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第6話 人がいない!

「というわけで、大垣城に戻る!」


 闇夜に紛れて大軍で動く案も出たが、大事を期してまずは日の昇りきらない内に50名ほどの小隊で入ることとなった。


 三成は妹の顔を思い浮かべていた。


 関ヶ原に出陣する自分を心配で仕方ないという面持ちで見守っていた妹・志野。


 兄の三成とは似ても似つかなぬおっとりした気性だ。


 もし生きて会えるのなら――


「殿は突然変異ですよね」


 隊列の先頭で共に鞍を並べている左近が軽口を叩いた。


「何が?」


「だって、石田家の面々って全体的におっとりした人が多いじゃないですか? お兄様も、お父様も。人格者というか」


「俺も人格者だろ?」


「いやいや、殿はなんだか周りと喧嘩ばっかしてますよ。ふふふ」


「そうかなぁ。じゃあきっと、周りが頭オカシイんじゃない? ふふふ」


 三成は佐和山が消えたことを左近や一部の家臣を除いて黙っていた。


 言えば自暴自棄になる者もでるだろう。


 石田隊の兵士たちは、大垣城に戻れば縁戚に会える者も多い。


 潜んでいる東軍勢の急襲の可能性があるとはいえ味方に会えることに縋る思いに違いない。


 みな心身ともに草臥れているのである。


 真昼の太陽に照らされた大垣城が見えた時、疲労の色の濃かった家臣たちの顔に輝きが戻った。


 しかしすぐにそれは消えた。


 大垣の城下町に入ったところで、異様な雰囲気に一行の誰しもが気付いた。

 

 家族に会える―― だが、大垣が合戦前と変わらなければ、である。


「……人がひとりもいませんねぇ……」


 左近が顎に手をやりながら呟く。


 城下町はもぬけの殻だった。


「東軍に燃やされると思って大方逃げたのだろう……」


 三成が街の様子を横目に見ながら答える。


 シンと静まり返った街はさながら時代劇のセットである。


 大垣城の三の丸大手門に近づいても人の気配は一向に感じなかった。


 不安を振り払うように三成は叫んだ。


長堯ながたかどのー! 石田隊、参上つかまっったー! 戻ったぞー! 門を開けてくだされー!」


 家臣のひとりがサッと家紋の入った旗印を掲げる。


 三成のシンボルマーク大一大万大吉がはためいた。


「長堯どのー!」


 城に声が跳ね返ってコダマする。


 三成は馬の手綱を引きながら、器用にその場を旋回した。


――ひゅん!


