003 全力の乙女
ルキオラの専用武器を作ると宣言した翌日から、ヒバリはギルド『アウラ・コピア』を巻き込んでの壮大な改造計画をスタートさせた。
「ここだ。ギルドの裏手にあるこの古い石造りの納屋。ここを僕の工房にする」
「おいおいヒバリ、ここは何年も使ってねぇボロボロの物置だぞ?」
腕を組むマスターのディナステスに、ヒバリは図面を広げて熱弁を振るう。
「建物のガワはなんだっていいんです。重要なのは、すぐ横をこの街の主水脈が通っていること。ここから地下水を直接引き込み、何重もの魔力フィルターを通して『超純水』を生成する。それと、隙間という隙間を全て魔法樹脂で埋めて、空気中の魔力ノイズを完全に遮断します。……できそうですか、ドルクスさん」
ヒバリが視線を向けた先には、頭に黒いバンダナを巻き、無精髭を生やした寡黙な男がいた。
大工仕事や武具の修理を一手に引き受けるベテラン職人ハンター、ドルクスだ。彼はヒバリの描いた複雑な図面を鋭い目で睨みつけると、ニヤリと口角を上げた。
「……王都のエリート坊っちゃんかと思えば、随分と面白い図面を引くじゃねえか。三日くれ。俺たちで最高の箱を組んでやる」
ドルクスの号令のもと、ギルドの面々が総出で作業に取り掛かった。
ディナステスや若手のコキネラが重い資材を運び、受付嬢のアピスが炊き出しで彼らを労う。ルキオラもまた、不器用ながら資材の運搬を手伝っていた。
王都のソラリスでは、ハンターは裏方の仕事など一切手伝わなかった。このギルド特有の「互いに助け合う」温かい空気に、ヒバリは少しだけ目頭が熱くなるのを感じていた。
◆◆◆
三日後。ドルクスたちが見事に完成させた簡易無塵室の中で、ヒバリは一人、作業台に向かっていた。
「……よし。やはりこの街の水は最高だ」
ヒバリはピンセットで極小の魔力結晶をつまみ上げ、超純水で洗浄する。
王都の水ではどれだけ洗っても微細な魔力残滓がこびりついていたが、ここでは完全にクリアな状態を保てる。この完璧な土台があって初めて、ルキオラの異常な魔力電圧に耐えうる「極大耐圧回路」を刻むことができるのだ。
(ルキオラさんの魔力波長は、荒れ狂う高電圧の雷に近い。複雑な演算処理なんていらない。全てを『破壊力』と『熱』に変換し、絶対に焼き切れないことだけを目的とした、一撃必殺の回路だ)
ヒバリの目に、狂気的な集中力が宿る。
徹夜でのエッチング作業。コンマ一ミリの狂いも許されない手作業で、彼は次世代のパワー半導体とも呼べる特注チップを削り出していった。
さらに、チップだけでは彼女の出力を受け止めきれない。
ヒバリはドルクスと徹夜で議論を交わし、彼女の魔力を物理的に逃がすための「器」を作り上げた。
五日目の朝。
ギルドの裏庭に、寝不足でフラフラのヒバリと、ドルクスが重そうに抱えた何かが運び出された。
「できましたよ、ルキオラさん」
ヒバリが布を剥ぎ取ると、ギルドメンバー全員が息を呑んだ。
「……これが、私の剣……?」
ルキオラは、信じられないものを見るように目を瞬かせた。
それは、長身でスレンダーな彼女には全く似つかわしくない、身の丈ほどもある漆黒の巨大剣だった。
刃の厚みは鈍器のようで、全体が無骨な金属の塊にしか見えない。刀身の表面には奇妙なスリットが幾重にも刻まれ、根元には分厚い排熱パイプが剥き出しになっている。
「デカすぎだろ……!」
「いくらなんでも姉御には重すぎッスよ!」
ディナステスやコキネラが唖然とする中、ヒバリは胸を張って解説した。
「重く見えるのは、内部の八割が巨大なヒートシンクと冷却液の循環装置だからです。ルキオラさんの魔力は高熱を生む。だから、斬るための鋭さよりも絶対に溶けないことを最優先に設計しました」
ルキオラは静かに歩み寄り、その巨大な柄に手をかけた。
一見すれば持ち上がらないような鉄の塊だが、彼女の魔力が柄から流れ込んだ瞬間、大剣はまるで羽のように軽く彼女の手に収まった。
