第97話 侍たちに明日はない!①
長いロープに大木を巻き付け、力自慢の男たちが人力で牽引する。
ミシミシと音を立てて大木が坑口から離れていくのを三成は見つめた。
「せーのっ!」
音頭を取るのは宇喜多秀家である。
朱色の小袖を着て、金の扇子で舞う様子が美しかった。
雨は容赦なく降り続けている。
「線状降水帯」が出来ていて、一時間に降る雨量はそれほどではないが、着実に多賀芹川の水位を押し上げていた。
三本目の木を取り払ったところでようやく坑口が見えてきた。
黒黒とした土砂に閉ざされている。
四本目の木をロープで牽引する際にそれは起きた。
ロープが音もなく切れたのである。
「な、なんで?」
宇喜多秀家がロープに歩み寄る。
三成も走って行って切れたロープの断面を見た。
切れていない部分も丹念に見ると、内側が断絶した箇所が複数見られる。
「ロープも……切られている……! 中納言様」
「な、なんと……」
秀家もロープを確認する。
事前にロープにまで細工されている。
大谷刑部・平塚為広ら問答使がそろそろ井伊直政の元に到着するはずである。
その応答次第では、両軍に再び摩擦が生じて緊張が走ることになるだろう。
「ロープは使えない。あとは人力で持ち上げよう」
三成は言った。
躊躇しているヒマはない。
その場に居る全員で大木を持つ。
「せーのっ!」
ようやく土砂に覆われた坑口の全体が見えた。
「いやぁ……難しいな。これ」
三成に声をかけてきたのは松野重元である。
「松野殿……どうしたらいいかな?」
松野重元も増田長盛同様、土木においてはプロである。
特に治水や堤防工事が専門で重元が工事に関わった河川は重元の通称・主馬から取って主馬殿川と呼ばれた。
「まず天板で抑えて、杭を打ち込んでいって……かなり時間はかかるし、土砂がいつ崩れるか分かりません。危険な作業ですね」
「発破はどうだろう?」
三成の提案に重元は首を縦に振らない。
「メタンガスの発生はなさそうなので、やれるとは思いますがよっぽど上手くやらないと。奥の空間が崩れ落ちたら万事休すですね」
今朝も通気口から握り飯と飲料水が落とされた。
中からは比較的元気な声が聞こえてきたという。カラ元気だろうが……。
「通気口からのほうが可能性があるかね?」
三成は言った。プランBである。
「通気口を拡げる際に土砂崩れの危険性がどのくらいあるかに拠りますよね。70センチくらいは必要ですよね」
一番身体の大きい武蔵を立ったまま吊り上げるとしてそのくらいの直径は必要となる。
但し通気口はそもそも岩盤がシッカリしているところに作っているため拡げやすいだろう。
「生身を引き上げるのですから、その際に大怪我をする可能性も……確率的にはどっちもどっちなのかと」
重元は顎に手をあて、うーんと唸ってから続けた。
「再度ロープを作り直す必要もありますし。どうせ時間がかかるなら、僕が選択するならプランAかな……発破もできるかどうか要検討ですね」
「殿!」
隣で二人の会話を聞いていた左近が耳打ちする。
「あの、時空のヒビ。今こそ利用しましょう」
三成は頷いた。
「ワイヤー入りの救援用ロープ! 左近! 頼みます!」
左近はビシッと敬礼してすぐに伊吹山に向かった。
ここ佐和山炭鉱からはけっこうな距離がある。
「あ! あと出来れば、LEDライト!」
お使いの品を言い忘れたみたいに、三成は慌てて左近の後を追った。
◇
「なんですか? それは?」
隣に座っている辰之進が尋ねた。
武蔵は手持ち無沙汰にボタン磁石をくっつけたり離したりしている。
床には幾重にも寝袋が敷かれている。
全て上から降ろしてもらったものだ。
「磁石です……とある人から貰ったのです」
「この世界は未来に……続いているということなのですね」
辰之進が磁石を手に取って見つめる。
急にデービー灯の灯りが消えた。
武蔵の膝のすぐ側で丸まって寝ていた南隆之介が飛び起きる。
