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用済みだと追放された天才を怒らせてはいけない。彼は世界を壊す『技術』を持っているのだから/復讐のアーキテクト  作者: 赤腹井守
第一章 ゴールデン・タイム

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015 掃除屋・前編

 巨大カジノ『ゴールデン・ダイス』の煌びやかな喧騒から完全に隔離された、冷たく無機質な空間。そこが、地方ギルド『ヴァリエタス』が極秘に管理するメインサーバー室だった。

 分厚いチタン合金の防爆扉と、何重にも張り巡らされた独立型の魔力防壁。常人のハッカーならば指一本触れることすら叶わないその堅牢な要塞は、しかし、世界最高のアーキテクトの前ではただの薄紙に等しかった。


 ヒバリは左手首のインプラントから物理ケーブルを伸ばし、分厚い扉の電子基板に直接突き刺していた。パスワードの入力すら不要。強制的な魔力過負荷、《オーバーライド》によって防壁システムを内側から焼き切りつつ、監視カメラには「異常なし」のループ映像を流し続ける。


 カチン、と微かな機械音を立てて、分厚い防爆扉が音もなく滑るように開いた。

 冷房の効いた薄暗いサーバー室の中央には、巨大なモノリスのようなメインフレームが鎮座し、無数の緑色のランプを明滅させている。

 ヒバリは即座にメインフレームのコンソールにケーブルを繋ぎ、仮想スクリーンを網膜に展開した。


 彼の脳内で恐るべき速度の演算が開始され、カジノの全セキュリティ、環境制御、電力システムが、文字通り秒単位でヒバリの支配下に落ちていく。防犯カメラの制御権、空調の温度調整、そしてこのサーバー室の真上にある『カジノの大金庫』の電子ロックに至るまで。今やこの巨大な地下空間のすべてが、ヒバリの意のままに操れる「殺戮の箱庭」と化していた。


「さて……次は、君の番だ」


 ヒバリはケーブルを繋いだまま振り返り、冷たい床に転がしている『荷物』を見下ろした。

 廃倉庫から引きずってきた新米ハンター、ボンブスだ。

 ヒバリは容赦なく気絶しているボンブスの顔面に平手打ちをした。


「ぶはっ!? ひ、ひぃぃっ!?」


 目を覚ましたボンブスは、暗闇の中で自分を見下ろすヒバリの姿を認めるなりガタガタと震え上がり、無様に後ずさろうとした。


「あ、アンタ……ここは……」


 ヒバリは無言のまま、血と油に汚れたダークスーツの懐から、ボンブス自身の通信端末を取り出して彼の顔の前に突きつけた。そして、もう片方の手には、赤く熱を帯びたエネルギーダガーを握り、その切先をボンブスの右目にピタリと合わせる。

 ジリジリと肌が焼ける熱気に、ボンブスは悲鳴を飲み込んだ。


「今から、君の上司に通信を入れる。言われた通り、この地下金庫室前で待機していると伝えるんだ。一文字でも余計なことを言えば、君の脳髄を焼く。……内容は分かるね?」


「ひっ……わ、わかってる! 言う通りにするから、殺さんといてくれ……っ!」


 ヒバリが通信ボタンを押し、スピーカー通話に切り替える。

 数回の呼び出し音の後、ガチャリと回線が開いた。


『……あー。どうした、ボンブス』


 通信機越しに聞こえてきたのは、煙草の煙と一緒に吐き出されたような、ひどく気怠げな中年男の声だった。

 ボンブスは刃先の恐怖に顔を引きつらせながら、必死に自然な声を絞り出す。


「コヌスさん! 標的は無事に確保しました! 予定通り、ギルドのメインサーバーがある地下カジノの金庫室前で待機しとります!」


『……そうか。手間かけさせやがって。なら、そこで大人しく待ってろ。もう地下搬入口から中に入ったところだからな。すぐ着く』


 ブツッ、と。無愛想に通信が切れた。

 男の言葉から、彼がすでにカジノの裏口から侵入し、このサーバー室に向かう通路を歩いていることが確認できた。

 ヒバリはエネルギーダガーを消し、ボンブスを一瞥した。


「隅で大人しくしてて」


「は、はいぃ……っ」


 ボンブスは部屋の隅で膝を抱え、ガタガタと震え続けた。

 欺瞞の通信は完了した。

 ヒバリは再びコンソールに向き直り、メインフレームの隠し階層に保存されていたシガヌスの暗号化データの抽出を開始する。

 プログレスバーがゆっくりと進んでいく。抽出された断片的なデータ群が、ヒバリの網膜スクリーンに滝のように流れていった。


『ジェネシス・コードの回収』『対象ヒバリの確保』


 彼らが自分を恐れ、同時に自分の頭脳を渇望しているという事実。

 そして。


「……『ダイダロス』」


 無機質な文字列の中に浮かび上がった、未知の言葉。

 ボンブスのような末端のチンピラには知らされていなかった、彼らを裏で操る巨大な黒幕の名前だろうか? 或いは何かの作戦名か? いずれにせよソラリスでも聞いたことのない言葉だ。

 ファウンテンを襲った真の理由と、巨大な闇の輪郭が、ヒバリの目にしっかりと焼き付けられていった。

 やがて、抽出が中盤に差し掛かった頃。

 ヒバリが完全に掌握していた、監視カメラの映像の一つにノイズが走った。

 カジノの地下搬入口から、金庫室へと続く薄暗い直線通路。

 そこに、ヨレヨレのトレンチコートを着た極端な猫背の男が姿を現したのだ。

 無精髭が伸び放題の枯れた顔つき。気怠げな半目。そして、千切れた右袖から剥き出しになった、身の丈に合わないほど巨大な『黒い機械腕』。

 掃除人、コヌスが到着した。


 ◆◆◆


 コヌスは、咥えていた安物のタバコから煙を吐き出しながら、コツ、コツと重い足音を響かせて薄暗い地下通路を進んでいた。


(……妙だな)


