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第94話 まだ幕は降ろさない!①

 二刻(4時間)ほど遡る。


「立てるようになったな」


 宮本武蔵は坑内の空間に立った。


 少し前までは、中腰で入っていたが背の高い武蔵でも余裕がある。


 奥行きも50メートル程はある。


「通気口を等間隔で作ってます」


 永井辰之進が上を見上げながら武蔵に話した。


 辰之進の手にはデービー灯がある。


 デービー灯とはランプの芯に、炎を閉じ込めるための鉄製の細かい金網が二重に付いた構造のランプで炭鉱内で使用するために発明された。


 地面近くに置くと、炎の形によって二酸化炭素などの有害なガスをいち早く感知することができる。


 奥で子どものような体躯たいくの男が作業している。


「そろそろ、出るぞ」


 辰之進が声をかけた。


 男の傍らの籠は石炭の石でいっぱいである。


「もう少し」


 小柄な男――南隆之介(りゅうのすけ)は鼻先や頬を真っ黒にしながら振り返った。


「もう陽が暮れる。続きはまた今度」


 辰之進は仕事熱心な隆之介に微笑んだ。


 隆之介は頷きながら手に取った最後の石炭を籠に放り込む。


 武蔵はその光景を少し離れた場所から見ていた。


 目線を上げて坑内を見渡す。


 シッカリした木の枠が坑内を支えている。


 寺社のはりのような太い木枠に手をかける。


 びくともしない――はずだった。


「あれ?」


 指先にザラリとした感覚を感じ、木枠の内側をよくよく観察する。


 複数の切り込みが入っている。


「何だ? これは……」


 もう一歩、奥の木枠を見た。


 同様に深い切り込みが入っている。


「まずい……!」


 武蔵は叫んだ。


「永井! 戻れ!」


 辰之進が振り返った。


 ひどく緩慢な動作に思える。


 武蔵は二人をここから引き摺り出すしかないと思い走った。


 その瞬間、木の枠はメリメリと音を立てて上からの土砂にまみれる。


 轟音が響いた。


 酷い砂埃すなぼこりが消えると、レービー灯の灯りが薄暗く坑内を照らした。


 三人の男の息遣いと、コロコロという石が崩れる微かな音しか聞こえない。


「だ、大丈夫ですか?」


 辰之進が伏せた武蔵に尋ねる。


 南隆之介も、武蔵の肩から小石を払う。


「大丈夫……」


 武蔵は背後を見た。


 完全に坑口は土砂で塞がれている。


「と、閉じ込められたのでしょうか?」


 辰之進の声が震えている。武蔵は上を見あげる。


 通気口がひとつ。


 昏い空を映している。


「……そのようだな」


 武蔵は起き上がり、かろうじて残った空間の木枠を確認する。


 こちらにも切り込みが入っているものの、深くはない。


 ただ崩れるのは時間の問題である。


 空間は6〜7メートルといったところだろうか……不安げな顔がデービー灯に照らされていた。


「名は何と申す?」


「南……隆之介です」


「案ずるな……じきに助けが来る」


 武蔵は子どものような顔の隆之介に気休めを言った。


 万にひとつ助かる道を探さねばならない。


「木枠が……土砂を支えられなかったのですね?」


 辰之進が悔しそうに言った。


「いや……」


 武蔵は大きな目を見開く。


「これは……人為的なもの。すなわち誰かが俺らを殺そうとしてんだよ。殺人だ」


 外から声が聞こえる。


 通気口を通して微かに武蔵の名が呼ばれる。


「ここだーー!」


 武蔵は力いっぱい叫ぶ。


 隆之介が武蔵の肩に子どものように縋り付いた。


「ここです!」


 隆之介も叫ぶ。


「助けを呼んでくるからな!」


 外の男は通気口に向かって叫ぶとそのまま静まり返った。


 武蔵にはそこからの時間が異様に長く感じた。


「お怪我はありませんか?」


 辰之進が水を樽から汲んできた。


 等間隔に樽も設置され、飲む用の柄杓も用意されている。


 武蔵は首を横に振った。


「みんなは?」


 ケガ人はいないようだ。


 永井辰之進も武蔵の傍らに腰を掛けた。


「フフフ」


 辰之進が唐突に笑ったので武蔵は気が触れたのかとびっくりして顔を見つめる。


「失礼……親父に怒られるな、と思いまして」


 辰之進は腕を組んでその頬に笑みを浮かべる。


「二人の兄弟ともに、戦場ではなく労務災害で命を落とすなんて、親父に怒られる」


 辰之進は怒られる、と言いながら懐かしむように語る。


「親父は室町堅気むろまちかたぎ猪武者いのししむしゃで、戦場で命を落とすことを常日頃から切望していたようなところがありました。


 だから天目山てんもくざんの闘いで討ち死できたことは親父にとって何よりの幸福だったでしょう」


 天目山とは、武田勝頼最後の闘いである。


 辰之進の父は武田家家臣か。


「親父に……冥府で会ったら、怒られますね」


 辰之進は呟いた。


 武蔵は辰之進の思慮深い哲学者のような瞳を見た。


「お母さん……」


 か細い声が聞こえた。


 隆之介が膝を抱えて静かに泣いている。


「お母さんに……会いたい」


 思わず武蔵は隆之介の細い肩を抱いた。


「大丈夫! 助けは必ず来る!」


「お母さん……」


「武蔵!!! いるか!!」


 石田三成の声である。


 通気口からだろう。


 頭上から聞こえる。


「石田様ー!」



武蔵は叫んだ。


「おります!! 三人おります! 閉じ込められてます!」


「必ず! 必ず、助けるから!! 待っておれよ!」


「石田様……」


 木枠を何者かによってこわされていたことを伝えたかったが難しいだろう。


 それよりも今は生存する術の模索である。


 武蔵は冷静さを取り戻す。


 入り口の土砂は人の手で取り崩すと、より大きな土砂崩れを誘発してしまいそうだ。


 かといって通気口は小さく細く、また天井高くにある為、そこからの脱出は考えにくい。


 下手に動くと、この唯一の生命線が塞がってしまう可能性もある。


 入り口の土砂を発破し、一気に取り崩す方法もあるが、一瞬でも火を使うため爆発して人もろとも吹っ飛ぶ可能性がある。


 この空間が保たれれば、飲水もあるし通気口から食べ物も入るだろうから、何日かは過ごせる。


 ただ……そこからは何らかの方法で脱出を図る以外生存の道はない。


 怖いのは、二回目の土砂崩れと、鉄砲水の発生である。


 大谷刑部の天気予報では雨で、川が増水する危険があるとのことだった。


 また、ガスが発生する危険性も大いにある。


 武蔵の頭がようやく普段の怜悧れいりさを取り戻す。


 誰が、何の目的で? 


 炭鉱は言わずとしれた東西の共同事業である。


 事故を起こしたところで、莫大な人員をかけた両軍にとってデメリットしかない。


 強いて言うなら、炭鉱事業にいの一番に乗り出した石田三成の失脚のためだろうか。


 そのためだけに――まさか。


 生きて帰る。


 必ずや生きて、この悪辣あくらつな企みを白日の下に晒してやる。


「そうか……そうだったんだ。俺が西軍についた意味がようやく分かった。

 このためだったんだ……親父、俺は必ず生きて戻る。必ずや生きて戻るぞ!」

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