「ま、まさかガスが!!」
二酸化炭素が充満しだしたのかと勘違いしたらしい。
「いや……単に油が切れたのだろう」
武蔵が隆之介を落ち着かせるように言った。
隆之介は寝ぼけ眼で再び寝入る体勢に入った。
「私たちは、何処へ向かって何処に辿り着くのでしょうね……」
暗闇はふと人生や命について考えさせる。
永井辰之進が哲学的な問いを口にした。
「たまに……自分が学問だけやれていたら、と思う時もあります」
武蔵は暗闇の中、目を凝らして辰之進の顔の輪郭を見ようとする。
通気口があるので全くの暗闇というわけではない。
朧気に辰之進の輪郭が見えてきた。
「学問が好きですか?」
「ええ……弟の方が私よりうんと頭が良かったですが」
辰之進は死んだ弟に想いを馳せているようだった。
「寒いですね」
シトシトと降り続く雨は多少吹き込むものの、武蔵たちを直接濡らしたりはしない。
怖いのは岩盤から染み出る地下水であるが、掘り始めだからかまだ染み出るほどの水はない。
掘り進めていけばやがて地下水との戦いになったいくだろう。
日差しの入らない坑内は底冷えのする寒さである。
三人は身を寄せ合って固まっている。
「ビッグリップという理論をご存知ですか?」
辰之進が武蔵に尋ねた。
「現代宇宙論ですか? すみません。全く詳しくありません」
武蔵は正直に分からないものは分からないと話す。
「宇宙の全ての物質は宇宙の加速のため未来のある時点でバラバラになる、という仮説です」
隆之介の規則的な寝息が聞こえてくる。
辰之進は子どもをあやすように、彼の肩を一定のリズムで叩いている。
「ビッグリップの前に、熱的死という絶対零度に宇宙が覆われるという仮説があります」
辰之進はまるで独り言みたいに話す。
絶対零度とはマイナス273.15 ℃。
物理的な温度の下限である。
「宇宙の滅亡の前は寒いのですね。 寒くて、きっと全ての生きものには耐えられない。そう考えると……体温そのものが宇宙だと思えてきます」
武蔵が目を凝らすと辰之進が手のひらを突きだしているのが微かに見える。
「この一人ひとりの体温が……宇宙。 私たち自身が宇宙のひとつで、この世界に相転移を起こしたのかも……時間が流れて何処に向かっていようとも、きっと行き着く先は同じなのかもしれないですね」
相転移とは、物質が温度や圧力などの外部要因の変化によって、ある状態(相)から別の状態へと変化する現象である。
例えば水が氷に変わるといった現象である。
「宇宙滅亡は避けたいですね」
「フフ……そうですね」
武蔵の言葉に辰之進は笑った。
「……我々の魂も相転移を起こすと考えると、宇宙の終わりも無いのかもしれません。一旦終わり、再び始まる」
簡単に言うと輪廻転生である。
この世界に実際みな輪廻転生してきたのである。
「私たちは……その時は本来何も持っていけないのでしょうか? 知識も思い出も。何もかも」
今回は本来持っていけないはずの知識と記憶を携えているというイレギュラーが起こっている。
「通常、持っていけるのはカルマ(業)だけなんじゃないですか?」
武蔵は辰之進の独り言のような問いかけに応えてみる。
「カルマ……確かに。カルマは消えそうにありませんね」
辰之進は掠れた声で言った。
この世界に生きる人間の多くは、言うなればみな人殺しなのである。
本質的に罰を受けることを何となく理解しているとも言える。
――我々は罰せられるべきなのだろうか。
武蔵は自分自身に問いかける。
「お腹すいた……」
隆之介が目を覚ました。お腹の鳴る音がする。
「おーい! 飯を落とすぞ!! 受け取ってくれー!」
頭上から声がして毛布に包まれた飯が落ちてくる。
「エネルギー補給しないと! さぁ、まずは己の宇宙を救いますよ!」
武蔵は手を叩いて言った。
原罪について考えていても前に進めない。
武蔵はこの世界に生きる限り敢えて罪と罰について考えないことに決めた。




