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用済みだと追放された天才を怒らせてはいけない。彼は世界を壊す『技術』を持っているのだから/復讐のアーキテクト  作者: 赤腹井守
第一章 ゴールデン・タイム

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016 掃除屋・後編

「……なるほどね」


 コヌスは瓦礫の中からゆっくりと立ち上がり、ボキボキと首の骨を鳴らした。

 彼の気怠げだった瞳から、光が消えた。代わりに、狂暴な獣のような三白眼がひん剥かれ、逆立った髪の毛の先からチリチリと静電気が青白く火花を散らす。

 戦闘時にのみ見せる、掃除人としての本性だ。


「出力と装甲の強度は規格外か。……だが、中身は随分と無口で不愛想らしい。ちょっと俺が、強めにノックしてやるよ!」


 コヌスが吠え、右腕の巨大な『雷鳴杭打機パイルバンカー・トール』を構えて地を蹴った。

 先ほどまでの鈍重な動きが嘘のような、爆発的な踏み込み。コヌスの得意とする雷魔法が機械腕の極太のケーブルを通って凄まじい電圧へと変換され、分厚い鉄杭の先端に青白い雷光を纏わせる。


「死ねェッ!!」


 鼓膜を破るほどの爆音と共に、壁をえぐり取るような巨大な鉄杭の刺突がパラディウムへと放たれた。

 当たればAランクモンスターの甲殻すら粉砕し、内部から雷撃で焼き尽くす必殺の一撃。

 しかし。

 パラディウムは、無言のままスッと半歩だけ軸足をずらした。

 巨大な鉄杭が、装甲の表面をわずか数ミリの差で掠め、火花を散らしながら背後の空間を虚しく貫く。


「なっ……!?」


 驚愕に目を見開くコヌスの隙を突き、パラディウムの両手の甲からジュワッと空気を焼く音と共に赤く輝くエネルギーダガーが形成された。流れるような連撃がコヌスの懐を抉り、トレンチコートを切り裂き、生身の皮膚に浅くない火傷を刻む。


「チィィィッ!!」


 コヌスは肉を焼かれる痛みを自身の雷魔力で強制的に麻痺させ、狂ったようにパイルバンカーを振り回した。

 巨大な鉄杭が壁を崩し、床を爆ぜさせ、飛び散る雷光が地下通路を黒く焦がしていく。

 だが、コヌスの心は、戦えば戦うほどに暗く底知れない泥沼へと沈んでいくようだった。

 当たらない。どれほど魔力出力を上げ、長年の経験から死角を突いて杭を打ち込んでも、白き装甲は脚部スラスターの細かな噴射による神速の機動で紙一重で躱し、正確無比なカウンターを刻んでくる。


 そして何より恐ろしいのは、その『完全なる沈黙』だった。

 人間と戦っていれば、必ず感情の揺らぎがある。死の恐怖による息遣いの乱れ、焦りの呻き、あるいは怒号。そういった微細な情報から、コヌスは相手の精神状態を推し量り、次の動きを読み取ってきた。

 しかし、目の前の装甲からは、ただスラスターの規則的な駆動音と、熱刃が空気を焼く音しか聞こえない。感情が一切読み取れない。

 果たして中には、本当に人間が入っているのか? 実は無人の遠隔兵器なのではないか?


「ハァッ……ハァッ……!」


 コヌスの焦燥がピークに達し、パイルバンカーの出力リミッターを限界まで解除した。

 右腕全体が危険な熱を帯びて赤熱し、雷の魔力が暴走寸前の紫色の光となって弾ける。


「これで、終わりだァァァァッ!!」


 コヌスが渾身の力で床を蹴り、すべてを賭けた必殺の超高圧刺突を放とうとした、その瞬間だった。


 ――ピィン。

 パラディウムの内部、ヒバリの網膜に展開された仮想スクリーンに、『データ抽出完了』の文字列が緑色で表示された。


 目的は、達した。


 突進してくるコヌスの必殺の一撃に対し、パラディウムは初めて大きく動いた。

 迎撃するのではなく、スラスターを最大出力で逆噴射させ、無言のまま後方へ数十メートルもバックステップして距離を取ったのだ。パイルバンカーの衝撃波が空を切り、床を深く抉る。


「逃がすかよォォォッ!!」


 体勢を崩しかけたものの、コヌスは勝利を確信し、追撃のためにさらに深く踏み込もうとした。


 その瞬間。

 パラディウムの右手がスッと上がり、無言のまま、指を鳴らす動作スナップをした。

 コヌスの頭上。

 二人が戦っていた通路の真上にある天井――ヒバリがハッキングによって電子ロックを解除し、過負荷による爆破トラップを仕掛けていた「カジノの大金庫」の分厚い底面が、けたたましい轟音と共に完全に崩落した。


