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用済みだと追放された天才を怒らせてはいけない。彼は世界を壊す『技術』を持っているのだから/復讐のアーキテクト  作者: 赤腹井守
第二章 ハッカーズ・デッドヒート

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019 Mr.シンギュラリティ

 ヒバリはため息をつきながら位置情報を送り、地下拠点から一階の廃ネットカフェのフロアへと上がった。

 固く閉ざされたシャッターの裏口の鍵を開けると、強烈な日差しと共に、小柄な人影が滑り込んできた。


「遅い!」


 開口一番に文句を言い放ったその人物を前に、ヒバリは目を丸くした。

 年齢は二十歳。ツインテールに結ばれた髪には、発光するネオンピンクのメッシュが毒々しく編み込まれている。黒を基調としたフリルだらけのゴシック調のドレスには、無数のケーブルや小型の魔導基板チップがアクセサリーのように縫い付けられていた。

 極めつけは、彼女の背丈の半分ほどもある、不格好で巨大な黒いアタッシュケースを背負っていることだ。


 過去に一度、裏社会の仕事で直接会ったことがあるとはいえ、その『サイバーパンク・ゴスロリ』とでも呼ぶべき奇抜なガジェットまみれのファッションは、王都の裏路地でもひどく浮いていた。


「……相変わらず、目立つ格好をしてるね。ミサゴちゃん。王都の監視網の中で、よくそれで捕まらなかったな」


「大きなお世話。これでも王都中の監視カメラの映像をリアルタイムでハッキングして、私の姿を『そこら辺のくたびれたサラリーマン』に完璧に書き換えながら歩いてきたのよ。ほら、さっさとブツを渡しなさいな」


 ミサゴはレースの手袋をした小さな手を突き出し、指をワキワキと動かした。

 ヒバリは彼女の常軌を逸した電子偽装技術に苦笑しながら、ポケットから厳重にシールドされた小さなデータチップを取り出し、彼女の手のひらに落とした。

 それが、ヒバリが独自に組み上げた『コンピュータの処理速度を爆上げする最新のナノ・アーキテクチャのアルゴリズム』だ。


「……っ!!」


 ミサゴは受け取ったチップを、自身のドレスの装飾に見せかけた小型のポータブルスキャナーに滑り込ませた。

 直後、彼女の左目を覆うモノクル型のスマートディスプレイにアルゴリズムの断片が滝のように流れ、ミサゴの顔がみるみるうちに高揚感で紅潮していく。


「あはっ……! な、何これ、えっぐ……! 並列処理の最適化ルートが、既存の魔法陣理論を完全に無視してるじゃない! あーもう、最高! これがあれば、ゼニスのメインサーバーだって三日で丸裸にできるわ!」


「悪用はしないでくれよ。……それじゃあ、約束の物は渡したから。気を付けて帰ってね」


 恍惚とした表情でチップを撫で回すミサゴに背を向け、ヒバリが再び地下へと続く非常階段を下りようとした、その時だ。


「ちょっと待ちさいよ」


 ミサゴが素早い動きでヒバリの腕を掴み、引き留めた。


「で、次はどう動くのさ?」


「……え?」


「トボけないで。カジノの地下であのロボットアーム男を炭の塊にして、データを抜いたんでしょ。そのデータを解析して、次はこの王都で何かデカいことをやるつもりでしょ?」


 首を突っ込んでくるミサゴの瞳には、天才ハッカー特有の底知れぬ好奇心と野心がギラギラと燃え盛っていた。

 ヒバリは掴まれた腕をそっと振り払い、もう一度、彼女の目を真っ直ぐに見据えて忠告した。


「ミサゴちゃん。何度も言うけど、本当に関わらないほうがいい」


「なんでよ」


「僕の相手は、一般人もハンターも躊躇いなく殺して、尚且つゼニスも治安部隊ノヴァも本気で捜査に取り掛からないような連中だ。闇が深すぎる。君の命は保証できない」


「はっ」


 ヒバリの真剣な言葉を、ミサゴは鼻で笑い飛ばした。


「あのね、ヒバリ。アンタの味方をするか、アンタの敵の味方をするかだったら、迷いなくアンタの味方をした方が得だって話。これ、感情論とかじゃなく、損得勘定の話ね」


「損得勘定?」

「そう。アンタのそのイカれた頭脳アーキテクチャが生み出す技術は、世界中のどんな財宝よりも価値がある。それに――あのカジノのセキュリティをたった十秒で無力化した、アンタのそのハッキング能力……同業者として、ここで恩を売っておかないと後々怖いのよ」


 ミサゴは不敵に笑い、背負っていた巨大なアタッシュケースをドンッと床に下ろした。

 中には、何重にも折り畳まれた多重展開式のホログラムコンソール――彼女専用の極悪な『魔導キーボード』が収められている。


「アンタ、私を舐めすぎよ。で、次の作戦は? どこを焼くの?」


 あっけらかんとして引き下がらないミサゴの態度に、ヒバリは深い、深いため息をついた。


 これ以上何を言っても無駄だと悟った彼は、ついに重い口を開いた。


「……アウラ・コピアの人たちを襲ったシガヌスのサイボーグパーツが、TALOS製だった。オーラムで抜いたデータからも、TALOSが何らかの組織の非合法な実験に深く絡んでいるのは間違いない」


 ヒバリは、王都の摩天楼がそびえる方角――TALOS本社が存在する区画へと視線を向けた。


「だが、表立ってそんなことはしていないはずだ。だから、TALOS社の極秘ネットワークに潜り込み、シガヌスの情報や、背後の組織に繋がるデータを見つけ出したい」


「へぇ。TALOSの極秘サーバーね」


 それを聞いたミサゴは、呆れたように肩をすくめた。


「あのねぇ。TALOSを含めた大手魔導武器メーカーたちのセキュリティは、オーラムの田舎カジノとはワケが違うの。物理的な防爆扉の奥に、独立した魔力防壁が何十層も張られてるのよ。外部からのアクセスなんて、文字通り一〇〇%不可能。……多分、アンタの実力じゃ無理ね」


 ミサゴはわざとらしく大げさな身振りを交えて絶望的な状況を語った後。

 ニヤリと、獲物を見つけた肉食獣のような、不敵で獰猛な笑みを浮かべて宣言した。


「まあ、私ならどうにかなるけど」

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