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第98話 侍たちに明日はない!②

『西日本アジア製鉄株式会社 製作部近畿営業所』


 安藤は立派な看板に後ずさりする。


 意を決して、受付の女性に名刺を見せた。


「あ、あの村山宣之さんに会いたいのですけど……」


「お約束ですか?」


「約束ってわけではないのですが、たまたま近くに来たものですから……」


「……この、近くに?」


 受付の女性は女優のような顔に曖昧な笑みを浮かべる。


 ここは陸の孤島である。


 一帯が工業地帯で大きな工場が連なり、関係者以外があまり立ち入ることはなさそうだ。


 受付の女性が内線電話をかけている間、案内された待合室の窓からパイプが張り巡らされた工場群を安藤は仰ぎ見る。


「えっと……安藤先生?」


 村山である。


 明らかに困惑顔である。


「どうされました?」


 挨拶もそこそこに待合室の低いテーブルに安藤は島左近から送られてきた用紙を拡げる。


「こちらがプランAになります」


「……」


「ここから、既に樹木は取り除いていて、土砂の除去に取り掛かるところなのですが……」


「……」


「あ、でも、もう一つの方法……こちらがプランBですね」


「……あの」


「はい?」


「あの、何の話ですか? 一体これは?」


 受付の女性が冷えたお茶を持ってきた。


 しばし二人は沈黙する。


「私も遊んでるわけではなくて、仕事していますからヒマなわけじゃないのですが」


 女性が遠ざかると、すぐさま村山は噛み付くように言った。


「しょ、商談です! 仕事の話です!」


「でも、炭鉱の坑口が塞がった話なのですよね」


 用紙には炭鉱落盤事故――と記載がある。


「はい……」


「一体どこでですか?」


 当然、国内でそんな報道はない。


「お金なら……心配しないでください。何とかします」


「いや! そういうことじゃなくて!」


 村山は急に小声になる。


「安藤先生は良い人そうだから、こんなことしたくないですけど警察とか呼ぶ案件なんですかね?」


「警察はちょっと……勘弁してください」


「だったらお引き取りください」


 安藤は立ち上がった村山の腕に縋り付く。


「きっと、向こう側で貴方が困ってるんです!」


「えええ……」


 村山は分かりやすく困惑する。


「村山さん、今まさに貴方はきっと解決しようと努力している。治部さんもそうです」


「自分さん?」


 安藤は必死の形相である。


 普通、大の男がリスクを冒してまで見せる表情ではない。


「わ、分かりましたよ。もう。仕事が終わったら話は聞きますから」


 定時の5時まではあと2時間ほどである。


「ありがとうございます!!」


 定時で上がった村山は作業服からラフな私服になっている。


「私服だと若返りますね」


「……ありがとうございます」


 待合室の側を次々と同僚たちが帰路についている。


 村山は地図を拡げてしげしげと見入った。


「なるほど……これは難しいですね」


「なんとか、この空間を残したまま、三人を救出することはできませんか?」


 村山は薄い唇を手で触った。


「まずは電動ドリルで」


「電動ドリルは使えません。電気がありませんから」


「……」


「言い忘れたのですが、戦国時代だと仮定してください」


「……できるわけないでしょ!」


 村山は用紙をテーブルに投げつけて思わず叫んだ。


「LEDライトとペンライト、ワイヤー入りロープは市販の物を買って既に送りました」


 LEDライトとペンライトは安価だったが、1000メートルのワイヤー入りロープはなんと40万円ほどだった。


 もろもろの出費も含め、安藤は夏のボーナスをそっくりハタいた。


「送ったって一体どこにですか?」


 安藤はハンカチで汗をぬぐうだけでその質問には応えない。


「プランBかな……やれないことはないかも」


 突然思い出したように村山は話す。


「何年か前に南米のチリで落盤事故があったのを覚えてますか?」


 安藤は首を振った。


「そこで使用されたような人が入れる鉄製のカプセルを作って巻き取り機で巻き取るしか方法は無いかな」


 スマホで村山がその鉄製のカプセル『フェニッ◯ス』を安藤に見せる。


「この炭鉱は620メートル地下でしたから、このようなNASAが開発した高価なシッカリした作りですね」


 安藤はスマホの画像を確認する。


 人が立ったまま入れるような縦長のカプセルである。


「今回だと吊り上げる距離は50〜60メートルくらいですかね……吊り上げる人数は三人だし……もっと簡易的な作りでもなんとかなるかな……いや、本来は安全対策的には厳しいですけど。

