023 影
「……隊長。ハパロ隊長、聞いていますか」
ヘテラクティスの声に、ハパロはハッと我に返った。
会議室の円卓。ディアデマは相変わらず沈黙を保ち、ハパロと視線を合わせようともしない。
「ああ、すまん。なんだ?」
「次の議題です。オーラムの巨大カジノ『ゴールデン・ダイス』で発生した火災について報告が上がっています。全館ブラックアウトの後に三十名以上が犠牲になる惨劇が起きました」
ヘテラがタブレットの画像をホログラムで空中に投影する。真っ黒に焼け落ちたカジノの無惨な姿だった。
「単なる事故や出火という意見もありますが、世論は何者かによる意図的な『テロ行為』だと断定しています。我々も、今後の遠征において慎重に警戒・調査すべきかと」
「えー、それってうちの管轄外じゃないの?」
キロネクスが面倒くさそうに首を傾げた。
「オーラムの事件なんて、現地のギルドかシェリフに任せておけばいいじゃん」
「そうも言っていられない」
ヘテラクティスが眼鏡を光らせる。
「先の水郷都市ファウンテンでの『アウラ・コピア』のハンター暗殺事件といい、最近、地方での妙な事件が多すぎる。それらが単独の事件ではなく、何らかの意図を持って結びついているとすれば、いずれ王都にも波及する可能性がある。慎重になるべきだ」
「……参謀の言う通りよ」
そこで初めて、ディアデマが口を開いた。彼女の声は、どこまでも透き通って冷たかった。
「少し前に流行った、野良ハンターたちによる無秩序な犯罪行為が、再燃している可能性が高いわ。各員、単独行動は控え、十分に気を付けるべきよ」
「野良ハンター?」
アラティナが、ガムを膨らませてパチンと割りながら首を傾げた。
「俺、その辺の歴史とか詳しくないんスけど。なんスかそれ?」
「やれやれ、これだから最近の若い連中は教養が足りない」
ヘテラがやれやれと肩をすくめる。
「今から十年ほど前だ。正式なギルドの入団テストに合格できなかった落ちこぼれや、犯罪歴のあるゴロツキ共が結託して、徒党を組み暴動を起こした大騒ぎがあったんだ。街のインフラを破壊し、市民を巻き込んでの略奪行為……今よりもずっと治安が悪い時代だった」
「なんでまた、そんな面倒なことを?」とアラティナが問う。
そこで、ずっと黙っていたハパロが重たい口を開いた。
「……魔力を持つ者と、持たざる者がいるこの世界で。持つ者が優性であるという『魔法至上主義』がピークを迎えていた時代だからだ」
ハパロの声は、どこか自戒を込めるように低く響いた。
「俺たちのように天賦の才を与えられた一部のエリートが特権を独占し、持たざる者たちが虐げられていた。その不満が爆発し、彼らは私利私欲のために、ただ好き勝手に暴れて鬱憤を晴らしていた。……自身の弱さを直視できず、世界を恨むことでしか自我を保てない、ひどく愚かな時代だった」
ハパロの脳裏に、ボロボロになってソラリスを去っていったヒバリの後ろ姿が過る。
本当に愚かだったのは、持たざる者たちではない。己の特権と才能に溺れ、他者の努力と技術を踏みにじった、自分のようなエリートの方だったのではないか。
「ゼニス直轄の治安部隊『ノヴァ』は、その無秩序な野良ハンターの暴動を徹底的に鎮圧し、世界に絶対の秩序をもたらすために結成された組織だ」
ハパロが説明を補足する。各国のギルドを実質的に統括するゼニスの直属であり、各地のトップギルドから最優秀なハンターだけがスカウトされて結成される、実力・権力ともに世界最強の治安維持組織。
「そういうことだ」
ヘテラが誇らしげに胸を張る。
「そして、我々ソラリスのテネブレ部隊は、実績においても実力においても、現在最もノヴァに近いギルドチームだと言われている。次期Aランクモンスター『ポケル』をスマートに討伐できれば、我々の中からノヴァへの引き抜きがあるかもしれない。これは大きなチャンスだ」
「へぇ。でも俺、そういう軍隊みたいな堅苦しいのは嫌いなんスよね。自由に暴れたいっス」
アラティナがケラケラと笑う。他のメンバーも、野良ハンターの話など遠い昔の御伽話としか捉えていないようだった。
ヘテラがタブレットの画面を切り替える。
