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第5話 城がない!

 会議の翌朝、三成はまたも懐かしい顔を見た。


恵瓊えけいどの!」


「おお! 治部〜」


 安国寺恵瓊あんこくじえけいは痩せた黒馬に跨って這々の体でやって来た。


 南宮山に布陣した恵瓊ら一行は東軍へ帰参する毛利本隊には加わらず、夜陰に紛れ密かに西軍陣地へ移動してきたのだ。


「ご苦労でしたな」


「生きた心地しなかったぞ」


 顔は若返ってイタズラ小僧のようだが、眼の奥は老成して鋭い。


 分厚い唇を曲げて異形の外交僧はガハハと笑った。


「残念ながら秀元は、東軍とともに引き返した」

「いやいや、仕方のないことです」


 三成な毛利秀元の眉の濃い、武骨で真っすぐな表情を思い浮かべた。


 決戦当日、カラ弁当を決め込んだ毛利勢の中で東軍への闘争心が消えなかった熱血漢である。


「南宮山にいた長宗我部殿も、長束殿も昨日の夜にはこちらに来られていました」


「わしもすぐに来たかったのだが、秀元と(吉川)広家が揉めてな…わしは仲裁に入っておった。あちらサイドも大混乱よ」


「やはり同じことが起こったので?」


 経緯は同じである。


 但しあの雷が起こったあと、東軍は揉めた。


 黒田長政と小早川秀秋が戦の続行を主張したのである。


「アホか!」


 三成は吐き捨てた。


 各隊の伝令が走りまわった。


 まず停戦を主張したのは意外にも福島正則である。

 吉川広家が正則に同意し、細川(長岡)忠興、加藤嘉明、藤堂高虎、浅野幸長あさのよしなが、池田輝政ら続いて同意した。


 内府の元に各隊連名の書状がまとめられ、一時撤退が決まった。


 それまで実に5日が費やされたのである。


「おぬしらが全然引かないからじゃろが。ヤケクソになった西軍がいつ襲いかかるかヒヤヒヤしたぞ」


「いや……まあ……」


 三成の眉間にシワが寄る。

 引かなかったのではない。引けなかったのである。


「実は……引ける城がありません」


「はぁ? おぬしの佐和山に引けばよかろう?」


「その佐和山が……ありません」


「はぁぁ?」


――三成に過ぎたるものが二つあり 島の左近と佐和山の城―― 有名な落首である。


 近江の佐和山は三成が太閤秀吉から任された京と東国を繋ぐ交通の要衝であり、家康との大事が起こった際、京や大坂前で食い止める守りの拠点でもある。


 城の造りは簡素だが三成の父・正継が文字通り命を懸けて造りあげた防御性の高い城であった。


 そして、その城は忽然と消えた。


 雷のすぐあと、三成隊は幾分かの人数を割き佐和山に兵を走らせたが城を見つけられず戻ってきたのだ。


 佐和山の方面には深く青い海が広がっていた。対岸な全く見えなかった。


――佐和山は琵琶湖の底に沈んだ?

―― 家臣たちに動揺が走った。


「本当か……?」


「わかりません。ただ我が家臣たちは佐和山に家族を残してますから、嘘をつく理由がない」


 三成は記憶の中にある妻・宇多の顔を思い浮かべた。

 ぼぅっと浮かび上がった妻は何も言わず静かに微笑んでいる。


「それにしても、よく捕縛されませんでしたね?」


 三成は沈み込みそうになる心に引きずられぬように話題を変えた。


「おう……! いやいや、あちらさんも大混乱。わしにかまけてる暇はなかったろうよ……ただ」


 恵瓊は三成の肩にそっと手を置いて、ニッと笑った。


「内府の遣いにちらっと会ったぞ」


 松平忠吉が吉川広家と小早川秀秋の隊を往復している時に恵瓊にも面会を申し込んで来たらしい。


「忠吉……あの若武者は大胆な奴だな……直接わしに意見を求めおったわ」


「……答えたので?」


「いや、意見なんてないと言ってふて寝してやったわ。ふはは」


 家康サイドもこの事象に説明を求めているということか。

 誰でもいいから答えを持っていたら、知りたい。


「これからどうする?」


「野営は明日までが限界です……」


 三成はため息交じりに続けた。


「ご存知やもしれませぬが、兵士の数は日に日に減っています……はじめから東軍に内応していた者もおったとは思いますが、やはりこちらの陣営を抜け出して、東軍の知り合いに頼み込んで入れてもらう者が後を絶ちません」


「ま、こっちは史実的には完全なる敗者だからねぇ……」


 悲壮感漂うようなセリフだが、恵瓊は暢気に呟いた。


「今、攻め込まれたら九分九厘負けます。ただ攻め込むバカがいますかね。わざわざ戦を仕掛けますかね?」


「そうねぇ……」


 恵瓊は胡乱げな目で三成を見た。


「内府がこのままの状況を許すほど甘い男とは思わないけど」


「そういえば内府は一体どこまで引いたのです? ご存じで?」


 恵瓊は再びニンマリした。


「わしが掴んでいないわけなかろ。まず清洲、ついで岡崎、いずれかに入る」


「お、大垣はスルーしてくれたのか?」


「まあ、そういうことだ」


 恵瓊は三成の華奢な背中を強めに叩いた。


 大垣城は三成の妹婿・福原長堯ふくはらながたかが守る城である。


 本来であれば、今か今かと関ヶ原合戦の趨勢の報せを待ちわびているに違いない。

 本来であれば。




【安国寺恵瓊】 安土桃山時代の臨済宗の僧。安芸の人。織田信長の横死を予言したことで知られる。豊臣秀吉の信任を得て寺領を与えられ、東福寺・安国寺を復興。関ヶ原の戦いには石田三成側につき、斬首。

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