「……私の魔力が、反発しない。むしろ、この剣が私の一部になったような……」
「テストしてみましょう。街の裏手にある岩山なら、少しくらい削っても怒られませんよね?」
◆◆◆
ギルドの裏手、切り立った頑強な岩山。
ルキオラは巨大なバスターソードを構え、深く息を吐いた。周囲には、固唾を飲んで見守るヒバリやギルドの面々がいる。
「ルキオラさん。今までみたいに抑え込まなくていい。リミッターを外して、君の魔力を全力で流し込んでみてください」
ヒバリの言葉に、ルキオラはこくりと頷いた。
彼女の冷たい黄金色の瞳が、カッと熱を帯びたように発光する。
凄まじい魔力の奔流が、ルキオラの体から大剣へと流れ込んだ。
その瞬間、漆黒の大剣の刀身に刻まれたスリットの奥で、ヒバリが組み込んだ極太の魔導回路が深紅に発光し始める。
「おおっ!? なんだ、すげぇ熱気が……!」
ディナステスたちが思わず数歩後ずさるほどの、圧倒的な熱量。
これまでなら、ここで安物の回路がショートし、剣はドロドロに溶けていた。しかし、ヒバリの特注チップは、その規格外の高電圧を完璧に制御し、刀身のヒートシンクへと熱を逃がし続けている。
「――排熱バイパス、全開放!」
ヒバリが叫んだ。
ルキオラが柄のトリガーを引き絞る。
ガコンッ!! という重厚な機械音と共に、刀身のロックが外れた。
――プシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!
大剣に刻まれたスリットから、鼓膜を揺らす轟音と共に、超高温の白煙が激しく吹き出した。まるで蒸気機関が暴走したかのような猛烈な排熱エフェクト。
深紅に輝く刀身から吹き出す白煙を纏い、ルキオラは大きく踏み込んだ。
「はぁぁぁっ!!」
白煙の尾を引きながら、極大の熱と質量を乗せたバスターソードが、岩山に向かって横薙ぎに振り抜かれる。
――ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!
空気が爆発したような轟音が響き渡り、突風がヒバリたちの髪を激しく揺らした。
砂煙が晴れた後、そこに残っていたのは。
数十メートルにわたって、まるで熱したナイフでバターを切ったかのように綺麗に抉り取られ、断面が赤熱してドロドロに溶けた岩山の無惨な姿だった。
「…………えっ」
「マジかよ……」
「あんな硬ぇ岩山を、一振りで……?」
ディナステスたちハンターが、顎が外れそうなほど口を開けて硬直している。
振り抜いた姿勢のまま止まっていたルキオラもまた、自分自身の引き起こした破壊力に戦慄し、肩で息をしていた。
刀身からは、まだシューシューと白い排熱蒸気が上がっている。
剣は、微塵も溶けていない。刃こぼれ一つしていない。ヒバリの設計した冷却機構が、彼女の全力を完璧に受け止めていたのだ。
「……私の、全力……。壊れ、ない……」
ルキオラはゆっくりと剣を下ろし、自身の震える両手を見つめた。
幼い頃から恐れられ、王都の鑑定士に無能と切り捨てられ、ずっと一人で抱え込んできた呪いのような力。それを初めて、何のためらいもなく振るうことができた。
彼女は振り返り、ヒバリを見た。
いつもは冷たく凍りついているはずの彼女の黄金の瞳から、ポロポロと、大粒の涙が溢れ出していた。
「ヒバリ、殿……っ。私、初めて……全力を、出せました……っ」
感極まり、言葉にならない声でヒバリに駆け寄るルキオラ。
ヒバリは少し照れくさそうに頭を掻きながら、最高傑作を生み出した充実感に満ちた笑顔を浮かべた。
「言ったでしょう。君は落ちこぼれなんかじゃない。……最高の剣士ですよ、ルキオラさん」
周囲が歓声に満ちる。
そして彼らがその祝杯を上げている頃――
王都方面から、一帯の生態系を狂わせるほどの巨大な魔力反応――Aランク指定モンスター『結晶殻機竜』が、この水郷都市ファウンテンに向けて飛来しつつあることに、まだ誰も気づいていなかった。