「次の議題だが、現在採用検討中の最新鋭の魔導武器についてだ。魔導武器メーカーの最大手三社――TALOS、パンドラ、そしてバルカンから、新しい兵装の見積もりや試作品が届いている。遠征前に、どれを実戦テストに組み込むか決めておきたい」
「俺はパンドラの新しい槍がいいッスね!」
「私はTALOSの軽量防具を試してみたいかな」
メンバーたちが口々に希望を述べる中、会議はまだまだ続きそうな気配を見せていた。
しかし。
上座に座るハパロは、兵器のカタログなど一切見ようとはせず、ただじっと、円卓の端で書類に目を通しているディアデマの横顔を睨みつけ続けていた。
ガスト副長、ディアデマ。そして、TALOSやパンドラといった武器メーカー。
彼らの間で、一体どんな黒い糸が絡み合っているのか。
◆◆◆
王都ブルジュラがハッキングテロの狂騒に包まれ、その地下深くでヒバリが激闘を繰り広げていた、まさにその同時刻。
極東の重層都市バビロン。
多忙なスケジュールの合間を縫って、バルカン社社長のミレポラは、本社ビルから少し離れた、今は使われていない古い廃ビルの一室に身を潜めていた。
電源の落ちた薄暗い部屋の片隅には、完璧な美少年の姿をした秘書・オリンディアスが彫像のようにじっと佇んでいる。
そして、ミレポラが腰掛ける埃を被ったパイプ椅子の対面には、一人の男が静かに座っていた。
「それで、わざわざ直接会って話さないといけないことってなにかしら? グラウクス」
ミレポラが、煙管型の電子ハーブを咥えながら妖艶に微笑む。
男――グラウクスは、ミレポラの挑発的な視線を受けても、ひどく冷静に、だが荘厳な面持ちで口を開いた。
「最近のダイダロスの活動は、目に余るものがある」
グラウクスの声は、永久凍土の底から響くように冷たく、重かった。
無駄な肉が一切ない彫刻のような体躯。一糸乱れぬプラチナブロンドのオールバックと、白蝋のように血の気のない肌。瞳は凍てつくように冷たいアイスブルーで、一切の感情を排している。
薄暗い廃ビルには全く似つかわしくない、一滴の汚れも許さない純白のロングコートを纏う彼は、静かな怒りを滲ませていた。
「我々の大義は、絶対的秩序の統制だ。だが、最近のお前たちの活動はやけに表ざたになりすぎている。ファウンテンでの暗殺事件、そして昨夜のオーラムでの大規模火災……この二つは、やりすぎだ」
「あら、厳しいのね。でも、あれはコヌスやカルキアたちの現場の判断よ。私だってあんな目立つ真似はしたくなかったわ」
「『ノヴァ』の監視も、これ以上どこまで欺けるか分からないぞ」
グラウクスの鋭い指摘に、ミレポラは肩をすくめた。
「貴方を雇っているのは、その為なのだけど?」
グラウクスは、かつてゼニス直轄の治安部隊『ノヴァ』の隊長を務め、ソラリス最強とまで恐れられていた男だ。彼はその強固なコネクションと内部情報への精通を利用し、これまでダイダロスの悪事を巧みに隠蔽し、ノヴァの捜査の目を逸らし続けてきたのだ。
「私とて万能ではない。ノヴァの捜査能力を侮るな」
グラウクスが釘を刺すと、ミレポラは煙管から紫色の煙を細く吐き出した。
「分かっているわ。それに、今回はあそこまで派手に動かなければならない『訳』がちゃんとあったのよ」
「訳だと?」
「ええ。探し求めていた、【ジェネシス・コード】の在処が判明したの」
その言葉に、グラウクスのアイスブルーの瞳がわずかに細められた。
「どこだ?」
「推測通りよ。あの忌々しい暗号化データは……ヒバリの『頭の中』に、直接刻み込まれている」
「……ということは、やはり彼はすでに成しているのだな?」
「ええ」
ミレポラは、どこか哀しい顔を見せた。
完璧な美貌がほんのわずかに歪み、彼女の脳裏に、一瞬だけ『あどけない幼い子供の笑顔』がフラッシュバックする。
だが、その感傷は瞬きする間に氷のような冷徹さによって完全に掻き消された。
「ならば、一連の騒動も彼絡みか」
「そうよ」
「で、お前が放った刺客たちは失敗を重ねていると」
「……彼は、想像以上の力を有していた」
ミレポラの苦々しい声に、グラウクスが怪訝そうに眉をひそめる。
