第95話 まだ幕は降ろさない!②
伊奈図書が神妙な面持ちでA3サイズほどの大きめの用紙を差し出した。
「こちらがプランAです」
『佐和山炭鉱崩落事故 救援救助対策本部』
そう書かれた木札が打ち付けられる。
対策本部ができたのは、炭鉱近くに設営された東軍の宿舎の一部である。
外はシトシトと春の雨が降っている。
詰めている男の顔はみな深刻である。
対策本部長に宇喜多秀家が就任し、伊奈図書が本部長補佐となった。
増田長盛の手は一報から一晩経ったいまでも震えている。
「……仁右衛門」
三成は偽名の木下木兵衛ではなく、本名を呼んだ。
「そなたのせいではない……」
長盛は頷いた。
視点が合わない。
木の枠が崩れたのは本当だが、増田長盛が計算間違いをしたとは思えない。
抜かりのないこの男のことだ。
木枠の耐重量は余裕を持って組んでいたはずだ。
まだこの世界では起こってはいないが、ある程度の地震も想定して計算している。
プランAと書かれた紙には、緻密な炭鉱坑口の図が横からと上から描かれている。
伊奈図書が説明する。
「人力でまずは坑口を塞いでいる樹木を取り除きます」
坑口を塞いだのは大量の土砂だが、それに伴い大木が薙ぎ倒されていて鎮座しており、まずはその除去からスタートする。
木にロープを繋いで人力で移動させる。
「人為的に……ボタ山の石が移動された形跡があります」
長束正家の報告にみなが固唾を飲んだ。
日が昇ってすぐにボタ山を調査に行ったところ、取り崩された跡があったという。
何者かが土砂を移動したのだろう。
「事故じゃなくて、事件かぁ」
黒田長政が手で顔を覆って低く呻いた。
「事故……じゃない」
増田長盛だけがホッと胸をなで下ろす。
「木を取り払った後、坑口がどのような状況になっているか確認して、どうやって土砂を取り除くのか検討することになりそうです」
伊奈図書はそう言ってから、もう一枚紙をテーブルに広げる。
事故であっても事件であってもまずはやることは人命救助である。
「こちらがプランBです」
炭鉱全体が上から描かれている。
「もしプランAで、二次災害の恐れが大きく、三人の居る場所まで辿り着けない場合、上空からのアプローチになります」
通気口を拡げて、上空から三人を救出する。
こちらは巻き取り機が使われる。
「かなり難易度が高いのでは?」
手を挙げて発言したのは松野重元である。
「難しい……ですが、プランAがダメだった場合やってみる他はありません」
伊奈図書が応えた。
プランBの通気口は昨日、三成が登ったところである。
土砂崩れに巻き込まれかねないため、左近が志願したが少しでも重量の軽い者が行くべきと突っぱねた。
三成は通気口から武蔵ら三人の生存を確認した。
対策本部は役割を決めた後、一旦解散となった。
すぐに各々、救出のための分担業務に取り掛かる。
「治部、どうするのだ?」
宇喜多秀家が形の良い眉根を寄せて不安げに尋ねた。
「まずは、木の除去ですね。その後、一方掘りで、土砂を切り崩せるか」
二次災害が出ないように土砂を天板で囲み抑えて、掘っていくしかない。
ただショベルカーなどがあるわけもないので時間がかかる。
「雨は……大丈夫かな?」
秀家の言葉に三成は頷く。
佐和山炭鉱のちょうど近くに小川が流れている。
芹川の支流で名前が無かったので多賀芹川と名付けた。
石田家家臣・磯野平三郎に水位を観察させているが氾濫の危険性は今のところ低い。
「私の家臣団も呼んでますので、遅くとも明日の朝には到着すると思います」
黒田長政が扇子越しに口元を隠しながら言った。
誰に聞かれても良い話だが、クセなのだろう。
百人規模の黒田家家臣団が揖斐川を渡ってくる。
「……信用して、いいんだよね?」
秀家は小声で三成に囁いた。
長政へはめちゃくちゃ疑いの目を向けている。 先ほど早馬で、毛利秀元からも応援の報せが届いた。
東軍にも大々的に炭鉱の事故が報じられ、幾名かの大名(本多忠勝、藤堂高虎、古田織部など)から既に救援の申し出があった。
なにしろ閉じ込められているのは知らぬ者は居ない超有名人である。
「ありがたい……」
三成は思わず頭を下げたくなる。
未曾有の災害に東西関わらず協力してくれる姿勢がありがたい。
対策本部室を出ると、燃えるような目線を送る男が立ちはだかった。
新免無二斎である。
「石田様……!」
言うやいなや土下座する。
「お、面を上げてください!」
「この通り! この通り! 何でもいたしますから、武蔵を助けてやってください!」
無二斎は三成に縋り付く。
「どうか……!」
「分かりました! 必ず助けますから! 左近!」
三成は左近に助けを求める。
左近は大きい無二斎を抱き抱えるようにしながら対策本部室に入って行った。
「本当に助けられるのか?」
冷たい目線を向ける男がいる。
島津豊久である。
「今度もあんたの失態じゃないのか?」
「何とでも言え……」
三成はいつもの豊久の調子に多少ウンザリする。
秀家が三成の代わりにキッと睨む。
「貴公! 常日頃から治部に突っかかっているそうではないか! もしかして、この度の事故、貴公がわざと起こしたのではなかろうな!」
「何?」
豊久は気色ばんだ。
「俺が……そのようなことをするわけなかろう!!」
「どうかな。分からぬ。関ヶ原でも日和見を決めとったではないか。偉そうなことを言うなら己の仕事をしてから言ってほしい」
「仲違いはおやめください!」
三成が大きな声で制した。
「中納言様……お気持ちはありがたいのですが、今は内輪で揉めているヒマはありません」
秀家に諭すように話す。
「又七郎(豊久)殿も言いたいことは救出が終わってからいくらでも聞きますから」
豊久にも訴えた。
「……事故じゃないのか?」
豊久はポツリと言った。
「まさか、事件なのか?」
豊久の問いに三成は頷いた。
豊久は大きな手で顔を覆う。
「もしかしたら……犯行現場を見たかもしれない」
手を除けると、そのまま真っすぐ三成を見つめる。
「先日の慶事の際にこちらに入ってきた井伊家の家臣数名が不審な動きをしていた」
既に作成していた木枠の一部に表からは分からないように切れ込みを入れていたら……次元爆弾のようにいつかは崩れる。
「炭鉱の見学だと言っていたから、あの時は全く不審にも思わなかった」
「なるほど。すぐさま兵部(井伊直政)に問い合わせる」
豊久の証言を聞いて、三成は足早に立ち去った。
「俺の責任だ……俺があの時、気づいていたら……」
豊久は近くの椅子に座り込んだ。
しばし呆然とする。
「……私でも分からなかったと思う。 炭鉱に細工をするなんて……誰もしないだろうと思い込んでいた」
秀家が豊久の肩に手を添える。
「貴公のせいではない。もちろん治部のせいでもない。今は……誰かの責任を追及するのは止めよう」
秀家は目線を合わせて、豊久の肩を軽く揺さぶる。
「治部の言う通りだ。まずは力を合わせよう」




