013 黄金都市オーラム
王都から遥か南。
荒野の中に突如として現れる、眩いばかりの光の城郭。
豪奢な黄金色の魔導光が夜の砂塵を照らし出し、溢れ返る富と欲望がすべての法に優先する砂漠の歓楽街――黄金都市オーラム。
その郊外にある巨大な防壁のゲート前で、都市の警備業務を請け負っている地元ギルド『ヴァリエタス』のハンターたちが、持ち場でのんびりと欠伸を噛み殺していた。
「あーあ、退屈やなぁ。キシロコパの兄貴ぃ、はよ交代の時間にならんですかね。俺、昨日のカジノでスッた分を取り返さなあかんのですよ」
「アホ。新米のくせにギャンブルなんぞに手ェ出すからや。ボンブス、お前はもうちょい真面目に哨戒任務やらんと、ヴェスパの兄貴にどやされるで」
文句を垂れる二十二歳の新米ハンター・ボンブスは、派手な金髪のメッシュを入れた短髪に、丸いティアドロップ型のゴーグルを額に乗せていた。日焼けした肌にどこか憎めない愛嬌のあるタレ目をしており、オーラムの暑さに合わせたラフな軽装のあちこちに、ギャンブルのツキを呼ぶという安っぽいアクセサリーをジャラジャラとぶら下げている。
一方、彼を呆れたように嗜める二十九歳の教育係キシロコパは、日に焼けた赤銅色の肌に、右頬に大きな十字の傷跡を持つ筋骨隆々な男だ。頭には砂避けの汚れたターバンを巻き、鋭い三白眼を光らせながらも、手にした長槍の刃こぼれを丁寧に拭う生真面目さを持ち合わせている。
彼らの言葉には、この地方特有の『オーラム訛り』――王都の人間からすれば少しガサツに聞こえる独特のイントネーションがあった。
彼らがくだらない軽口を叩き合っていた、その時だ。
ドォォォォォォォンッ!!
突如として、ゲート前の荒野に隕石でも落ちたかのような凄まじい衝撃と爆音が轟き、防壁全体がグラグラと揺れた。
猛烈な突風が吹き荒れ、視界を完全に奪うほどの土煙が舞い上がる。
「うおぉっ!? な、なんやなんや!?」
「敵襲か!? ボンブス、武器構えんかい!!」
キシロコパが長槍を、ボンブスが慌ててクロスボウを構え、土煙の奥を凝視する。
やがて、煙が晴れた彼らの目に飛び込んできたのは。
『――目的地、黄金都市オーラム。ナビゲーション・リンクを終了いたします』
青白いプラズマの炎を噴き出す巨大なジェットスラスターと、無骨な重金属の装甲。そして、群青色の鱗を持つ飛竜の頭部。
全長五メートルに及ぶ、半分が機械で構成されたサイボーグ・ドラゴンの威容だった。そのあまりにも異質で狂悪な姿と、首元の人工声帯から響く渋い機械音声に、二人のハンターは完全に腰を抜かしかけた。
「ひ、ヒィィッ! なんやあれ! 機械の魔獣やんけ! めっちゃヤバないっスか!?」
「アホ、迂闊に近づくな! 警報鳴らせ!!」
二人がパニックに陥りかけたその時、背後のゲートからもう一人の男が足早に駆けつけてきた。
「おいおい、なんの騒ぎや……って、ええ!?」
ヴァリエタスの中堅ハンターであり、二人の上官にあたる三十三歳のヴェスパだ。オールバックに撫でつけた茶髪と、派手な柄の開襟シャツをルーズに着こなした細身の男。口元には薄っすらと無精髭を生やし、オーラムの歓楽街によく馴染むこなれた雰囲気を漂わせている。
彼もまたトドロキの威容に驚愕したが、その直後、竜の背中の鞍からスッと飛び降りてきた『細身の青年』の顔を見て、さらに目を丸くした。
「ヴェスパの兄貴! あかん、あの魔獣、人が乗って――」
「お前ら、アホか! 武器を下ろさんかい!」
ヴェスパはボンブスの頭を思いきり引っぱたき、自分自身は慌てて姿勢を正した。
「ヒ、ヒバリはんやないですか! なんでこんなとこに!?」
「え……?」
驚くヒバリに、ヴェスパは興奮気味に後輩たちに説明し始めた。
