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用済みだと追放された天才を怒らせてはいけない。彼は世界を壊す『技術』を持っているのだから/復讐のアーキテクト  作者: 赤腹井守
プロローグ

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010 悲哀の夜は明けぬ

 ヒバリは焼け焦げたサイボーグの肩の装甲板から視線を外し、ゆっくりと身を起こした。

 ドローンによる熱線が男を貫き、女が撤退していった直後。吹き飛んで瓦礫の山と化した工房クリーンルームの跡地に、冷たい夜風が吹き抜けていく。

 激闘の熱が引いていくにつれ、ヒバリの全身を、筋肉が断線したかのような激しい疲労感が襲った。だが、その場にへたり込んでいる暇はない。


(みんなは……アウラ・コピアの人たちは、どうなった……?)


 あのサイボーグの男がバスターソードを持っていた時点で、最悪の事態は予想できている。だが、アーキテクトとしての冷徹な計算を、彼自身の人間としての感情が必死に否定しようとしていた。

 ヒバリは重い足を引きずり、風に乗って漂ってくる生々しい血の匂いの元――ギルド本館と広場の方へと歩き出した。

 月明かりが落ちる大通りに出たヒバリの視界に、それが飛び込んできた。

 街灯の光が力なく瞬くその下で、二つの影が重なるように倒れていた。


 一人は、ルキオラ。

 その胸の真ん中を、慈悲もない一撃で焼かれ貫かれていた。黄金色の瞳は光を失い、透き通るような肌は夜の闇の中で、冷たい大理石のような白さを帯びている。

 そしてそのすぐ傍らには、愛用の弓を握りしめたまま、身体を斜めに両断されたドルクスが横たわっていた。ベテランの職人として、そしてハンターとして、最期まで彼女を護ろうと盾になったのだろう。その顔には、無念よりも、守りきれなかった自責が刻まれているように見えた。


「嘘だ……。そんな、嘘だろ……っ」


 ヒバリは膝から崩れ落ち、二人の亡骸に縋りついた。

 傷口は超高温で焼かれ、心臓は完全に破壊されている。どんな回復魔法を使っても、もう二度と彼女の黄金色の瞳が開くことはない。


(心臓の貫通。切り口の炭化。抵抗の痕跡から推測される、敵の圧倒的な速度差……)


 アーキテクトとしての脳が、無慈悲に状況を解析する。理解したくない。そんな計算はしたくない。つい数時間前、月明かりの下で「これからもよろしく」と笑い合っていたはずの命が、今はただの物理的な質量へと成り果てている。

 ヒバリの喉の奥から、言葉にならない獣のような嗚咽が漏れ出した。

 やがて、少しずつギルド本館や広場の状況も明らかになっていく。マスターのディナステス、若手のコキネラ……惨殺された仲間たちの無惨な姿。

 自責の念が、猛毒のようにヒバリの心を浸食していく。


(僕だ。僕がこの街にいたから、みんなは……)


 そのまま、どれほどの時間が過ぎたのか。

 やがて、冷たい夜が明け、東の空から白々とした日の出の光が差し込み始めた頃。

 ギルドの奥、物置の陰から、ガタガタと震える小さな影が恐る恐る外へと出てきた。


「……ひ、ヒバリ、さん……?」


 受付嬢のアピスだった。彼女は唯一、襲撃の直前にヒバリから地下倉庫の在庫確認を命じられていたことで、この地獄から取り残されていた。

 アピスは、血の海の中に佇むヒバリと、その腕の中で物言わぬ人形となったハンターたちの姿を認めると、信じられないものを見るように目を剥いた。


「みんな……?」


 一歩、また一歩とよろめきながら近づき、現実が彼女の意識を殴りつける。


「嫌ぁぁぁぁぁぁっ!! 嘘よ、みんな、起きて! 冗談はやめてよっ!!」


 アピスはその場に崩れ落ち、狂ったように亡骸を揺さぶった。

 平和だったギルドの仲間たちが、なぜこんな惨い死に方をしなければならなかったのか。彼女の悲痛な叫び声が、目覚め始めた街の静寂を無残に切り裂き、延々と響き渡る。

 ヒバリは血だまりの中に膝を突き、泣き喚くアピスの小さな身体を、ただ無言で力強く抱きしめた。

 彼女の激しい震えが伝わってくる。ヒバリは、枯れ果てるまで涙を流し続けるアピスを、朝の冷気から守るように、ただじっと抱擁し続けていた。


 ◆◆◆


 日が完全に昇り、容赦ない朝の光がファウンテンの街を照らし出すと、異変に気付いた住民たちが次々と家々から姿を現した。

 昨日までの平和な水郷都市は、一夜にして凄惨な屠殺場と化していた。阿鼻叫喚の地獄絵図を前に、膝から崩れ落ちて泣き叫ぶ者、あまりの惨状に言葉を失い嘔吐する者。やがて駆けつけた自警団によって凄惨な遺体の回収作業が始まったが、街を包む空気は鉛のように重く、絶望に満ちていた。