 幾度となく死線を潜り抜けてきた歴戦の暗殺者としての勘が、コヌスの脳内に微かな警鐘を鳴らしていた。

 深夜とはいえ、ここは世界最大級のカジノの裏側だ。違法な荷物を運ぶ裏社会の人間や、ギルドの夜間警備員、そして何より先着しているはずのボンブスや下っ端ハンターたちなど、何かしらの気配があって然るべき場所だ。

 だが、今のこの地下空間は、まるで分厚い鉛の真空箱にでも閉じ込められたかのように、不気味なほど静まり返っていた。空調の微かな稼働音すら聞こえない。あまりにも人為的で、作為的な静寂だった。


「……チッ。ボンブスのガキ、しくじりやがったか。それとも……」


 コヌスは短く舌打ちし、ペッとタバコを床に吐き捨てて爪先で踏みにじった。

 彼の気怠げな半目が、スッと爬虫類のように細められる。

 同時に、彼の右腕を構成する巨大な『雷鳴杭打機パイルバンカー・トール』の内部機構が、ウィィィン……と低く唸るような駆動音を立て、いつでも雷撃と刺突を放てるよう殺戮の準備を整え始めた。


 コヌスは極限まで緊張感を張り詰め、猫背の巨体をさらに沈み込ませて足音を完全に殺した。そして、待ち合わせ場所であるサーバー室へと続く最後の直線通路へと、油断なく足を踏み入れた。


 ――その、一歩目。

 コヌスのブーツの底が石畳に触れた瞬間。床の目地に沿って、わずかに不自然な紫色の魔力光が走った。


 ただの爆薬ではない。ヒバリがあらかじめ床に散布してネットワークと連動させていた『ナノ・ルーンの地雷型トラップ』だった。


「しまっ――」


 ドゴォォォォォォォォォンッ!!

 凄まじい魔力爆発が、狭い地下通路で下から上へと吹き荒れた。極度に圧縮された指向性の爆風が、逃げ場のない密閉空間で暴れ狂う。


「がはっ……!」


 強靭な肉体を誇るコヌスでさえ、その緻密に計算された異常な火薬量には為す術もなく吹き飛ばされ、通路の天井に激突して床へと転げ落ちた。

 トレンチコートが焦げ、無精髭の口の端からドス黒い血がこぼれ落ちる。


「……このっクソったれ!」


 爆炎と濛々たる煙が立ち込める中、コヌスがパイルバンカーを杖代わりにしてむせ返りながら立ち上がろうとした、その刹那だった。

 濃密な煙の奥で、青白い魔力スラスターの光が、まるで超新星のように爆発的に瞬いた。


「な……!?」


 神速。

 歴戦の暗殺者であるコヌスの動体視力すら完全に置き去りにする、圧倒的な速度。

 分厚い煙の壁をぶち破り、『それ』は飛来した。


 純白を基調とし、禍々しい真紅のエネルギーラインが流線型の全身を這い回る、異形にして白亜のパワードスーツ。

 完全に意表を突かれたコヌスが、咄嗟に右腕のパイルバンカーを盾にしようと持ち上げる暇すら、一瞬たりとも与えられなかった。

 超絶的なスラスターの推力に乗せ、白亜の装甲から放たれた極めて重い一撃パンチが、空気を叩き割る音と共にコヌスの顔面にクリーンヒットした。


「ゴァッ!?」


 首の骨がメキリと軋み、歯が砕け散るほどの凄まじい衝撃。コヌスの巨体は弾丸のように弾き飛ばされ、数十メートル先の通路の壁を粉砕して、瓦礫の中に深くめり込んだ。


「ハァッ……、ハァッ……」


 大量の血を吐きながら、コヌスは瓦礫の中で辛うじて顔を上げた。視界が激しく明滅し、脳がゼリーのように揺れている。全身の骨が軋み、尋常ではないダメージを訴えていた。

 そして、土煙が晴れつつある通路の真ん中に、彼を吹き飛ばした『それ』が、静かに立ち上がった。

 ヒバリが展開した対ハンター用自己防衛アーキテクチャ、『パラディウム』。

 胸部の円形動力コアが、冷酷な機械の心臓のように赤々と明滅している。頭部を覆うヘルメットには、鋭い二本のツノを備えた複眼状のバイザーが、血のような真紅の光を煌々と放っていた。

 瓦礫に沈んだコヌスを無感情に見下ろすその姿は、まるで神話の悪魔か、あるいは感情を持たない冷酷な処刑機械そのものだった。


「……てめぇ、何者だ?」


 コヌスが血と泥にまみれた顔で睨みつけ、かすれた声で問う。

 だが。

 白と赤の装甲は、一切の言葉を発しなかった。

 怒声も、威嚇も、勝利の嘲笑も、自身の痛みに対する息遣いすらもない。

 ただ、真紅のバイザーが、無機質に、底知れない冷徹さで這いつくばるコヌスを睨み下ろしているだけだ。微かなスラスターのアイドリング音だけが、不気味に響いている。


 完全なる沈黙。

 機械仕掛けの人形と対峙しているようなその圧倒的な温度のなさが、歴戦の掃除人であるコヌスの背筋に、得体の知れない気味の悪さと、微かな焦燥の汗を走らせた。

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