第7話 女がいない!
大谷刑部が大垣に着いた頃には日が沈みかけていた。
「誰もいないねぇ」
「うん……」
中庭に面した縁側に腰掛けながら三成は軽く頷いた。
正直、予想はしていた。
「普通に考えれば、関ヶ原以外の地にいた者は悉く消え……てか、関ヶ原に居た俺らが別世界にタイムスリップしてしまったのかな? 治部よ」
「そのようだなぁ」
大谷は干柿を差し出した。
「また、縁起の悪いものを」
「そう言わずに食え。体力がもたんぞ」
大谷はドカッと隣に座る。
背後を見回すと、みな8時間超えの行軍に言葉少なだった。
「混乱は?」
「ない。ありがたいことに」
「そうか。でも後発隊はそうもいかんだろうな」
先ほど到着した宇喜多秀家は涙目だった。
「治部……どうしたことか、人の姿が見えぬ。井戸水を貰おうと集落に寄ってももぬけの殻だった。治部……それよりも……お、女、女という女がひとりもいないのだが……まさか、この世の女がみな消えてしまったのでは……?」
「もしかしたら集団で安全なところに隠れてるのかも。まあ直に出てくるでしょう」
三成は気休めを言って秀家を慰めるしかなかった。
「なんとか収拾つけないと」
「治部、兵糧はどのくらい持ちそうか?」
大垣城は籠城に備え、かなりの量の兵糧を貯め込んでいた。
それはそのままそっくり残っている。
「大垣に戻る兵士はどのくらいかな?」
大谷は素早く試算した。
「ざっと4万くらいじゃないか?」
「3万8千飛んで12人」
声に振り返ると長束正家の姿があった。
算術に長け主に検地で活躍したこの能吏はヒョロリとた体躯に青白い頬をしている。
正家は腰を屈めるといきなり三成の右腕と大谷の左腕を持ち、内側に墨で丸をした。
「私が到着してから今まで、数えた兵士の数です。これで3万8千飛んで14人」
「ご、ご苦労さま…」
勢いに押されつつ三成は正家を労った。
「数えるのには手分けしましたからお気になさらず。これでほとんどの兵が大垣城下もしくは大垣城に入りました」
時間を惜しむように早口で正家が答える。
「ほとんど?」
「島津隊は関ヶ原に残られましたから」
「まだ俺のこと怒ってるのかな?」
「さぁ、私が見た時はキャンプファイヤーとか、バーベキューとかしてましたから、そういうわけじゃないんじゃないですか?」
「バーベキュー……」
スタッと腰を上げて正家は踵を返し、腕の印がまだの者を探しに行った。
「兵糧はもって一年かなぁ」
三成は正家の背中を見送って呟いた。
「米が収穫されたあとで良かったね。不幸中の幸いだった」
「徳川方に持っていかれてたら万事休すだったな。偶然とは言え大垣に戦意アリと見せ掛けてくれた又兵衛に感謝しなくちゃ」
「又兵衛?」
三成は大谷に大垣城に入った時の様子を話した。
左近に背中を思い切り踏まれたことも。
大谷は白い歯を見せて爽やかに笑う。
「治部よ、これを見てみろ」
大谷は右手の手のひらを三成に見せた。
戦国武将とは思えぬ指の長い綺麗な手である。
「ここに、真っすぐ傷があるだろ?」
「そうだな、うっすらと」
三成は傷を指でなぞった。
「実は今朝方付いた傷だ」
「え?」
「ほら、もうこんなに治っているんだ」
大谷は自らの手を愛おしげに見つめた。
「今朝、川で水を汲んでいたのだが、バランスを崩して岩場に手をついた。ほんと、ザックリいっちゃって血の気が引いたよ。
でも、この通り。つまりは俺らは病を得ないだけではなく、外傷の回復力もずっと強くなってるのだ」
三成は今一度大谷の手のひらをよく見た。傷はほとんど塞がり消えかかっている。
「俺らは不老不死の可能性があるってわけだ」
「信じられないな……」
「あの男を見ろ」
大谷が中庭で談笑している男を指差した。
「川で魚を焼いてたんだが、よほど空腹だったのか、生焼けで食べてしまった。
注意したのに。
先ほどまで腹痛に苦しんでいたが、あの通り今はケロリ。寄生虫にやられたんじゃないかと心配したのだが」
三成は小さく頷いた。
「不老不死。そうかもしれない」
「だったら楽しまないと、ね?」
大谷の無邪気さに三成は苦笑した。
「楽しむったって、この世に女もいないのに?」
「俺は病になったから健康の有り難さを誰よりも知ってるし、実感してる。だからこうやって生きてること自体が凄く嬉しいんだ。
例えば毎日朝日が昇ったり、木々が揺れていたり、誰かが笑っていたり、そんなことで楽しいんだ。生きてる心地がするんだよね。
だから、この世界は……どんな世界なのか、何なのか知らないけどね……俺にとっては凄く……」
「握り飯が出来ましたー!」
左近の良く通る声が響いた。
「ダメ! ひとり2個まで!」
三成は思わず笑った。左近が慌てて注意する姿が可笑しかった。
「治部、収拾つけてくれよな」
「え?」
「俺のために、この世界と折り合いつけて、収拾つけてくれ。お前がみんなをここに呼んだのだろう?
関ヶ原の責任はお前にあるのだから責任取って頑張れ」
「俺が呼んだのかなぁ?」
三成は頭を掻いた。
「まあ、頑張れ! とりあえず応援はしておく」
大谷は握り飯のある場所まで軽やかに走って行った。
【長束正家】 安土桃山時代の武将。幼名は藤兵衛。丹羽長秀、のち豊臣秀吉に仕え、財政をつかさどった。五奉行の一人。関ヶ原の戦いに敗れて自刃。