 アピスが駆けつけた住民たちに保護され、毛布にくるまって震え続けているのを確認すると、ヒバリはそっとその場を離れた。

 悲しみに暮れている時間はない。あの惨劇を引き起こした『原因』を突き止めなければならない。

 ヒバリは一人、ギルドの裏手にある自身の工房クリーンルームの跡地へと足を向けていた。

 目的は一つ。自身のドローンによる熱量圧縮砲の直撃を受け、脳髄を完全に焼却したはずの『サイボーグの死体』を回収し、背後に潜む組織の手がかりを部品パーツから引きずり出すことだ。


 だが。


「……消えて、いる?」


 半壊した壁を乗り越え、標的が倒れていたはずの場所を見下ろしたヒバリの思考が、一瞬、完全に停止した。

 石畳には熱線によって深く抉られた焦げ跡が残り、周囲にはオイルのような黒い血液と、男が纏っていた襤褸布の切れ端が散乱している。

 だが、そこにあるべき『鉄の塊』だけが、まるで幻だったかのように跡形もなく消失していた。


「自力で逃走した……? いや、あり得ない」


 ヒバリは自身の設計した兵器の威力を誰よりも理解している。脳の中枢回路を焼かれ、生命活動はおろか機械的な駆動すら完全に停止していたはずだ。アーキテクチャの理論上、あれが再び立ち上がることなど絶対に不可能だ。


「なら……誰かが、回収したのか……? 僕がルキオラさんの元へ向かい、ここを離れていた、あのわずか数十分の間に」


 ゾワリ、とヒバリの背筋に冷たい悪寒が走った。

 ヒバリは即座に左腕のインプラントを起動しようと、全身の筋肉を強張らせて臨戦態勢をとった。腰に備えていた魔力観測用のゴーグルを素早く装着し、レンズ越しに周囲の魔力波長を極限までスキャンする。

 しかし、センサーに引っかかるものは何もない。漂っているのは、朝の冷ややかな風と、焦げた匂いだけ。敵の気配は、朝霧が晴れるように完全に、そして不気味なほど綺麗に消え失せていた。

 死体すらも回収する、異常なまでの隠蔽工作。単なる暗殺者ではない、巨大で組織的な悪意の影。

 ルキオラたちを無残に殺し、仲間をゴミのように片付けていくその姿なき敵への憎悪が、ヒバリの胸の奥で、ドロドロとした黒い炎となって確かな形を結んでいった。


 ◆◆◆


「ゼニスの本部に……早く、事態を連絡しないと……」


 アピスは涙で顔をグシャグシャにしながらも、ギルドの受付嬢としての責任感から、壊れた通信機に代わる伝令の手配に奔走しようとしていた。

 その時。

 彼女の前に、ヒバリが静かに立ち塞がった。


「ヒバリ、さん……?」


「アピスちゃん。これを」


 ヒバリは、懐から一枚の冷たい金属でできたカードを取り出し、アピスの手へと押し付けた。


「これは……?」


「僕の口座のキーカードだ。……莫大な資金が入っている」


「えっ……」


 ヒバリは王都ソラリスの専属技術顧問として、一般のハンターが一生かかっても稼げないほどの報酬を得ていた。そのほぼ全額が、この一枚のカードに記録されている。


「このカードの所有権をアウラ・コピアに一任するよう手続きは済んであるから、そのお金を使って、ギルドの復興をしてほしい。……遺された街の人たちのために、好きに使ってくれ」