 それほど時間掛けられないんですよね」


「ぜひ発注、請けて下さいますか?」


 意を決して安藤は真っすぐ村山を見た。


「特許も申請されてるし、これは高価な作りだから……もちろん、これ通りには作れませんよ」


 村山は不安げに安藤の顔を見つめ返す。


「はい!」


「そ、それでも……多少は高いですよ!」


「材料だけでいいんです! 組み立てはあちら側でやりますから!」


「あちら側って……」


 村山は安藤のペースにすっかり乗せられてしまっている。


「あちら側の村山さんが、凄く喜ぶと思うんです!」


「あちら側の僕って……」


 あちら側にも自分と同じ人物が存在しているのだろうか……ドッペルゲンガーみたいな、そんなこと?


「どんな人ですか?」


「真面目で不器用だけど……良い青年です」


 安藤の言葉に村山は座りの悪そうな曖昧な笑みを浮かべる。


「もし、あちら側でも僕なんだったら、そんなに良いやつじゃなさそうですけどね」


 村山の自認は『不真面目で器用、わりと悪どい人間』である。


「出来れば設計図も付けて……ディスカウントで……お願いします!!」


 村山は一旦オフィスに戻って早速見積書を持ってきた。


――税抜き35万円。


「こんなもので……よろしいのですか?」


 安藤はどんぐり眼を村山に向けた。


「余った材料で作ってみますよ。設計費用はサービスします」


 安藤のリクエストの通り、時空のヒビを通るように分割して板状のものをあちらで組み立てる形になる。


「最低限、身体を守るだけになります。なるべく身体をプロテクターなどで巻いて守ってください。

 故障したらその都度一回一回直す感じで。ボルトとネジは付けますから、組み立てはキチンと指示書通りやってくださいよ」


 時空のヒビを通すために、ボルト部分もなるべく薄く作ってもらわなくてはならない。


「いいんですか……?」

 安藤は念を押す。


「……あちら側の僕が困ってるんでしょ? じゃあ、やるしかないじゃないですか……」


 村山は諦めたようにため息をついた。


 無性にタバコが吸いたくなる。


「納品までに一週間は見といてください」


「3日で」


「は?」


 安藤は低い商談用テーブルに額を擦り付けた。


「大変心苦しいのですが、3日でお願いします!」


「図々しいな!」


 村山は引き受けたことを猛烈に後悔した。



  ◇



「とても……持ち運べない……」


 ワイヤーロープは細いものだが重すぎて村田新左衛門には持っていくことはできない。


 ただ、LEDライトと奇妙な形のペンライトは懐に入れた。


 島左近が少しの間、洞窟を離れてくれて良かった。


 LEDライトとペンライトが何の用途なのかなんて、すぐに分かる。


 炭鉱に取り残されている者にとって、この光は救いになるだろう。


 もし、自分が暗闇の中で死の恐怖と闘っているのなら……この光があればなんとか生きる気力を保てるかもしれない。


 それを、持ち去ろうとしているのだ。 村田新左衛門は逡巡した。


 しかし、次の瞬間には力強く地面を蹴って走っていた。


 徳川家康がすんなりこの世界を統一すれば解決する問題が多々ある。


 力攻めが無くなるのだから、逆に犠牲は最小限で済むはずだ。


 炭鉱の三名の犠牲は……やむを得ない。


(本当に……?)


 三成を失脚に追い込みさえすれば、本当に力攻めはなくなるのだろうか?


 単なる村田自身の思い込みではないのか。


――力攻めは近いぞ。


 走りながら村田は鈴木文右衛門の言葉を思い出す。


 邪魔を取り除いたと、ここぞとばかり全面戦争に突入しないとも限らない。


 その時、真正面から矢面に立てる人物は果たして三成以外にいるのだろうか……?


 結局は関ヶ原合戦が辿る運命を繰り返すことになる。


 不安を振り払うように、村田はLEDライトとペンライトを懐に収めたまま伊吹山を全速力で駆け降りた。

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