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用済みだと追放された天才を怒らせてはいけない。彼は世界を壊す『技術』を持っているのだから/復讐のアーキテクト  作者: 赤腹井守
第二章 ハッカーズ・デッドヒート

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018 セーフハウス

「……やっぱり、ここは空気が悪いな」


 砂漠の中心にありながら、天を突くような鏡面の超高層ビル群が林立し、強烈な午前中の日差しをギラギラと乱反射させている街。


 王都ブルジュラ。

 世界最大のハンターギルド『ソラリス』や、魔導武器メーカーの大手である『TALOS』の極秘施設がひしめく、富と権力と陰謀の中枢。


 つい先日、不要な裏方として理不尽にこの街を追放された青年――ヒバリは、冷たい瞳で摩天楼を見上げながら、皮肉げに息を吐き出した。

 時刻は午前十時。白日の下であっても、街は巨大なホログラム広告や魔導車の行き交う人工的な喧騒に塗り潰されている。

 目立つサイボーグ飛竜であるトドロキは、王都のレーダー網に引っかからないよう近郊の岩場に潜伏させている。ヒバリは単身、路地裏の濃い影に紛れながら、繁華街から少し外れた古びた雑居ビルへと向かった。


 一階にある店舗のシャッターは固く閉ざされ、『営業停止中』という色褪せた札が風に揺れている。かつてはそれなりに客の入っていたネットカフェだ。

 ヒバリは周囲に人目がないことを確認すると、裏口の薄暗い非常階段を降り、地下へと向かった。

 階段の突き当たりには、ホコリを被った鉄扉がある。だが、ただの扉ではない。

 ヒバリが左手首のインプラントを扉のセンサーに近づけると、ジィィン、という微かな駆動音と共に、隠されていた網膜スキャナーが展開された。

 緑色のレーザーがヒバリの瞳を読み取り、数重もの生体認証と魔力波長パターンの照合がコンマ数秒で行われる。


『――認証完了。ウェルカムバック、マスター』


 無機質な電子音と共に、分厚いチタン合金の防爆扉が音もなくスライドした。


「ただいま」


 誰もいない暗闇に向かって短く呟き、ヒバリは足を踏み入れる。

 センサーがヒバリの体温を感知し、無機質な白色LEDの照明が次々と点灯していく。

 そこは、営業停止中のネットカフェの地下に厳重に秘匿された、ヒバリの『臨時拠点セーフハウス』だった。


 ソラリスの専属技術顧問として法外な報酬を得ていた彼は、王都の利権争いや上層部の干渉から逃れるための「自分だけの秘密の隠れ家」を、いくつもダミー会社を経由して買い取っていたのだ。


 部屋の中央には、巨大なホログラムプロジェクターと直結した、スーパーコンピュータ並みのメインコンソールが鎮座している。

 ヒバリは迷うことなくコンソールへと向かった。インプラントからケーブルを伸ばし、端末に直接接続する。


「さて、と……」


 ヒバリの瞳に、網膜スクリーンの光が反射する。

 黄金都市オーラムの地下カジノで、ヴァリエタスのメインサーバーから無理やり抜き取ってきたシガヌスの暗号化データ。それを、この拠点の完全に独立したコンピュータへとインポートする。

 ヒバリの指先が、何もない空中に展開されたホログラムキーボードを凄まじい速度で叩き始めた。

 抽出された膨大なデータの海から、『ダイダロス』という文字列を検索ソートにかける。


 しかし、プログレスバーが百%に達しても、返ってきた結果は『NOT FOUND』だった。


「……当然か。表のネットワークや、下っ端の端末に痕跡を残すようなマヌケな連中じゃない」


 ヒバリは大きく背伸びをして、凝り固まった肩を鳴らした。

 ダイダロス。その巨大な闇の輪郭を掴むためには、やはりTALOS社が王都の地下に隠し持つという『非合法な施設』のメインフレームに物理接続し、強引に裏口バックドアをこじ開けるしかない。