「お前ら、王都のトップギルド『ソラリス』は知っとるやろ? その最強部隊『テネブレ』の武器を全部一人で設計してはった、超天才アーキテクトのお方やぞ! 俺が昔、ソラリスの末端で下働きしとった時に何度かお見かけしてな……。って、その節はうちの連中がご迷惑をおかけしました!」
ヴェスパが深く頭を下げるのを見て、キシロコパとボンブスも慌てて槍や弓を放り出し、ペコペコと頭を下げた。
「え、あ、王都の天才さん!? す、すんません、俺らそんな偉い人やとは知らんで!」
「か、堪忍してください!」
ヒバリは予想外の歓迎に少し戸惑いながらも、人当たりの良い温和な笑みを浮かべた。
「気にしないでください。派手に着地して驚かせた僕の方こそすみません」
ヒバリは振り返り、トドロキの硬い鼻先を撫でた。
「ありがとう、トドロキ。お前は目立つから、少し離れた岩山で待機していてくれ。また通信で呼ぶから」
『承知いたしました、マスター。どうかご武運を』
トドロキは紳士的に一礼すると、再び巨大なスラスターに火を入れ、鼓膜を劈く爆音と共に超音速で夜の空へと消えていった。
「いやぁ、すげぇ乗り物っスね……。あんなアーキテクチャ、初めて見たわ」
ヴェスパが上空を見上げながら感嘆の息を漏らした。
◆◆◆
「ほな、俺が街の中までご案内しますわ。こいつらは持ち場がありますんで」
ヴェスパの案内で、ヒバリはオーラムの防壁の内側へと足を踏み入れた。
深夜だというのに、街は真昼のような明るさと狂騒に満ちていた。大通りには成金趣味の極彩色や黄金の装飾を施した巨大なカジノが建ち並び、豪奢な衣服を纏った商人や、一攫千金を夢見る血の気の多そうなハンターたちが肩をぶつけ合うように歩いている。ファウンテンののどかな空気とは真逆の、むせ返るような金と暴力の匂いがする街だった。
「それにしてもヒバリはん。王都のエリートが、なんでまたわざわざオーラムなんかに? バカンスってガラやないでしょ」
歩きながら、ヴェスパが不思議そうに尋ねてきた。
ヒバリは、彼が「自分がソラリスを追放されたこと」を知らないのだと即座に気づいた。無理もない。テネブレがあんな理不尽な理由で専属アーキテクトを解雇したなどという恥晒しな話を、わざわざ外部のギルドに公表するはずがない。
「……ええ。実は、そちらの『ヴァリエタス』さんに、少し個人的な依頼がしたくてね」
ヒバリは、ソラリスの専属という立場を最大限に利用することにし、もっともらしい嘘をついた。
「個人的な依頼? なんでまた、わざわざうちなんかに。ソラリスのテネブレを使えば、どんな依頼かて一発でしょ?」
「今はオフなんですよ。それに、あまり公にしたくない調べ物でしてね。職場の人達には迷惑をかけたくないんです」
ヒバリが苦笑交じりに言うと、ヴェスパは「なるほどなぁ」と深く頷いた。
「エリートはエリートで、色々と裏のしがらみがあって大変なんですねぇ。俺らみたいな底辺ハンターには縁のない話やけど」
ヴェスパは完全にヒバリの嘘を信じ込んでいた。
「で、その依頼っちゅうのは?」
「実は、凄腕のハンターがいると知人から聞いたものでして。……シガヌスさん、という方です」
ヒバリがその名を口に出した瞬間。
ヴェスパの足が、ピタリと止まった。
「……シガヌス、はん?」
カジノから漏れる黄金色の光に照らされたヴェスパの顔から、先ほどまでの愛想の良さが少しだけ消え、代わりに奇妙な警戒心が浮かんでいた。
「ヒバリはん。なんであの人の名前を知ってはるんですか?」
「少し、噂を聞きましてね。彼なら僕の依頼をこなせるかもしれないと」
「……やめといた方がいいですよ。あの人は、うちのギルドでもちょっと『特別』や。それに……」
