

 その傍らには、銀髪おかっぱの完璧な美少年の姿をした秘書・オリンディアスが、瞳の奥にソースコードを流しながら静かに佇んでいる。


 そして、ミレポラの背後で気怠げに立っているのは、彼女の専属運転手であるクロエイア。褐色の肌にタイトにまとめた黒髪、戦闘用に最適化された人工筋肉の身体をダークスーツで包んだ彼女は、真っ黒なサングラスの奥の機械のセンサーアイを不気味に駆動させている。

 少し離れた鉄骨の壁には、パンドラ社のボディガード、カルキアが寄りかかっていた。豹を思わせるしなやかな体型と紫がかった銀髪のショートカット。彼女の左腕は、ヒバリに蒸発させられた代わりに、パンドラ社製のゴツい漆黒の最新義手へと換装されていた。

 さらにその奥には、純白のロングコートを纏い、一切の感情を排したアイスブルーの瞳で空間を見つめる元治安部隊隊長、グラウクスが無言で立っている。


 カツン、カツン……。


 静寂に包まれた廃墟に、重い金属の足音が響いた。

 闇の奥から歩み寄ってきたのは、右肩から火花を散らし、装甲の一部をドロドロに溶かした『黒き甲虫』のパワードスーツだった。


「ご苦労様」


 ミレポラが、煙管を燻らせながら労いの言葉をかける。


 黒いスーツがミレポラの前で立ち止まると、プシュウゥゥ……という排気音と共に、漆黒の装甲がスライドして開き始めた。

 中から女性が降り立つ。滝のような汗を流し、息を荒くしているその姿。

 手足が長いモデルのようなプロポーション、艶やかな黒髪のショートボブに、凛とした冷たい美しさを持つ顔立ち。


「いいなー。アタシも欲しいんですけどー、それ」


 クロエイアが、間延びした声で黒いスーツをまじまじと見つめた。


「完成していたんですね」


 カルキアもまた、漆黒の義手を握り込みながら感心したようにつぶやく。

 グラウクスは無言のまま、降り立った女性をじっと冷ややかに見つめている。


 ミレポラの前に来た女は――ディアデマだった。

 そう。パラディウムと互角の死闘を繰り広げた黒いパワードスーツを着こなしていたのは、ソラリスのテネブレ副隊長であるディアデマだったのだ。


 ディアデマは額の汗を拭い、ようやく口を開く。


「このままじゃ、ヒバリには勝てない。彼のジェネシス・コードは手に入らない」


 自身の敗北とアーキテクトの底知れぬ実力を認めるディアデマの切実な報告を聞いても、ミレポラの妖艶な笑みは微塵も揺らがなかった。

 彼女はゆっくりと立ち上がり、冷酷な女帝の瞳で、集まったダイダロスの最高戦力たちを見渡した。


「ええ。だから今度は、全員出動よ」


 ミレポラは深紅のルージュが塗られた唇を歪め、ニヤリと笑う。

 あの生意気な天才を完全に解体するための、巨大な闇の総力戦が、今まさに幕を開けようとしていた。

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