表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/143

第89話 ガキじゃない!

 執務室に入ると、黒田長政が椅子に深く腰掛けて待っていた。


「ハレの日に相変わらずシケた面してますね」


「お前に言われたかねぇよ!」


 三成は憤慨する。


 ういの嫁入りの日である。


 嫁入りといえば以前のことがあるので、とにかく今回は恙無く行われることを祈る。


「これ、貴方も良かったら……」


 長政は紙を渡してきた。


『東西両軍で年末に「第九」を歌おう! 主催:黒田長政(お問い合わせ先はこちらまで)』


「何だ? これ?」


「炭鉱以外にも一体感が必要かな、と思って」


 そう言えば、黒田長政の趣味は『うたい』だったことを思い出した。


 因みにその実力は母里もり太兵衛という重臣に泣かれる(理由:音が外れているため)くらいな感じである。


「貴重な紙をこんなもんに使うなよ」


「こんなもんじゃないでしょ! 人が東西宥和(ゆうわ)に貢献しようとしてるっていうのに!」


 まあ、確かに。

 三成は考える。


 デビッド・ボウイの歌声が間接的にベルリンの壁に風穴かざあなを開けたのを考えると、ソフトパワーも政治を変える重要なツールのひとつだ。


 侮れない。


「分かった」


「参加でよろしいですね?」


 長政がノートに何やら追記している。


「お、俺が歌うの??」


 三成は仰天する。


「自分の中の壁を打ち破らないと」


 長政は藪睨みの目を向けた。


「貴方って、過去のやり方にこだわりすぎるところがあるから。過去の栄光にしがみつくところあるでしょ。

 自分を打ち破らないと、その性格、ホント直らないですよ!」


 歌うのだけは……マジでイヤである。


 真剣な表情で誘ってくれる長政に対してかどが立つので、三成は今は頷いてチラシを懐に収めた。


 長政と連れ立って三の丸の大手門に向かうと、井伊直政の赤い旗印が見えた。


「よっ!」


 直政は二人に軽く手を挙げる。


 直政は赤い水干すいかんに鮮やかな青の袴、金の紋様のあしらわれた弓籠手を肩にかけている。


 室町時代のきらびやかな貴公子のような姿だ。


 直政は家康より、初の花嫁行列の先頭を拝命している。


「何だ? そんなに喜び勇んで花嫁を迎えに来たのか?」


 三成は器用に片眉をあげた。


「お前はいつも俺をもらい受けようと必死だな……しつこいストーカー男は嫌われるぞ」


「いい加減ぶっ殺すぞ」


 直政がキレて目を剥いた。


「まあまあ……」


 長政が呆れた顔で仲裁に入る。


「まぁいい……それよか、茶々様にこれを渡せ!」


 直政が懐から出してきたのは茶々へのラブレターである。


 三成は丸めて捨てようとするが、ふと思い直す。


「相分かった」


 懐深くにしまった。


 初が乗る輿こしの前で大谷刑部が出立を待っている。


 ハレの日だというのに、全身は黒っぽくまとめられ、弓籠手ゆみごてだけに朱色の紋様が入っている。大谷の長身におそろしく似合っている。


「刑部! よい天気で良かったな!」


 三成は陽気に声をかける。


 大谷は目を伏せたまま完全無視の構えである。


「この、瞼のところ、まだ完全に傷が治っていないのだが……このままだと俺は嫁に行けないぞ、ハハハ」


 この前の乱闘(一方的だったけど)に触れないと何かわざとらしい気がして触れたがよっぽどわざとらしくなってしまった。


 大谷はひとつため息だけをついた。


「初!」


「茶々様!」


 茶々は初と固く抱き合う。


「行ってまいります。茶々様」


「身体に気をつけて……たまには里に帰ってきてね。待ってるから」


 二人は涙を浮かべて手に手を取り合い長い間見つめ合った。


 メイクの権左が、花嫁の赤くなった鼻にすかさず白粉の粉をたたく。


 初は時間をかけて、今日の日のために用意した金銀の刺繍をあしらったきらびやかな輿に収まる。


「初」


 三成は初の輿を覗き込んだ。


 初の白い花嫁姿が眩しい。


 瓜実顔うりざねがおは陽の光を浴びて輝き、目元と唇の赤をより引き立たせている。


「гарний!」


「え? 何語?」


 初はケラケラ笑った。


 笑いながら潤んだ瞳がこちらを見つめている。


「ミツナリ、行ってきます」


「うん……辛かったらいつでも帰ってくるんだぞ」


