第3話 紙がない!
――わが魂よ、汝は長期間とらわれの身にあり、いまや汝の牢獄から去り、この肉体の障害から免れる時機に来たり
喜びと勇気を持ちてこの離別を忍べ
――デカルト
「島様ー! 敵陣が動き出しました! 小早川が引きましてございます」
先刻、斥候に向かわせた者が息も絶え絶えに戻ってきた。
島左近清興は鍛え上げた逞しい腕で己の太股を打った。
「よし! よぉし! ようやく引いたか……遅いよ、まったく!」
長かった。
関ヶ原に布陣して、はや6日目。
季節外れの猛暑の陽射しは兵士たちの項を焼き、意図しない長期に渡る野営で兵糧も飲水も底が尽きかけていた。
松尾山に布陣した小早川秀秋がようやく山を降りはじめ、脇坂や朽木らの隊列を巻き込んで、東へ引いていったのは既に夕刻である。
夜陰に紛れて内府(家康)の本隊も続くのか……。
「あれ? 殿は?」
「先ほどまでそこらへんをウロウロされていたのですが……」
左近の問いに答えたのは戸田内記。
三成の同僚で豊臣家家臣・戸田勝成の嫡男である。
急ごしらえのテーブルと椅子にに腰をかけたまま、隣の勝成もキョロキョロと周りを見回した。
色白でスラリとした内記に比べ、いかにも猪武者といった勝成の風情だけがこの親子を不自然にしている理由ではない。
彼ら二人は数歳も離れていないように見えるのである。
明らかに勝成は若返っていた。
左近は自分の右手を見た。
荒くれ者らしく日に焼けゴワゴワしていたが、肉は盛り上がりハリがある。
覆っていた老人特有の血管は消え、左近の左手はしばらく振りにその若い手の感触を撫でた。
「見てきてくれて、ありがとう……あの、名前は?」
「村田です」
冷たい水を頭から浴びて先ほど戻った斥候が答えた。
「殿……見なかった?」
「いいえ」
「小西さんや宇喜多さんに手紙書こうと思ったのだけど、紙は全部殿に渡しちゃったんだよね……」
村田が小首をかしげたところで、主人・石田三成が戻った。
「あ〜やべぇ……」
「殿! どこ行ってたんですか?」
「どこって、ウ◯コだよ……昼間食べた物かなぁ……参ったよ」
「徳川方が引きましたよ」
「遅いよ! 遅すぎるだろ!」
三成は飛び上がり、思わずそのまま倒れこみそうになった。
ふつふつと笑いがこみ上げてくる。
「ふはははは、内府のやつ、今頃どんな思いで……」
「殿、紙は?」
「え……?」
「いや、さっき渡した紙ですよ。他の隊のみなさんにも文、送らないと」
「……」
「まさか、ウン◯拭いちゃったんじゃないでしょうね!?」
「いやいや、拭くだろ、普通」
「ダメですよ! 殿! 紙は貴重なんですから!」
「いや、だって」
「紙、持ってます」
村田が懐から差し出した。
丁寧に折られた綺麗な紙である。
「悪いね」
三成は内記の隣に座り、文字を走らせた。
内記が覗き込んで顔をしかめるほどの悪筆である。
「八十島はどこほっつき歩いてんだよ」
三成はボヤいた。
八十島助左衛門は三成の祐筆で、今朝ほどから誰も姿を見なかった。
「小西隊には私が持って参ります」
村田が申し出た。
「コニタンところの?」
「はい。小西行長様の家臣です」
「んじゃ、ヨロシク」
三成はヒラヒラと乾かしながら村田に書き終わったばかりの手紙を預けた。
山々の稜線に既に陽が差し掛かっていた。
三成は、関ヶ原決戦の日以降も6度、何の変哲もないその光景を目にすることに一向に慣れなかった。
本当だったら今頃は伊吹山の洞穴の中で寒さに震えていたはず……。
三成は頭を振って目を瞑った。
――いつ、終わるのか? どこへ向かうのか。
いったい、どこへ?
その場にいる誰もがその答えを持っていなかった。
【島左近】 名は清興。筒井氏に属していたがのち石田三成の臣となる。〈治部少に過ぎたるものが二つあり,島の左近と佐和山の城〉の落首は有名である。1592年(文禄1)朝鮮に出兵。1600年9月の関ヶ原の折には、14日の徳川家康到着に動揺する西軍を鼓舞するため先鋒中村一栄、有馬豊氏の軍をさんざんに破った。 関ヶ原本戦にて討ち死。
【戸田勝成】 織田信長、丹羽長秀につかえる。天正13年豊臣秀吉の臣となり、越前に1万石をあたえられて安居城主となった。九州攻め、小田原攻めなどに従軍し2万石に加増。 関ケ原の戦いでは西軍に属し討ち死。




