025 ガストリディウム
同時刻。
王都ブルジュラの一等地、高い防壁と厳重なセキュリティに守られた高級住宅街。
その中でもひと際豪奢な造りをした邸宅の書斎で、ソラリス副長・ガストリディウムは、最高級のブランデーを煽るように飲み干し、苛立ちを隠せずにいた。
「くそっ……! あのアーキテクトめ、TALOSの地下施設を襲撃した挙げ句、メインサーバーまで物理的に破壊しおって……!」
脂の浮いた顔を歪め、ガストは忌々しげにデスクを叩いた。
王都のハッキング騒動の混乱の最中、ファウンテンの襲撃を生き延びたヒバリが、規格外の力を持って王都に舞い戻り、TALOSの極秘サーバーを破壊した。その凶報が入ったのは、つい先ほどのことだ。もし、自分たち『ダイダロス』とTALOSの繋がりを示す裏帳簿が奴に持ち出されていれば、ただでは済まない。
(……奴がどうやってあそこまでの力を手に入れたのかは分からんが、今は嗅ぎ回っているハパロを始末するのが先決だ。ディアデマの奴め、『お前に任せる』などと面倒な処理を押し付けおって。だが……ハパロさえ消えれば、私の保身は確実なものになる)
ハパロの姉がいる第一特別病棟へ、TALOSから借り受けた私兵による暗殺部隊を向かわせた。
精神を病んで狂乱したハパロが姉を道連れに心中したという筋書きにすれば、ゼニスもノヴァも体よく誤魔化せるはずだ。
ガストがグラスを置き、ふうと醜い安堵の息を吐いた、その時だった。
「――随分と、悪趣味な筋書きを書くのですね」
不意に。
書斎の照明がフッと落ち、月明かりだけが差し込む薄暗い部屋の隅から、静かで、ひどく冷たい声が響いた。
「な、誰だ!?」
ガストが弾かれたように振り返る。
窓際の豪奢な革張りのソファ。そこに、まるで最初から闇の一部であったかのように、一人の青年が足を組んで座っていた。
ボサボサの黒髪。青白い肌。その瞳は、絶対零度よりも冷酷な光を宿している。
「ヒバ、リ……!? 馬鹿な、なぜお前がここにいる! つい先程まで地下施設にいたはずでは……!」
「ええ。地下のサーバーは、少しばかり手荒に片付けさせてもらいました。TALOSから抜いたデータを見て、あなたに直接聞きたいことができたものでね」
ヒバリは立ち上がり、足音も立てずにデスクへと近づいてくる。
「僕を解雇し、ルキオラさんたちを殺した連中に武器を供給していたのは……あなたたち『ダイダロス』だったのですね」
「ヒィッ……!」
ガストはヒバリの纏う異常なまでの殺気に圧倒され、無様に尻餅をつきながら後ずさった。
だが、彼はすぐさま机の下に隠された『緊急通報ボタン』に手を伸ばし、それを乱暴に叩き込んだ。
「ふ、ふざけるな……! 地下のメックどもを出し抜いたからといって、無敵にでもなったつもりか!」
警報装置が作動したことで強気を取り戻したのか、ガストが甲高い声で叫ぶ。
「私の邸宅には常に、TALOSから派遣された精鋭ハンターたちを護衛につけている! お前のような裏方など、一捻りにしてやる!」
ガシャァァァンッ!!
ガストの言葉を証明するかのように、書斎の巨大なガラス窓が外から爆発的に打ち破られた。
月明かりを背にして室内に雪崩れ込んできたのは、5人の精鋭ハンターだった。彼らの首筋や腕にはTALOS製の機械装甲が組み込まれており、そこから生み出される膨大な推力と、彼ら自身が纏う強力な魔法のオーラが、書斎の空気をビリビリと震わせた。
「殺せ!」
ガストの命令と共に、五人のハンターが一斉にヒバリへと跳躍する。
機械装甲による異常な踏み込みの速度。炎や雷の魔法を刀身に纏わせた必殺の刃が、四方からヒバリの華奢な身体を両断すべく振り下ろされる。
だが、ヒバリは眉一つ動かさず、左手首のインプラントを操作した。
「……起動」
静かな呟き。
直後、ヒバリの全身を、液状のナノ・ルーンが瞬時に覆い尽くす。
彼らの刃が届くコンマ数秒前。そこには無防備な青年の姿はなく、真紅のラインが走る白亜の装甲――『パラディウム』が顕現していた。
ガギィィィンッ!!
