029 拷問
ヒバリの声は、感情の起伏を一切感じさせない絶対零度の冷たさを帯びていた。
「……まずは、貴方たちの『目的』だ。僕の脳を狙い、執拗に命を狙ってくる真の理由は何か」
ヒバリの問いに、ガストリディウムは脂汗にまみれた顔をブルブルと激しく横に振った。
「わ、わからん! 私はただのパイプ役だ! 資金や武器を融通するよう命じられていただけだ! 奴らが何を目指しているのか、そんな深淵な計画など、一介の副長である私に分かるはずが……!」
「……なら、次だ」
ヒバリは左手首のインプラントから伸びた刃を、ガストの眼球にさらに数ミリ近づけた。チリ、と睫毛が刃の冷気に触れる。
「その『メンバー』はどうなっている。貴方たちを裏で操っているトップは誰だ。構成員は何人いる」
その問いを聞いた瞬間、ガストリディウムの喉の奥で「ヒッ」と引き攣った音が鳴った。
「し、知らない……! 言えないっ! 名前を、いや、奴らの存在を口にした瞬間、私は……っ、この世から完全に抹消される! あいつらは悪魔だ! 逆らうことなど絶対にできない怪物なんだぞ!」
それは、忠誠心などという高尚なものでは決してなかった。
権力に縋り付いてきただけの小悪党であるガストリディウムは、ダイダロスという組織の『底知れぬ恐怖』を骨の髄まで叩き込まれていたのだ。ここで眼前のヒバリに殺されることよりも、情報を吐いた末にダイダロスから与えられるであろう『報復』の方が、彼にとっては遥かに恐ろしかった。
「そうか」
ヒバリは微かに目を伏せた。
「……最後だ。なぜ、僕の技術を奪うために、ファウンテンの『罪なき人々』まで惨殺する必要があったんだ。あの人たちに、何の罪があった」
沈黙。
ガストリディウムは口を固く閉ざし、ガタガタと歯の根を鳴らすばかりだった。
「……話す気はない、というわけか」
ヒバリは感情のない声で呟くと、スッと眼球から刃を引いた。
そして、その刃の先端から液状のナノ・ルーンを滲み出させ、瞬時に『鋭く細い針』を形成する。針の先端はチリチリと超高温に赤熱し、狭い空間に焦げ臭い匂いを漂わせ始めた。
「ヒッ……!? な、何を……」
「喋るまで、一ミリずつ焼く」
悲鳴を上げる間もなかった。ヒバリは無造作に、その赤熱したナノ・ルーンの針を、先ほどパラディウムの拳で粉砕したばかりのガストリディウムの『砕けた鼻の傷口』へと、ゆっくりと、そして深くねじ込んだ。
「ギィィィィィィィィヤァァァァァァッ!!??」
肉が焦げ、むき出しの神経を直接焼かれる常軌を逸した激痛。
ガストリディウムは豚のような絶叫を上げ、身悶えして白目を剥いた。だが、ヒバリは冷徹な眼差しのまま、針を微かに抉るように回転させる。拷問の痛みで気を失うことすら許さない、緻密な魔力波長による痛覚の強制覚醒。
冷酷なアーキテクトとして、組織の闇を暴くために最適かつ効率的な『苦痛』を与え続ける。
「あ、が……っ、ひ、ヒギィッ……! や、やめ……!」
ガストリディウムは涙と鼻水と血を撒き散らしながら、床の上で醜くのたうち回った。
だが、やがて。
極限の痛みに顔を歪ませていたガストリディウムの表情に、不気味で下劣な『嘲笑』が浮かび上がった。
「ひ、ひひっ……ははははっ!」
彼は血泡を吹きながら、狂ったようにヒバリを嗤った。
「馬鹿め……っ! お前は本当に何も分かっていない……っ! どうせお前も、奴らに殺される……! あの絶対的な闇を前にすれば、お前のその装甲など、ただの玩具に過ぎんのだ……っ!」
神経を焼かれる痛みに泣き叫びながらも、組織の巨大さを盾にしてヒバリを嘲笑うガストリディウム。
そのあまりにも醜悪な姿に、背後で様子を伺っていたハパロクラエナがたまらず一歩踏み出した。
「……ガストリディウム」
ハパロは、黒焦げのレイピアの柄を強く握りしめながら、かつての上司を射抜くような目で睨みつけた。ヒバリが追うダイダロスとは別に、彼自身にもどうしても突き止めねばならない因縁があった。
「お前とディアデマは、深夜、ひそひそと何を企んでいた? あいつは一体何を隠している!」
かつての部下であり、自身と同じ部隊の副隊長であったディアデマ。彼女の不審な動きと、背後に見え隠れする闇の気配。
その問いを聞いた瞬間、ガストリディウムは激痛に苛まれながらも、顔を歪めて意味深に、そして底意地悪く嗤った。
「……ひひっ。ディアデマ……クククッ。ハパロ、お前は本当に哀れな男だ」
ガストは血走った目で、かつての「最強の天才」を憐れむように見つめた。
「お前は何も分かっていない。最強だの天才だのと持て囃され、手のひらの上で踊らされていた……お前はただの、滑稽な道化だよ」
「なんだと……っ!」
天才としての誇りを踏みにじられ、自分自身でも薄々勘付いていた痛いところを突かれたハパロの顔が、激しい怒りと屈辱で朱に染まった。
ハパロが激昂し、ガストの胸倉を掴み上げようと一歩踏み出した、その刹那だった。
ズズンッ……!
突如として、一メートル厚の鋼鉄で覆われているはずのシェルター全体が、微かに、しかし確かな震動を伴って揺れた。
「……!」
ヒバリは即座にガストから身を離し、インプラントの魔力センサーを最大出力で展開した。
だが、網膜スクリーンには何も映らない。熱源も、魔力波長も、足音すらも、一切のデータが『完全なゼロ(虚無)』を示している。センサーが故障しているわけではない。何者かが、環境ノイズすらも完全に欺く極限のステルス機能で接近しているのだ。
「ヒバリ、何かが来るぞ……」
ハパロが警戒心を剥き出しにし、様子を見ようとぐちゃぐちゃにひしゃげた分厚い鋼鉄の扉の方へと歩み寄る。
扉の向こう側。地下通路の暗闇。
ハパロが目を凝らした瞬間。
そこには、周囲の暗闇よりもさらに深い、周囲の光を完全に吸い込むような『真っ黒な影』が、音もなく立ちはだかっているのにハパロは気づいた。
「だれ――」
ハパロが声を上げるよりも早く。
その後わずか一秒にも満たない間に、その真っ黒な影はハパロの懐へと一瞬で間合いを詰め、彼の顔面を素早く殴打した。
「ガハァッ!?」
天才剣士と謳われたハパロの反射神経すら、全く反応できなかった。
強烈な衝撃がハパロの顔面を捉え、彼の身体は弾丸のように宙を飛んだ。背後で震えていたガストリディウムの頭上を大きく越え、パニックルームの強固な壁に激しく激突して崩れ落ちる。
「ハパロ!」
ヒバリは叫ぶと同時、左手首のインプラントに全魔力を叩き込んだ。
液状のナノ・ルーンが爆発的に溢れ出し、瞬時にヒバリの全身を白亜の装甲『パラディウム』へと換装する。
パラディウムの真紅のバイザー越しにその黒い影をまじまじと見つめたヒバリは、思わず息を呑んで立ち尽くした。
「なんだ……あれは」
ひしゃげた扉の前に立っていたのは、ヒバリの纏うパラディウムに酷似した、しかしまったく異なる意匠を持つ『パワードスーツ』だった。