 少し頭を冷やそうと、ヒバリは息抜きがてら部屋の隅にあるコーヒーメーカーへと向かった。

 豆を挽く鈍い音を聞きながら、ふと、壁に掛けられた姿見の鏡に映った自分の姿に目が留まる。


「ひどい有様だな……」


 オーラムでヴェスパに支給された、仕立ての良いダークスーツ。それはコヌスとの死闘で泥と血にまみれ、何よりパラディウムを展開した際の凄まじい『排熱』によって、あちこちがボロボロに焼け焦げていた。

 布地の下から白い素肌が覗き、ほとんどルンペンと変わらない格好だ。


「これじゃあ、TALOSへの潜入どころか、王都の治安部隊に職務質問されて終わりだ。……それに、ナノ・ルーンを展開するたびに服が燃え尽きるんじゃ、コスパが悪すぎる」


 パラディウムの防御力と火力は絶大だが、その代償として発生する熱量は、一般の衣服では到底耐えきれない。

 ヒバリはコーヒーを淹れるのを後回しにし、拠点内にある「もう一つの扉」の前へと立った。

 再び生体認証で分厚いロックを解除すると、そこには、ガラクタ市のように無造作に積まれた『お宝の山』が広がっていた。

 ソラリス時代に研究用として買い集めたり、横流し品を密かに確保したりしていた、多種多様な高ランクモンスターの素材や、特殊な魔導チップの数々だ。


「ええと……たしかこの辺りに……あった」


 ヒバリはガラクタの山を掻き分け、くすんだ赤色の繊維の束と、氷のように冷たく青白い絹糸を見つけ出した。

「Aランク『火炎蜘蛛フレイム・スパイダー』の耐熱糸。それに、Bランク『氷雪蛾ブリザード・モス』の冷却繊維。この二つを編み込んで、間に断熱用のナノ・ルーンを挟めば、パラディウムの排熱にも耐えられる専用のアンダースーツができるはずだ」


 素材を抱え、ヒバリは倉庫部屋の中央に鎮座する巨大な機械――天井から蜘蛛の足のように何十本もの多関節アームがぶら下がっている、『多腕型の(ナノ・)微細加工アーム(ファブリケーター)』の電源を入れた。


 一般的なギルドの職人が手回しのミシンと魔法のルーターで一ヶ月かけて作るような防具を、数時間で、しかも分子レベルの精度で組み上げるための超ハイテク製造ツールだ。


「起動。モード、テーラーメイド」

 ヒバリがインプラントを通じて自身の脳内にある『耐熱アンダースーツの設計図(アーキテクチャ)』を直接ファブリケーターへと送信する。


 直後、天井から吊るされた無数のアームが、まるで意思を持った生き物のように蠢き始めた。


 キュイィィィンッ! という高周波の駆動音が鳴り響き、アームの先端に取り付けられた極小のレーザーメスとナノレベルの縫い針が、目にも止まらぬ速度で赤い耐熱糸と青い冷却繊維を裁断し、編み込んでいく。


「……うん、いい動きだ」


 火花を散らしながら布地に直接『防護ルーン』を焼き付けていくファブリケーターの完璧な挙動を眺めながら、ヒバリはようやくコーヒーメーカーのスイッチを押し直した。


 これからTALOSの地下要塞に潜り込むための、準備の時間。

 だが、その静寂は、ヒバリのポケットの中で唐突に震えた『旧式のアナログ端末』によって無残に破られることになる。


 ブゥゥゥン、ブゥゥゥン。

 コーヒーの香りが漂い始めた地下拠点に、野暮ったいバイブレーションの音が響く。


 ヒバリはため息をつき、マグカップを片手に持ったままポケットから旧式の折り畳み端末を取り出した。画面には発信者不明の表示。特定のアナログ回線を通じた、ただ一人からの着信だ。