重い金属音。振り下ろされた5本もの魔導武器と魔法の連撃が、パラディウムの装甲に直撃する。
しかし、ヒバリは一歩も下がることはなく、逆に装甲に触れた武器の刀身が、自らの魔法の威力と装甲の絶対的な硬度の差に耐えきれず、ガラス細工のようにいとも容易く粉々に砕け散った。
「な、なんだと……!?」
「硬度が、違いすぎる……!」
驚愕に目を見開く精鋭部隊。魔法と機械の融合による一撃が、純粋な『素材の強度』だけで完全に無力化されたのだ。
「……遅い」
パラディウムのバイザーが真紅に光った瞬間。
ヒバリの姿がブレた。
背部スラスターの爆発的な推力による超高速機動。ヒバリは瞬きする間に一人のハンターの懐に潜り込み、強固な魔力障壁と最新の機械装甲ごと、その胸を素手で易々と貫いた。
「ガァァッ!?」
そのままヒバリは振り返りざまに、右手の掌を前方に突き出す。
掌の砲口から、極小に圧縮された熱線が放たれた。
ズギュンッ!
一条の純白の閃光が残る4人の胴体を正確に薙ぎ払い、彼らが展開した防御魔法やサイボーグパーツごと、一瞬にしてプラズマ化させ、文字通り『蒸発』させた。
戦闘開始から、わずか三秒。
ソラリス副長の命を守る最強の護衛部隊は、床に黒い焦げ跡と微かな灰を残して、完全に全滅した。
「あ、あぁ……あぁぁぁっ……!」
その信じがたい光景を前に、ガストは完全に腰を抜かし、股間を濡らしながら這いつくばって震え上がっていた。
白煙を上げるパラディウムが、ゆっくりとガストを見下ろす。
「――さて。あなたには、聞きたいことが山ほど……」
ヒバリがガストの胸倉を掴み上げようとした、その時だった。
『……ザーッ……こちらアルファ。応答しろ、副長』
ガストのデスクの上に置かれていた専用の通信端末から、ノイズ混じりの音声が書斎に響き渡った。
『ゼニス第一特別病棟、対象の病室前に到着。……これより室内に突入し、ファレノクラエナ、並びに護衛のハパロクラエナの処分を実行する』
その通信を聞いた瞬間。
ヒバリの動きが、ピタリと止まった。
ガストの脂ぎった顔が、引き攣ったように蒼白になる。
『……なるほど』
ヒバリは、ガストをゴミのように床へと投げ捨てた。
『自分の不始末を隠すために、部下の病気の家族まで消すか。……どうしようもなく腐っているな』
「ひっ、ち、違う! 誤解だヒバリ! 私はダイダロスに脅されて……!」
命乞いをするガストの顔面に、パラディウムの冷たい鋼鉄の拳が容赦なく叩き込まれた。
ゴキッという鈍い音と共にガストの鼻骨が砕け、彼は白目を剥いて気絶する。
ヒバリは血だまりに沈むかつての上司を一瞥し、通信機を踏み砕いた。
ヒバリは窓枠に足をかけ、王都の夜空へと跳躍した。
上空でステルス迷彩を解いて待機していたサイボーグ飛竜・トドロキの背に飛び乗る。
「マスター。標的は殺害しなかったのですか?」
トドロキが人工音声で尋ねる。
「ああ。急いでくれトドロキ」
ヒバリは、眼下に広がる王都の摩天楼を見据え、パラディウムの胸部動力コアの出力を限界まで引き上げた。
「第一特別病棟へ向かう。……馬鹿を助けに行くよ」
青白いプラズマの炎が王都の夜空を切り裂き、白亜の流星となって、ハパロたちが絶体絶命の危機に陥っている病棟へと一直線に飛翔していった。




