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第8話 心がない!

「こーにーたーーん!」


 小西行長は地面に屈んだ体勢で眉を顰め、声のする方を振り返った。


 行長の目は200メートルほど先から三成が茶色の愛馬で駆けてくるのを捉えた。


「どうしたー!?」


 行長は叫び返した。久々に思い切り出した声は山々にコダマした。


 赤茶けた痩せた土地の木の切り株に腰を下ろして並んで握り飯を食べる。


 行長と三成は秋晴れの空を見ていた。


「雨が全然降らないな。水不足になりそうだね」


 手についた米を丁寧に食べながら三成が話しかける。


 水不足どころではない。このままでいくと飢饉になる、と行長は危惧する。


 三成は行長に、これまでの西軍兵士らの簡単な動向を説明した。


 ひとまず大垣城と大垣城下に無傷で残されていた屋敷や民家に兵士たちをなんとか押し込めた。


 いろいろ不満はあるだろうが、まずは雨風は防げる状態である。


 大垣城二の丸には大広間の隣に「執務室」と呼ばれる会議室が併設され、三成や長束正家ら奉行経験者を中心に今後の方針が取りまとめられている。


 行長は三成の話が終わると、何も言わずに握り飯の礼に軽く頭を下げた。すぐに作業に戻ろうとする。


「ちょ、ちょっと待って! 何やってるの?」


「薪になるような木くずを拾ってる。冬に備えてね」


「なるほど……」


 行長は友の所在なげな姿に手を止めた。


 こういう時たいてい三成は迷っているのである。


「昨日の会議に来なかったね」


 いちおう、行長も声をかけてられている。


「……すまないけど、もう会議には出るつもりはない」


 ハッと三成は目を見開いた。


「いやいや、おぬしらに何か問題があってのことではない。私の心の問題なんだ。ただ私は少し疲れたのだ。休みたい」


「薪は拾ってるじゃん」


「……考えることを休みたいのだ」


 行長は綺麗な歯並びを見せて力なく笑った。


 裕福な商人の出でいつも綺羅びやかな着物と洗練された佇まい。


 三成にとっては、舶来品はもちろん最先端の流行は全て行長から教えてもらった。


 彼の説く「ゼウスの教え」にはあまり興味を持てなかったが。


 今の行長は髪は乱れ顎周りの髭は無造作で、服装は赤茶けた土に汚れていた。


 まるで荒野に潜む幽鬼のようである。


 友人の三成が困惑するのも無理はない。


 三成は行長の大きな背中を見つめた。


「治部よ、私は今でも夢に見るのだ。戦の……戦場の生々しい光景を……私がしてきたこと。愚かで無意味な殺戮……その全てを忘れたい」


 行長は奥歯をすり減らすように低い声で吐露した。


「仕方なかったのだ。俺らは軍人だったし。時代が時代だったし。それに俺とおぬしで止めようとはしていたじゃないか……非公式だったけど」


「そう、我々は軍人だったし今も軍人だ。軍人だからコントロールできるし、私への握り飯の配給も混乱を来さずにできる……ただこれからは違うぞ、治部」


 三成も行長と並んで木の端を拾い始めた。


 小さい木の端は火を起こすのにちょうど良い。


「自由をひとたび知ってしまえば、コントロールは利かない。

 やがて自我が目覚めうねりとなって我らに襲いかかる。

 自由の行使は責任を伴う……が、彼らはすぐには分からぬだろう」


「なるほど……それを心配してるのか? ならば教会を建てるのはどうだろう。みんなの心の拠り所になるような。貴公に司祭様になってもらって」


「信仰をコントロールの手段にしたくはない」


「うーん……」


 行長の性質がめちゃくちゃ生真面目であることを三成は知っていた。


 そして頑固である。


 頑固であるがゆえ、加藤清正との軋轢も生じてしまった。


「治部……内府に降伏しろ」


 行長の言葉に三成は立ち上がり、パンパンと袴の砂を落とした。


「悪いことは言わない。降伏しろ。それも無条件にだ。今ならば内府も悪いようにはしないだろう。

 なんなら私とおぬしと恵瓊殿で頭を下げれば内府だってさすがに悪い気はしないだろう。みんなを、西軍のみんなを救うにはそれしかない」


 行長はなおも畳み掛けた。


「自由は……今の我々にはまだ扱えない。内府ならばある程度統制の効いた、軍人の軍人による社会体制を築けるだろう。

 治部、体制を築くには人望やそれに裏打ちされた理念が必要なのだ」


「理念なら俺にだってある」


「おぬしにあるのは理念だけだろう? 誰がそんなもの理解できると言うのだ?」


 思い切り風が吹き、砂ぼこりが三成の目に入った。


 顔を押さえながらしばし下を向いてうずくまる。


「弥九郎よ……」


 三成は敢えて行長を幼名で呼んだ。


「これを見ろよ。今は痩せた土地だが、これを見てくれ」


 行長は赤茶けた土の上の黒く光る砂を見た。


「……鉄か?」


 三成は頷く。


 「内府がこれをみすみす見逃すはずないだろ」


 確かに降伏をすれば今いる土地は追われてしまうに違いない。


「……やってみなければ分からぬだろう」


「……ふん」


 三成は涙目で鼻を啜った。


「分かった。降伏ね……そうだな、難しいけどやってみよう。

 でもあの海の底にはレアアースが埋まっていて、鉄どころではない巨大な富がもたらされるかも。その時に降伏を早まったと嘆いても遅いぞ」


 行長は思わず笑った。

 安堵の笑顔だった。


「とーのーー!」


 行長と三成は声の方を振り返った。


「あ! 勘兵衛だ。どうしたーー?!」


「火急の報せでーす!」


 砂ぼこりを上げて渡辺勘兵衛が颯爽と馬を走らせている。


 彼は二人に近づくと一切無駄のない動きで馬から降りた。


「内府から、東軍から、使者が参りました!」




【小西行長】 安土桃山時代の武将。和泉の人。幼名は弥九郎。受洗名アウグスティヌス。堺の豪商の子。豊臣秀吉に仕え、文禄の役・慶長の役に活躍。秀吉の死後、石田三成らと行動をともにし、関ヶ原の戦いに敗れ、斬首。

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