第9話 使者がいない!
宇喜多秀家が大垣城の三の丸大手門で待ち構えていた。
「治部、どうする?」
「俺に用なのでしょう? もちろん会いますよ」
馬を厩舎に繋いで、本丸に向かって秀家と三成は並んで歩いた。
秀家の白面の顔がいつもより少し強張っている。
「左近が今、応対している。恵瓊殿はカンカンに怒っていたぞ」
「恵瓊殿が? なぜ?」
秀家は唇の端を器用に歪ませた。
「内府の使者は名も無い木っ葉役人のようだ、と……時が時なら、鼻と耳を削いで追い返してやると」
「フフ。それはそれは、コワイことで」
広間の客は二人。
それを大勢の西軍諸侯で取り囲んでいる。
三成がわざと足音を大きく響かせて忙しない様子で入ってきても、使者たちは跪き頭を下げたまま微動だにしなかった。
三成は上座にドカッと座った。
「治部少輔三成である。面を挙げてくだされ」
一人は豊かな髭を蓄え眉の濃い武者らしい男で、もう一人はツルリとした肌の目の細く唇の薄い男だった。
二人は一度目を素早く見合わせ、懐に入れた書状を恭しく三成に差し出した。
驚いたことに書状にはロウで「緘」がされている。
「緘」は宛先の者以外が手紙を先に読むのを防ぐため、かつて三成が発案したものである。
三成は書状にさっと目を通した。
「左近……」
横に控えていた左近に渡す。
左近は素早く書状に目を通した後、にこやかに二人に向き合った。
「ご苦労さまです。殿がかように書状を確かに承りました。疲れたでしょうから、茶を出しますゆえ少々お待ち下さい」
「上様からその場でお読みいただきすぐに返事を頂戴するよう、申し使ってございます。この場で直ちにお返事頂戴つかまつりたい」
髭の武者が低く重々しい声を響かせた。
ツルリとした男の方の肌が見る見る内に紅潮する。
彼らは三成をキッと睨みつけた。
(上様か……)
この二人にとって、内府は紛れもなく上様であり、彼らは内府の命令とあれば死ぬ覚悟であることを自分に見せようとしている。
三成は思った。
内府は名は無くともそういった覚悟を持った男たちを遣わせたのである。
行長が言うように内府は既に混乱を収め、隊規を整え、厳然なる軍人国家の外郭を確立しているようだ。
左近が書の内容を分かりやすくその場に集まった諸侯に説明した。
「明後日の夕刻、一回目の和議に向けての協議をしたい旨、内府様から書状を受け取りました。
協議のメンバーは東軍は、松平忠吉殿、黒田長政殿、本多忠勝殿の三名。こちら側も三名を選び、清洲城内にて開催したい旨……」
「清洲で?!」
恵瓊が慌てて異議を唱えた。
「敵陣で協議など、まとまらなければ殺されるのがオチだろう。そもそもまとめる気があるのかも疑わしい」
そうだ、そうだ、と口々に声が挙がる。
「まあまあ、流石に和議の使者を殺すようなそんなマネはしないですよね」
場を和ませるためか陽気な口調で左近が言った。
二人の使者は同時に頷いた。
二人からは嘘の臭いがしなかった。
画策がある訳ではなさそうだ。
まあ、画策があったとしてもこの二人が知る訳がないだろうが。
「分かりました。和議に向けた協議、お受けしましょう。しかしながらこちらの使者三名の名をすぐにお応えするのは難しい。
でもキチンと三名使者をお出しいたします。それで良いですか?」
三成の返答にツルリとした顔の男が細い目を瞬かせながら応えた。
「申し訳ありませんが、治部様以外と申し使ってございます。そちらのほう、お間違えのなきよう」
「うん、わかったよ。俺ではダメなのね。書状の終わりの方に書いてあったもんね」
「はっ」
二人の使者はようやく安堵したように息を吐いた。
「左近、お二人に熱いお茶淹れてあげて」
使者の二人は別の間で熱いお茶と貴重なアンコを美味そうに食べている。
「肝が据わってますね〜流石は内府のご使者」
左近が顎を触りながら使者たちを褒めた。
「治部、どうする?」
秀家から三成へ本日二度目の質問である。
「やっぱりまずは宇喜多様しかおられますまい」
「やはり、そうであろうな。私ほど血筋が良く、弁が立ち、オマケに顔の良い男は他に居ないであろうから……話に説得力を持たせ交渉を有利に運ぶには他でもない……やはり私」
秀家はうっとりと自らの頬を撫でた。
「ゴホンゴホン。待たれよ。弁が立つと言えばわしだろう」
恵瓊が名乗りでた。
怖がってたくせに、交渉事となると外交僧の血が騒ぐのだろう。
そこへ左近が異議を唱える。
「いや、ありがたいですが恵瓊様はいかにもマズイ。西軍臭が強すぎる」
「西軍臭……とな……?」
「確かに。なぁ、長束殿」
振り返った三成に突然声を掛けられ、長束正家は目を白黒させた。
「ここは、長束殿の力をお借りして」
「ちょ、ちょっと待った。なぜ私めが。私は算術しか取り柄のない男! 大事な交渉は他の人でお願いしたい! な、なぜ私が……」
「なぜって、ねぇ……」
三成の問いかけにその場の全員から目線が長束正家の青白い頬に向けられた。
いつもは伏せがちな正家の目が細かく泳ぐ。
「私が……私が裏切り者だから?」
「そうだ」
三成は言い切った。
長束正家は西軍の中枢にありながら、家康と内通。
ところが本戦後まとまっていたであろう降伏は反故にされ切腹に追い込まれている。
「東軍の連中は、君にだったら安心して本音を打ち明けるかもしれない。
いいか藤兵衛、ちょっと後ろめたいと感じてるんだろう……だったらここに居るみんな、西軍のみんなのために交渉するんだ。
今度はみんなのために一肌脱いでもらいたい。なんなら相手方に義兄の本多殿がいるのだし。
君しかいない、頼むよ」
正家の妻は家康の重臣・本多忠勝の妹である。
正家の目は既にいつもの昏く落ち着きはらった目に戻っていた。
彼は息を長く吐いた後、微かに頷いた。
【本多忠勝】 江戸初期の大名。伊勢の桑名城主。三河の人。通称、平八郎。徳川家康に仕え、武勇をもって知られた。死ぬまで戦でかすり傷すら負ったことがないことでも有名。徳川四天王の一人。