 初にはお供に木下頼継を付けた。


 同年代だから話もしやすいだろう。


 頼継はしばらく清洲城に入ることとなる。


 もう一人の供に初が選んだのは意外にも八十島助左衛門であった。


「初……頼継はいざとなったら、頼りになる男だ。安心して全面的に頼って欲しい。八十島は……何か役に立つこともあるだろう」


「ミツナリ……」


 初は頷いた。


 ふと真剣な表情になる。


「ヤソジマから言われて、茶々様の件、ミツナリに全財産賭けてるから頑張るように……」


「妙な賭け事の胴元はアイツか?! けしからんな!」


 三成は思わず嘆いた。


「ミツナリ、Good Luck!」


 初は輿の扉を少し開けて親指を立てて見せた。


 井伊直政を先頭に花嫁行列が大垣城を出立する。


 行列の最後に大谷の乗った駿馬が大垣城三の丸の大門をゆっくり出ていった。


「感動的ですね〜」


 声がして、三成はふと隣に目をやった。


 クリっとした可愛らしい目が三成の顔を覗き込んでいる。


「松野殿!」


「井伊直政のお供に紛れて、来ちゃいました」


 松野重元は上手く井伊直政の隊に合流して、そのまま関所を渡ってきてしまったらしい。


「大胆ですね」


「紛れるの得意なんです」


 特徴が無いのかなぁ、と自嘲気味に重元は呟く。


「これから少しの間、こちらでお世話になっても?」


「もちろん! いつまでもいてください。こちらがホームタウンなのですから」


 重元の遠慮がちな問いに三成は慌てて応えた。


 重元はずっと昔から自分の大切な仲間である。


 城内に戻る際に三成は茶々に直政からの手紙を渡していないのを思い出した。


 茶々の背中を急いで追いかける。


「茶々様!」


 茶々は足を止めて振り返った。


 能面のような冷たい表情である。


「こ、これを」


 三成は懐から紙を取り出す。


「……第九?」


 茶々は紙を広げて、いぶかしげに首を傾けた。


「あっ! 間違えた  こっちです。貴女のフィアンセからのラブレターです」


 三成は、茶々に直政からの分厚い封書を手渡そうとする。


 茶々がなかなか受け取らないので三成はグイグイ差し出す。


「あのさぁ!」


 茶々が憤怒ふんぬの表情を浮かべている。


 めちゃくちゃ怖い。


 三成はメドゥーサに睨まれたかのように動けない。


「貴方、何のつもりなの? 貴方にデリカシーってものは無いわけ?」


「は、はい?」


 めちゃくちゃ周囲から見られている。


 三成は自らを落ち着かせるため、ひとつ咳払いをした。


「い、いや。兵部(直政)から手紙を渡されたので……とにかくお渡ししようかと……」


「だから! 何で貴方がこれを渡してくるわけ? 他の人に渡してもらえばいいでしょ? 何かの当てつけなの? イヤミなの?」


 茶々は怒っていたかと思えば、もう涙を浮かべている。


 かなり感情が昂ぶって見える。


「茶々様、そうヒステリックにならずとも」


「はぁぁ?? ヒステリックにさせるのはどっちよ!!」


 火に油を注いでしまった。


「あの、二人とももう止めてください。人が見てますよ」


 戸田内記が割り込んできた。


 ようやく頭にきて三成は内記を睨んだ。


「お前は黙ってろ!」


「内記に向かって、お前とは何よ! 失礼じゃない?!」


 茶々が気色ばむ。


「うるさいな! ガキがしゃしゃり出てくるところじゃないでしょ!」


「ガキって何よ! 貴方の方がよっぽどガキでしょうよ!」


 内記は無力感に襲われたのか、肩を落として言った。


「二人とも……僕よりよっぽどガキですよ」


「振られたんだぞ! こっちは!」


 三成は茶々を指差して言った。


「だから、別に貴女に気を遣う必要なんてないでしょ! 貴女と俺は何の関係もないのだから! 

 強いて言うなら主従関係ですか? ならば責任は果たしていると自負してますがね!」


「責任? 責任って何よ! 責任を勝手に背負い込んじゃってるのは貴方でしょ!

 人をお荷物みたいに言わないでよ!」


 直政からの手紙を三成の手から強引に奪い取って茶々は城へと走った。


 後に残された三成は暫し呆然とする。


「はーい! 痴話喧嘩終了ー! みなさん、安全に解散してくださいねー!」


 黒田長政がさも小バカにしたように手を打ち鳴らした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