第4話 わからない!
日が暮れて三成の陣のある笹尾山に、各西軍諸侯が集まりだした。
南宮山に布陣していた長宗我部盛親と長束正家も先ほど帰陣し会議に加わった。
「治部、この状況をどう説明する?」
口火を切ったのは宇喜多中納言秀家……眉の太い凛々しい目元の美青年である。
「さぁ…ただ言えるのはあの雷の後、みな倒れて意識を失っている間に、時空を超えて21世紀、すなわち令和の記憶を持ったまま、この場所に戻り……ついでにみんな若返って。
不思議すぎる。左近なんかジジイだったのに」
「私も不思議だ、治部。あの雷はなんだったのか?
戦に明け暮れた我々に対する神の鉄槌、あるいは。いや、わからぬ。
あの時この秀家、身体が時空を超えた感覚はしたものの、自我の存在は全くブレることなく……私は私であり続けた……」
「あのぉ」
震える声で会話に入ってきたのは長宗我部盛親である。
おずおずと周囲にペコリと会釈して続けた。
「私なんかは、実はあまりこちら……いわゆる戦国時代なんですかね……その記憶がほとんどないんです。
なんか夢の中にいるみたいで、何が何やら。不安で……よ、夜も眠れなくて……みなさん、みなさんはどうしてここにいるのですか?
なんで私はここにいるのでしょうか?」
「なりゆきです」
三成が短く答えた。
「……な、なりゆき?」
「そう、長宗我部殿はなりゆきです。西軍についたのもまぁ全てなりゆきです」
「な……なるほど」
全然納得感のないまま盛親は口を噤んだ。
因みに長宗我部隊は西軍に付こうとして付いたわけではなく、西軍が設けていた関所を越えられず已む無く西軍に付いたという経緯があった。
「実は」
三成の後ろに控えた戸田内記が助け舟を出す。
「自分もそうです。みなさんは圧倒的に戦国時代の記憶を持っていて、現代の記憶が曖昧かと思いますが、自分は逆です。
長宗我部様同様、この時代の記憶が曖昧で、どちらかと言うと現代の記憶……例えば僕は大学生だったとおもうんですが、本当にくだらない小さなことを覚えてるんですよね。
好きなゲームとか、サークルの仲間とカラオケ行ったとか」
「え? 何歌うの?」
「左近、今じゃない」
三成はふぅっと息を吐いた。
「そうか……逆に俺はあんまり令和の記憶がない……。
でもそこにいて、そこで生きてた、確かに未来に生きてた記憶はある……でも関ヶ原を生きてた時のほうが実感があるというか……」
「俺もそうだ」
三成の言葉を大谷が引き継いだ。
「令和の記憶はあまり無し」
開戦前、大谷は白い頭巾を被っていたが今は被っていない。
大谷の顔に病の兆しは無く、ハツラツとした美男ぶりを堂々と晒していた。
「私も」
和蝋燭を灯した燭台をユラユラと揺らしながら小西行長も答えた。
胸にかけた大きな十字架に炎がぼんやりと映っている。
その後もこの場に集まった男たち――いわゆる指揮官クラスであったが――は口々に、自分自身について話し始めた。
誰もが不安で誰もが何も答えを持っていなかった。
小さな椀に縄を湯で浸した芋がら縄だけを啜って気持ちを落ち着かせようとしている。
「あれ? 島津殿は?」
三成が左近に問いかけた。
「あれ? いませんねぇ。内記くん、知ってる?」
「さっき、八十島さんが呼びに行ってましたよ」
三成が慌てて立ち上がって椀を倒した。
「あーあー、殿ったらもったいない」
「左近、なんで八十島に行かせるんだよ!」
「知りませんよ。勝手に行っちゃったんだから。それより、殿は今度こそ島津さんに寝首を掻かれないようにご注意ですね」
三成は頭を抱えた。
八十島は関ヶ原本戦では馬上から島津隊に指示をして、激怒させるような男なのである。
【長宗我部盛親】 安土桃山時代の大名。土佐守。元親の四男。関ヶ原の戦いで西軍に属し、戦後所領を没収。大坂の陣で大坂に入城、豊臣方についたが敗れ、京六条河原で斬首。
【宇喜多秀家】 安土桃山時代の武将。通称・八郎。豊臣秀吉に仕え、四国・九州・小田原征討で軍功をあげ、文禄・慶長の役に参戦、五大老の一人となった。関ヶ原の戦いに敗れ、八丈島に配流。没した。享年84。
【八十島助左衛門】 三成の家臣。祐筆をつとめた。慶長3年(1598年)8月、豊臣秀吉が没すると、その旨を徳川家康に報告している。 慶長5年(1600年)関ヶ原の戦いの際、主君三成の命を受けて、攻撃をしない島津家に対する使番をつとめた。 島津豊久の家臣を激怒させたため、その後陣に帰ったとも、恥じて離脱したともいう。磯野平三郎は、助左衛門を強く批判し、「関ヶ原八十島とかけて逃げ出でぬと人には告げよあまりの憎さに」と歌を詠んだと伝わる。 戦後、藤堂高虎に召し抱えられた。