「……はい」


『ちょっと、出るの遅くない?』


 電話越しに響いたのは、相変わらず不機嫌そうに尖った若い女の声だった。裏社会の伝説的ハッカーであり、自称ピチピチの乙女、ミサゴである。


『「コンピュータの処理速度を爆上げする最新のナノ・アーキテクチャのアルゴリズム」をくれるって話、忘れてないからね』


「挨拶もそこそこに催促か」


 ヒバリが苦笑交じりに答えると、ミサゴはフンと鼻を鳴らした。


『オーラムのゴールデン・カジノの監視映像、いくつか消し忘れがあったの、誰が後処理してあげたと思ってんの?』


「……え?」


『アンタが金庫室から出ていく時の映像が、予備のバックアップサーバーに断片的に残ってたのよ。まあ、私が全部綺麗さっぱり上書きして、ついでに警察シェリフのシステムにダミーの痕跡をばら撒いておいたけどね。感謝しなさい』


「それは……ありがとう。でも、ミサゴちゃん」


 ヒバリの声音が、ふと真剣なものに変わった。


「何度も言うけど、この件にはもう関わらないほうがいいよ。君が有能なのは知っているけど、相手は巨大すぎる。足がつけば――」


『そんな説教はどうでもいいの』


 ミサゴはヒバリの忠告をあっさりと切り捨て、探るような、ねっとりとした声色で本題を切り出してきた。


『それより。……あの()()()、なに?』


 ヒバリはマグカップを口に運ぶ手をピタリと止めた。


「あのスーツは……ヴェスパさんという知り合いから頂いたものだよ。焼け焦げちゃって、申し訳ないことをしたけど……」


『そうじゃなくて』


 ヒバリがボロボロになったダークスーツのことを思い浮かべるフリをしてはぐらかそうとしたが、ミサゴには全く通じなかった。


『あの、()()()()()のことだよ』


「…………」


『監視映像の残骸から復元したの。白を基調にして、赤いエネルギーラインが走ってる全身装甲。アンタがカジノの地下から出てくる時、一瞬だけ映ってたわ』


 沈黙するヒバリに、ミサゴの声が興奮で上ずっていく。


『ねえ、アンタ、いつの間にそのやせ細った体に物騒な兵器仕込んでたのさ?』


「……知らぬが仏だよ、ミサゴちゃん」


『えー、ケチ! 少しぐらいデータ見せてくれたって減るもんじゃないでしょ!』


 興味津々で食い下がってくるミサゴを適当にあしらいながら、ヒバリはファブリケーターの進捗状況を確認する。そろそろ耐熱生地のベースが縫い上がりそうだ。


「データは渡せないよ。それに、今は少し忙しいんだ。悪いけど」


『まあいいや』


 ヒバリが通話を切ろうとした矢先。ミサゴが、とんでもない爆弾発言を投下した。


『その辺は、直接会って詳しく聞くことにするから。今王都にいるんでしょ? どこか人目につかないところで落ち合おう。私もう、来てるから』


 ガチャン、と。

 ヒバリの手から滑り落ちたマグカップが床に激突し、淹れたてのコーヒーが飛び散った。


「はあ!?」


 ヒバリは思わずファブリケーターの操作盤から手を離し、大声で驚愕した。


「な、なんで僕が王都にいるってわかるのさ!?」


『私にかかれば、誰がどこにいるかなんて朝飯前の前だから』


「プライバシーもクソもないんだね……」


 頭痛を堪えるようにこめかみを押さえながら、ヒバリはさらに致命的な事実を反芻する。


「というか……あの引きこもりのMr.シンギュラリティが外出してるの!?」


『失礼ね! たまには太陽の光だって浴びるわよ!』


「それで、なんでわざわざ危険な王都にまで直接会いに来たんだい?」


 ヒバリが呆れ果てて尋ねると、電話の向こうでミサゴは、怒気とハッカーとしての歓喜が入り混じったような、酷く生々しい声を放った。


『アンタのスーパーマシンを、直接もらうためにね!』

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