ヒバリという男の身体能力が、一般人以下であることはダイダロス内でも共有されている事実だった。
「というと?」
「強化外骨格機能を備えたパワードスーツか、或いは変身魔法の一種かは定かではないけれど。彼は、その類いの『何か』を独力で完成させている」
「パワードスーツだと? お前達バルカン社やTALOSが今、巨額の予算を投じて開発を進めている奴と同等か?」
「或いは、それ以上ね」
ミレポラの断言に、グラウクスは絶句した。
「……巨大な軍需企業が総力を挙げても未だ実用化に至っていない兵器を、たった一人の男が、すべてを越えて完成させているというのか?」
「貴方は、彼の頭脳を分かっていないのよ」
ミレポラは苛立たしげに煙管を置き、部屋の片隅に佇む秘書へと視線を向けた。
「オリンディアス。彼の詳細な戦闘データを、この無知な男に教えてあげて」
だが。
オリンディアスは、沈黙を貫いていた。
「……オリンディアス?」
ミレポラが首をかしげる。いつもならコンマ一秒で最適解を導き出し、流れるように回答する完璧な男が、ピクリとも動かず、黙ったままだ。
異変を察知し、ミレポラは血相を変えて彼のもとに駆け寄った。
「オリンディアス! どうしたの!」
ミレポラが肩を掴んで覗き込むと、オリンディアスの無機質な瞳の奥で、数多の緑色のソースコードが、まるで暴走した激流のように脈々と高速で流れ続けていた。
それは、彼が自らの処理能力の限界に近い『莫大な並列演算』を強いられている証拠だった。
「オリンディアス!!」
ミレポラが声を荒げると、オリンディアスはビクッと肩を震わせ、瞳のコードの色を緑から『赤』へと変えた。
「――申し訳ございません、ミレポラ様」
「一体どうしたの?」
オリンディアスの赤い瞳が、ゆっくりとミレポラへ向けられた。
「……只今、王都のネットワーク上にて、『Mr.シンギュラリティ』と戦闘中です。同時に、TALOSの地下要塞にて、対象と交戦中……」
「なに!?」
ミレポラが眉間に深い皺を寄せる。
ヒバリが、王都のTALOSに直接戦闘を仕掛けているというのか?
オリンディアスは、瞬きもせずに淡々と現状を説明し始めた。王都のインフラがハッキングによって麻痺していること。地下でヒバリが単独で自律メック部隊を蹂躙していること。そして、敵のハッカーによる捨て身のオーバードライブが、自分の演算に致命的な遅延を生じさせていること――。
その報告の最中。
突如として、オリンディアスがハッと我に返ったかのように、小さく体がのけ反った。
瞳の赤いコードが一瞬だけ激しくノイズを起こし、プツン、と完全に消灯する。
数秒の不気味な沈黙の後。
オリンディアスは、ゆっくりとミレポラに向けて軽く頭を下げた。
「……どうやら、物理的に回線を切断されたようです」
「……それで?」
ミレポラの声が、震えていた。
オリンディアスは、一切の感情を交えずに、ただ事実だけを告げた。
「対象は、やはり『パラディウム』を完成させています。当機が操作していた防衛部隊は、彼の一撃によって、物理メインサーバーごと完全に消滅させられました」
「…………」
ミレポラは、ゆっくりとグラウクスの方を見た。
グラウクスもまた、オリンディアスの報告を聞き、かつてないほどの深刻な表情を浮かべていた。
「……パラディウムとは、なんだ?」
グラウクスの問いに、ミレポラは乾いた唇を舐め、ひどく熱を帯びた声で答えた。
「『ナノ・ルーン』で即時装着可能な、対ハンター用の強化外骨格スーツよ」
「……」
「着用者の身体能力や魔力量に一切依存せず、独立した超高密度のエネルギー源で稼働する。どんな服の上からでも、どんな場所でも、瞬時に着こなせる『完璧な魔法の鎧』」
それを聞いたグラウクスのアイスブルーの瞳が、驚愕に大きく開かれた。
才能や魔力、天賦の才。そういった「不平等な生まれ」に一切左右されず、誰もが、その鎧を着るだけで最強のハンターと互角に渡り合える力。
それは。
「……つまり、それは」
グラウクスが息を呑んで呟く。
ミレポラは、狂気的なまでの渇望をその美しい顔に張り付け、断言した。
「ええ。我々ダイダロスの理想とする社会の実現に、絶対に必要な『力』の一つよ」