ヴェスパは周囲を気にしながら、声を潜めて言った。
「シガヌスはんは、ここんとこずっとギルドに顔を出してへんのです。なんでも、デカい『裏の仕事』で遠征に出てるって話で。いつ帰ってくるかも分からんし、あの人は関わらん方が身のためですわ」
(……遠征に出ている。やはり、ここのギルドの一般メンバーは、彼が暗殺者として動いていることも、TALOSの非合法なパーツを組み込んでいることも知らないのか)
ヒバリは内心で推測を確信に変えつつ、残念そうな顔を作った。
「そうですか。それはタイミングが悪かったな」
「ええ。せっかく来てもろたのに、すんませんな」
二人は再び歩き出したが、ヒバリの脳内ではすでに次の計算が始まっていた。
シガヌスがギルドに戻っていないということは、ファウンテンでヒバリの熱量圧縮砲を受けた後、コヌスに回収されてまだ別の場所で修復中である可能性が高い。
だが、シガヌスが所属し、拠点としているこの『ヴァリエタス』には、必ず彼に繋がる手がかりが残されているはずだ。
(まずはギルドの内部構造と、シガヌスの個人データを洗う。ミサゴはもう巻き込めない。僕自身の手でメインフレームに物理接続して、強引に裏口をこじ開ける準備をしないと)
ヒバリは、黄金の光を吸い込むような薄暗い瞳の奥で、静かに牙を研いでいた。
◆◆◆
その頃。
オーラムから遠く離れた、王都ブルジュラの地下深く。
TALOS社が極秘裏に管理している非合法な施設は、無機質な機械音と、薬品の匂いに満ちていた。
仄暗い照明の下、部屋の中央に鎮座する巨大な円筒形の治療カプセル。
薄緑色の培養液に満たされたその中には、無数のチューブやケーブルに繋がれた一人の男が浮かんでいた。
組織の幹部であり、掃除人コヌスに回収されたシガヌスだ。
彼の右半身を覆っていた分厚い機械装甲は、ヒバリの放った熱量圧縮砲によってドロドロに溶解し、生身の皮膚も広範囲にわたって深刻な熱傷を負っている。意識はなく、生命維持装置がかすかに彼の命を繋ぎ止めている状態だった。
そのカプセルの傍らで、ヨレヨレのトレンチコートを着た男――『掃除人』のコヌスが、気怠げに安物のタバコを吹かしていた。
千切れた右袖から覗く巨大な機械腕が、暗い部屋の中で鈍く光っている。
ピィン。
コヌスの懐に忍ばせていた小型の携帯端末が、短い電子音を鳴らした。
彼はタバコを咥えたまま端末を取り出し、送られてきた短い暗号データを一瞥した。
「……ほう」
コヌスの気怠げな半目が、わずかに見開かれる。
誰が送ってきたのか、表向きには分からない暗号化されたテキストデータ。だが、そこにはミレポラから捜索を命じられていた獲物の『現在地』が、明確に記されていた。
「……飛んで火に入る夏の虫、ってやつか。馬鹿なアーキテクトだ。よりによって、コイツのシマに自分からのこのこやって来るとはな」
コヌスはタバコを灰皿に押し付け、トレンチコートの襟を立てた。
「分かった。すぐ向かう」
端末に向かって短く呟き、部屋の出口へと歩き出すコヌス。
扉の前に控えていたTALOS社の部下らしき白衣の男が、慌てて声をかけた。
「コヌス様、どこへ向かわれるのですか? シガヌス様の修復手術は、まだ第三段階に入ったばかりで……」
「オーラムだ」
コヌスは振り返ることなく、淡々と答えた。
「俺が留守の間、こいつの修復と『アップデート』を急がせろ。次に目覚めた時、あいつには最高の獲物が待ってるってことだからな」
巨大な機械腕を引きずりながら、掃除人は闇の中へと消えていく。
黄金都市オーラムを舞台にした、復讐者と暗殺者たちの血で血を洗う死闘が、今まさに始まろうとしていた。




