第10話 緊張感がない
三成は左近の自室の引き戸をノックした。
「さぁーこんっ!」
「あ! 殿! なんですか? こんな夜に? 部下のプライベートを邪魔しないでくださいよねっ」
左近はプライベート云々と言っているが、腕立て伏せをしていたようで息が上がっている。
同室の戸田勝成、内記親子は居なかった。
「こんな狭い部屋で悪いな」
「いや、殿も一人部屋とは言えお布団部屋じゃないですか?」
大垣城も大垣城下も、そこそこデカいが、4万人弱の兵が収まりきるのは難しい。
本丸天守は宇喜多秀家や長宗我部盛親など諸侯に譲り、石田隊は二の丸、三成自身も二の丸の元は布団部屋だった小さな部屋で寝起きしている。
城下町の民家にも分散させたが不満も出ていて、これから住居の新築建設が予定されている。
息を整えながら、左近は薄汚れてペタッとした座布団を三成に差し出した。
「最後一人の使者は、左近にお願いしたい」
「そうですか。相手はお大名揃い……左近で大丈夫でしょうか? 刑部様は?」
「断られた」
「なるほど……」
大谷刑部は昼間の内府の使者に会っていない。
だいたい日中は駆け回れる場所を馬で駆け回り、魚や小動物を仕留めては持って帰ってくる生活を送っている。
刑部は数人の部下たちと佐和山方面の漁に出す舟を造ることにも取り掛かっていて、秀家が内府の使者が来たと話しても興味を示さずに、さっさと出掛けてしまったそうだ。
「小西様も難しいでしょうしね」
「そうだな。弥九郎には内府に降伏するように言われたよ」
「どうなさるおつもりで?」
「……すまぬ。降伏しようと思う。なるべく良い形でとは思うけれどゴールはそこで。
気位の高い宇喜多殿では難しいやもしれん。そのために左近に使者の一人をお願いしたい」
「分かりました。殿の命とあらばこの左近、江戸だろうが東京だろうが火の中にだって飛び込みますよ」
「フフフ。そいつはありがたい」
三成の両手は胡座をかいた膝を叩いた。
「それに、藤兵衛が……」
「長束様?」
「ガタガタ震えている……まあ、ぶっちゃけヤツの用心棒になってもらいたい。藤兵衛本人に左近が守ると……そう約束してしまった」
「そりゃそうですよ。いきなり現代から飛ばされちゃったんだもん。怖いに決まってます。正気でいるほうがオカシイですよ」
「左近は、大丈夫か?」
「はい。根が楽天的に出来てるもんで」
「だがしかし、命の保証はないのだぞ」
うーん……と左近は腕のストレッチしながら応える。
「それは、ここに居ても一緒でしょ? 何が起こるか分からない。寝床に未知の生命体が襲ってくるかもしれないし。
ほら? 楳図かずお先生の、『漂流教室』みたいな。だからなるべく面白可笑しく生きたいって思っています」
「漂流……しているのだな。我々は、時空を超えて」
「たしか『漂流教室』では、現代と繋がる瞬間があるんですよね。主人公の翔ちゃんとお母さんが繋がる何かが……」
「俺らも何か現代と繋がる何かがあれば帰れるのかな?」
「わかりません。そもそも翔ちゃんは……あ、これ以上はネタバレになっちゃうので」
「え? 気になる!」
「忘れてください。もう寝てください」
そこへ勝成と内記親子が帰ってきた。
「父が麻雀台作ったんですよ」
「みんなでやってます。牌も手作りで。治部殿もどうですか? 内記は我が子ながら勝負強いんですよぉ」
この親子もどこまでも暢気である。
「この左近、西軍の命運を懸けて清洲城に殴り込みをかけることになりました。明日の朝には出立いたします」
「そうなんですね。お気をつけて! 無事を祈ります」
内記が油のようなもので肌ケアをしながら振り返った。
左近はふざけて敬礼する。
内記もバシッと敬礼を返した。
【戸田内記】 父・勝成と同じく豊臣秀吉に仕える。文禄元年(1592年)、肥前名護屋城に宿直。 慶長4年(1599年)、石田三成が儒学者の藤原惺窩を佐和山城に招くための使いとして惺窩のもとに赴き快諾してもらったが、関ヶ原の戦いが勃発し惺窩が佐和山に下ることはなかった。 関ヶ原にて討ち死。