 三成の馬の足先至近距離に矢が突き刺さった。

馬がいなないて前脚を上げる。


「わぁ!」


「殿! みんな、引けー!」


 次の矢が飛んでくる。


 当たらなかったが、小隊は50メートルほど門から離れ後退した。


「どうなってる?!」


「殿、これを…」


 いつのまにか先ほどの地面に突き刺さったやじりを左近が掴んでいた。


 竹矢の中央部にハッキリと福原家の家紋【三つ巴】が記されている。


「これは一体……?」


「弓矢の射手はひとりでしょう。間隔で分かる。ひとりで矢を撃っています」


「左近……!」


 左近は真っすぐ大手門に向かって早駆けた。


 その様子に恐れをなしたのか、やぐらに人影が見え、バタバタと走る足音が響いた。 左近が叫んだ。


「殿! 人間ピラミッド!」


「はぁ?」


「早く! 逃げちゃう!」


 小隊も急いで大手門前まで戻り、素早く人間ピラミッドを形成した。


「痛たたた!」


「殿! すみません!」


 ズシリと重い左近は信じられないような身軽さで三成の背中を蹴り、大手門を突破した。


 そうやってようやく踏み入れた城内も人気はなく、誰もが待ちわびた家族との再会は誰も叶わなかった。


 左近が首根っこを掴んでいたのはまだ年端もいかない子どもに見える。


「まったく……主君の背中を踏んづけていく奴があるかよ」


 痛めた背中を気にしながら、三成は恨みがましい目線を左近に投げかけた。


「すみません……緊急でしたから」


 言葉とは裏腹に左近に悪びれる様子はない。


「なんで撃ったの? 危ないでしょ。左近、君のせいで怒られちゃったよ」


「うるせーなー、何なんだよ。一体」


 首根っこを掴まれたクソガキは左近に悪態を付き、三成を睨めつけた。


「お前、福原家の家臣じゃないな。名を名乗れ」


「名前を聞きたいなら、あんたこそ答えなよ」


「俺は石田治部しょ…」


「知ってるよ」

 クソガキは答えた。


「あんたたち、知ってる。でもここに来たのはオレが先なんだけど」


「殿が名乗ったのだから、そちらも名乗りなさい」


 クソガキは太々しい態度だったが左近の低い声に圧を感じたのか、少し逡巡したあと名乗った。


「オレは…天才絵師! 岩佐又兵衛!」


 三成と左近は顔を見合わせた。


「天才絵師とやら、何でここに居る?」


「……又兵衛でいいよ。てか、首を掴むな! オレは子どもじゃない! 立派な成人男性だっての!」


 経緯はこうである。


 関ヶ原合戦当日、又兵衛は合戦を絵にしようと関ヶ原を見渡せる丘に陣取り、握り飯を食べていた。


 同じような見物客に弁当を売ろうと集まっていた飯炊き女が周りを囲み、又兵衛が器用に紙に筆を走らせるのをもの珍しそうに見ていたという。


「こう見えて、けっこうモテるもんで」


  又兵衛は、その中のちょっと可愛いと思った女の子を誘い、筆をしまって少し散歩に出かけた。


 勢い良く吹いた風に押されて女の子が関ヶ原盆地に立ち入る形で倒れ込んだ。


 自分も足を取られたところに、雷鳴が轟き、気がついたら隣に居た女の子も、他の飯炊き女も他の見物客も消えていた。


「オレは何か、とんでもないことが起こったとピンときて、すぐに関ヶ原を抜けてこの城に入ったんだ。だからここはオレの城。オレが先」


 又兵衛は強い言葉とは対照的に不安そうな顔をした。


「そうか……それは、大変だったな。だがこの城は俺の親戚の持ち物だから接収する。一室を与えるからゆっくり休め」


「だーかーらー、おたくらが不法侵入だって!」


 左近が又兵衛の襟を掴んで連れて行こうとした。

 振り返って又兵衛が叫ぶ。


「そ、そういえば、あんたらの前にも来てたよ!」


「なに?」


「たぶん、徳川方だよ。赤備えだったもん。火縄銃で脅したら逃げて行ったけど」


 赤備えと言ったら真田勢か、井伊勢である。


 真田は上田で秀忠隊を足止めしているだろうからこちらに来られるはずがない。


 大垣に現れのは井伊の家臣だろう。


 だとしたら又兵衛が威嚇射撃をしたことに感謝せねばならない。


「火縄銃、使えるのか?」


「だってオレ、武家の出よ」


 そういえば岩佐又兵衛は戦国大名・荒木村重の落し胤であることを三成は思い出した。


「確か、細川家の縁者だっただろ? なぜ細川三斎(忠興)を頼らないのだ?」


「なんでって……そりゃそうでしょ。三斎はマジでヤバいもん」


「ふ、ははは」


 身内からも怖がられる三斎の苦虫を噛み潰したような顔を思い浮かべ、思わず三成の喉から乾いた笑いが出た。


「頭オカシイよ……ほんと……三斎は」

 又兵衛はシミジミと言った。


「そうそう! 沸点が分かんないもんね。親戚にもそうなんだ! 俺も長い付き合いだけど本当によく分かんなくて」


「親戚とか、あいつには関係ないよ。マジですぐに怒りすぎ! 意味わかんないもん」


 忠興に聴かれたら間違いなく殺されるだろう悪口がポンポン出てくる。


 共通の悪口は人を結束させるものだ。左近は苦笑いを浮かべて主君と絵師のやり取りを見守った。




【岩佐又兵衛】 江戸初期の画家。戦国武将荒木村重の末子。又兵衛は通称。初め福井に住み、晩年を江戸で過ごした。土佐派・雲谷派など和漢の画法を学び、人物画などに独自の画風を展開した。浮世又兵衛ともよばれ、浮世絵の創始者とする説もある。

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