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用済みだと追放された天才を怒らせてはいけない。彼は世界を壊す『技術』を持っているのだから/復讐のアーキテクト  作者: 赤腹井守
第三章 アウェイクン・フール

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028 醜い終わり

 痛い。痛い。痛い。

 顔面をひしゃげさせられた激痛が、泥のような意識を無理やり現実へと引き戻した。


「あ、が……っ、ひゅゅ、っ」


 ソラリス副長・ガストリディウムは、自身の書斎の絨毯の上で、無様に這いつくばりながら目を覚ました。

 鼻骨が完全に粉砕されており、呼吸をするたびに気道に溜まった自分の血が泡立ち、豚のような気色悪い音が鳴る。

 視界は涙と血でぼやけていたが、自分が置かれている状況を理解するには十分だった。月明かりに照らされた書斎には、彼が全幅の信頼を寄せていたTALOSから派遣された精鋭護衛部隊の『黒焦げの灰』が散乱している。

 組織の暗殺部隊を次々と返り討ちにし、王都へ舞い戻ってきた悪魔。あのボサボサ頭の、ひ弱で陰気なアーキテクトが纏っていた、次元の違う白亜の装甲。

 思い出すだけで、極限の恐怖がガストリディウムの胃袋を鷲掴みにし、失禁した股間から再び生温かいものが漏れ出した。


「に、逃げ、なきゃ……」


 彼は立ち上がることもできず、手足を使って尺取り虫のように床を這い進んだ。砕けた鼻からドス黒い血が滴り落ち、高級な絨毯にズルズルと惨めな這い跡を残していく。

 向かう先は、書斎の奥に隠された地下通路。

 あの理不尽な暴力がいつ戻ってくるか分からない。早く、絶対に安全な場所へ。あらゆる物理と魔法の干渉を遮断する、あの『鉄の棺』へと。


 地下の最奥。血まみれの手で生体認証パネルを操作し、ガストリディウムは転がり込むように『パニックルーム』へと逃げ込んだ。

 旧オーラム帝国軍が対大規模魔導兵器用に設計した、厚さ一メートルの鋼鉄の扉が、重々しい音を立てて完全に閉鎖される。


「は、ははっ……!」


 完全な密室。絶対の安全圏。

 ロックが掛かった音を聞き、ガストリディウムはようやく息を吹き返し、狂ったように笑った。

 これでヒバリも手が出せない。


「連絡だ……グラウクス様に、ダイダロスに援護を……!」


 彼は震える指でコンソールを叩き、グラウクスへ通信を繋ぐ。


『――何の用だ、ガストリディウム』


 スピーカーから響いたのは、氷のように冷酷な声だった。


「グ、グラウクス様! 助けてください! ヒバリです、あのアーキテクトの化け物が……!」


『ああ、知っている。……お前への援護は、一切送らない。お前はもはや組織にとって無価値だ』


「なっ……し、しかし私はソラリスの副長で……っ!」


『ならば、その「絶対安全」な鉄の棺の中で、息が詰まるまで震えているがいい。せいぜい、奴らの足止めくらいにはなるだろう』


 ブツッ、と。

 無慈悲な電子音と共に、通信が一方的に切断された。

 ガストリディウムは絶望に打ちひしがれ、鉄の棺の中で、来るはずのない救援を待ちながら震え続けた。


 ◆◆◆


 豪邸の地下最奥。

 絶対防衛を誇る一メートル厚の鋼鉄の扉の前。そこに、ヒバリとハパロクラエナが立っていた。

 二人の間に漂うのは、情愛でも連帯でもなく、互いの復讐を遂行するためだけに結ばれた、極めてドライな共闘関係のみである。


「……パニックルームか」


 ハパロが忌々しげに舌打ちをする。


「逃げ込んだ先がここか。ダイダロスへの通信もここからだろう」


「旧オーラム帝国軍の対大規模魔導兵器用シェルター。あらゆる魔法的干渉を完全に遮断する。僕の現在の出力でこの扉を溶断するには、約十分かかる」


 ヒバリはパラディウムを歩ませ、冷たい鋼鉄の壁に手を触れた。


「だが、先ほどの騒ぎでノヴァの包囲網が王都中に敷かれ始めている。ここで時間をかけるのは得策じゃない」


「十分も待てば、俺たちは王都の全戦力を相手にすることになるな」


 ハパロは痛む脇腹を押さえながら、扉の可動部である蝶番の密閉シール部分に目をつけた。


「……ヒバリ。お前のその装甲の最大火力は、ピンポイントで打ち込めるか?」


「一ミリの誤差もなく可能だよ」


「上等だ」


 ハパロは、左手に握っていた『カランサルティアの折れた切っ先』を逆手に持ち替えた。

 彼は肉眼では確認すら困難な蝶番の隙間に、その切っ先を迷いなく突き立てた。


「どんなに分厚い装甲でも、関節の隙間はゼロにはならない。俺がこの折れた刃で、コンマ数ミリの『くさび』を作った。……お前の最大火力を、この剣の腹に寸分違わず叩き込め」


 それは、成功すれば扉が壊れ、失敗すればハパロの手首が吹き飛ぶという狂気の賭けだった。


「……君のその自信は、どこから来る」


「俺が天才だからだ。……やれッ!」


 ハパロの叫びと同時。

 パラディウムの背部スラスターが爆発的に発光し、右腕のシリンダーが限界の咆哮を上げた。

 莫大な推力を乗せた白亜の拳が、ハパロの握る折れた刃の背を、ミリ単位の狂いもなく正確に打ち抜く。


 空間が歪むような激突音と共に、絶対防衛を誇るシェルターの内部機構が限界を超えてひしゃげた。一メートル厚の鋼鉄の扉が、枠ごと無残に内側へと吹き飛ばされる。


 土煙が晴れると、そこには失禁し、部屋の隅で震えるガストリディウムの姿があった。

 ヒバリとハパロは無言で部屋へ足を踏み入れる。


「……見苦しいな。ソラリスの副長ともあろう者が」


 ハパロが氷のような声で見下す。


「味方の援軍でも待っていたか? 残念だったな」


 ガストは命乞いを繰り返すが、ヒバリは左手首のインプラントから刃を形成し、ガストの眼球スレスレに突きつけた。


「貴方が知っている『ダイダロス』の情報をすべて吐いてください」

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