「……あ?」


 コヌスが間抜けな声を上げて見上げた先から、土砂崩れのように『それ』が降ってきた。

 黄金都市の富の象徴。数トンにも及ぶ、莫大な量の「黄金のコイン」の雨だった。


「がはぁぁぁっ!?」


 黄金の豪雨が、圧倒的な質量暴力となってコヌスを容赦なく押し潰した。

 強靭な肉体も、パイルバンカーの破壊力も、空から際限なく降ってくる数トンの金属の波の前には無力だった。ジャラジャラと無機質な音を立てる富の濁流に飲み込まれ、コヌスはあっという間に金貨の山の下敷きになり、完全に身動きを封じられる。


「ク、クソッ……なんだこれっ!?」


 金貨の海の中でもがき苦しみ、パイルバンカーを駆動させようとするコヌス。

 その這いつくばる彼を見下ろしながら、パラディウムの真紅のバイザーが冷酷に瞬いた。

 金は、電気を通す極めて優秀な()()だ。

 パラディウムの白亜の装甲から、バチバチと青白い放電が走り始める。

 それは、ヒバリ個人の魔力だけではない。カジノ全体の電力システムから強制的に吸い上げ、パラディウムの魔力縮退炉を介して増幅された、都市の区画一つを完全に停電させるほどの膨大なエネルギーの束だった。


 ヒバリは、無言のまま。

 その規格外の電力を圧縮した装甲の右手を、金貨の山へと突き入れた。

 狭い地下通路の空気を完全に焼き尽くし、大気を引き裂くような落雷の轟音が響く。

 数トンの金貨という巨大な導体を通じて、逃げ場のない超高圧電流が一気にコヌスの全身へと叩き込まれた。


「――――ッッ!?」


 数万ボルトの雷撃が彼の細胞を瞬時に焼き切り、巨大な機械腕の内部回路はスパークを散らして一瞬でショートする。降り注いだ金貨同士が超高温の雷撃によって溶接されたようにドロドロに溶け合い、コヌスを閉じ込める黄金の牢獄と化していく。

 やがて、電流の青白い発光が止み、溶け合った金貨の山が赤熱したまま固まった後。

 莫大な富で形作られた黄金の墓標の下で、掃除人は、完全に黒焦げの炭と化して二度と動くことはなかった。


 ◆◆◆


 戦闘の終結と時を同じくして。

 全電力を超高圧電流として使い果たした巨大カジノ『ゴールデン・ダイス』は、完全なブラックアウトに陥っていた。

 きらびやかなネオンも、スロットマシンの騒音も消え失せ、上層階からはパニックに陥った客たちの悲鳴と怒号が聞こえてくる。

 暗闇に包まれた地下サーバー室の前。

 ヒバリは「解除」と短く呟いた。

 全身を覆っていた白と赤の装甲がシュルシュルと音を立てて液状化し、再び左手首のインプラントへと収納されていく。

 残されたのは、血と油と泥に塗れ、立っているのもやっとというほどに疲労困憊したダークスーツ姿の青年だった。


「……ひ、ひぃぃ……っ」


 部屋の隅では、一部始終を見ていたボンブスが、泡を吹いて気絶寸前になっていた。


「行け」


 ヒバリが冷たく言い放つと、ボンブスは這いつくばるようにして地下通路を駆け出し、パニックになっているカジノの客たちに紛れて、逃げるように去っていった。

 もはや、あんな小悪党にかまう時間はない。

 ヒバリは壁にもたれかかりながら、地下搬入口のロックを解除し、外の風を顔に受けた。


 夜のオーラム。

 冷たい風が、火照った身体を冷やしてくれる。空には、ファウンテンで見たのと同じ、丸く白い月が輝いていた。


「……トドロキ」


 ヒバリがインプラントを通じて微かな生体サインを送ると、近くの岩山で待機していた飛竜トドロキが、音もなく空から舞い降りてきた。

 巨体を伏せ、ヒバリを乗せるために鞍を差し出す。


「よく待っていてくれたね」


 ヒバリはトドロキの背に跨り、血と泥に汚れたダークスーツを夜風になびかせた。

 激痛と疲労で意識が飛びそうになるのを、精神力だけで繋ぎ止める。

 ヒバリは目を閉じ、サーバー室で完全に吸い出した暗号化データを、網膜の仮想スクリーンで展開・解析する。

 シガヌスが残した通信ログ、TALOSの部品調達ルート、そして『ダイダロス』というワード。


「……次は、TALOSを当たってみるとしよう。やっぱり……行かなくちゃいけないみたいだね。トドロキ、次の目的地は王都だ」


『ブルジュラですね?』


「うん」


 ヒバリの薄暗い瞳に、今までで最も冷たく、そして激しい復讐の炎が燃え上がった。


「トドロキ。発進だ」


『承知いたしました、マスター。目的地を更新。王都ブルジュラへ向かいます』


 トドロキの巨大なスラスターが、夜の砂漠を照らす青白いプラズマの炎を噴き上げた。

 轟音と共に、半機械のドラゴンと復讐のアーキテクトは、月の浮かぶ夜空へと一直線に飛び立つ。

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