 ヒバリは、アピスに向かって深く、深く頭を下げた。


「どういうことですか、ヒバリさん……?」


 アピスは困惑し、首をかしげた。

 彼女は、ヒバリが何者かに狙われていることも、そのせいでディナステスやルキオラたちが巻き添えを食らったことも知る由もない。


「……僕は、もうここにはいられないんだ」


 ヒバリは顔を上げ、多くを語らずに背を向けた。

 これ以上彼女と一緒にいれば、いずれまた彼女に死の危険が及ぶ。それに、今のヒバリは、もうこの温かい街の住人には戻れない。


「待って、ヒバリさん! どういうことですか……っ!?」


 アピスの悲痛な説得の声を背中に浴びながら。

 ヒバリは振り返ることなく、ファウンテンの街を後にした。


 ◆◆◆


 ファウンテンを出て、誰もいない朝の郊外の街道を歩きながら。

 ヒバリは、ポケットから古びた折り畳み式の携帯端末を取り出した。

 王都のエリートたちが使うスマートな魔導通信機とは程遠い、旧時代のアナログな機械。だが、これこそがあらゆる監視網をすり抜ける唯一の手段だ。

 特定のコマンドを打ち込み、通信を繋ぐ。

 数回の電子音の後、ガチャリと回線が開いた。


『……ねぇ、勘弁してよ。さっきまで気分よく寝てたのに』


 電話越しに聞こえてきたのは、ひどく不機嫌そうな若い女の声だった。


「まあそう言わずに。久しぶりだね」


『アンタがこの持ちつ持たれつの秘密回線を使ってくるなんて、ロクでもないことでしょ。で、何?』


「少し調べ物をお願いしたくてね。裏社会の伝説のハッカー――Mr.シンギュラリティに」


『……あー、それほんとやめてくれない? 世間が勝手に薄暗い地下室に引きこもる四十の天才ハッカーのオッサンとか妄想して付けてるだけで、私は二十歳のピチピチの乙女なんですけど』


 電話の向こうの不満げなため息に、ヒバリの口元がわずかに緩む。


「そうだね。僕もMr.シンギュラリティって呼びなれないから、ミサゴちゃんでいくよ」


『ちょっと、本名をあんまりペラペラ言わないでくれる? 一応、これでも世界中から狙われてる身なんだから』


「かつて僕の技術を盗もうとして、逆に僕に返り討ちに遭った君なら、このアナログ回線の絶対的な安全性は理解しているだろう?」


『……チッ。あの時のハッキング対決の負けをいつまでもネチネチと。で、依頼って何よ』


 ミサゴが苛立たしげに急かすと、ヒバリは足を止めず、淡々と用件を告げた。


「TALOSが直近で開発した最新のサイボーグパーツ。その出所、直近の購入ギルドや個人、その使用者を調べてほしい」


『バッカじゃないの。TALOSっていったら世界トップの魔導武器メーカーよ? あそこの社内データベースを抜くこと自体は朝飯前だけど、相手がデカすぎて足がつけば即アウトなの。そんなハイリスク・ローリターンで面倒なこと……』


「戦った男の特徴は、半身が機械化されていて、高周波ブレードを使い、オーラムの訛りがあった。身長は一八〇センチ前後だ。特定できる?」


『だから、タダ働きみたいな真似はお断りだって言ってんの!』


「対価として、僕が自作した『コンピュータの処理速度を爆上げする最新のナノ・アーキテクチャのアルゴリズム』を譲ろう」


『よし任せなさい』


 ミサゴの声色が、即座にプロのそれに変わった。

 カタカタカタカタッ! という凄まじい打鍵音が電話越しに響き渡る。

 わずか二秒。

 文字通り瞬きする間に、ミサゴはTALOSの堅牢なセキュリティを突破し、深層データから該当する人物を洗い出した。


『……ビンゴ。条件に完全一致するデータが一件。名前は「シガヌス」。所属は……やっぱり、黄金都市オーラムのギルドだわ』


「シガヌス……。オーラムのギルドか」


『ねえ、ヒバリ。この男のデータ、妙よ。明らかにTALOSの非合法な実験に加担してる形跡がある。……アンタ、まさかこいつらが関わってるヤバい何かに首を突っ込む気?』


 ミサゴの声に、珍しく本気の警告の色が混じっていた。


『言っとくけど、私を変なことに巻き込まないでよね』


「……ああ。これっきりだ。もう誰も、巻き込まないよ」


 ヒバリは、自分自身に言い聞かせるように念押しして、電話を切った。

 彼の中にあった迷いは、完全に消え失せていた。

 ヒバリは顔を上げ、冷たい瞳で南の空を見据えた。

 次の目的地は、欲望と金が渦巻く街――黄金都市オーラム。


「さて、もう一人、厄介になろうかな」

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