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第85話 不法侵入じゃない!

「お初にお目にかかりまする! 宮本武蔵が父・黒田筑前守くろだちくぜんのかみ家臣、新免無二斎しんめんむにさいと申しまする!」


 室町風の仰々しい挨拶に三成はちょっと面食らう。


「無二斎殿、さあさあ面を上げてください」


 新免無二斎は床に頭を擦り付けんばかりに這いつくばっている。


「そんな畏まらずに」


「は、はぁ〜!」


 めちゃくちゃやりにくい。


「きょ、今日はどんなご要件で?」


「石田様……我が愚息ぐそくを返していただきたい!」


 三成の眉間にシワが寄る。


「別に、武蔵をこちらにさらっているつもりはないのですが……」


 武蔵は勝手に西軍陣地内に生息しているだけで、三成ら執行部が無理矢理いてもらっているわけではない。


「前より、通行手形の発行はスムーズになっていますし、吉兵衛(長政)が手形を発行すれば武蔵が東軍に戻ることはそれほど難しいことではないですよ」


 三成は無二斎になるべく丁寧に優しく話す。


「あとは本人の気持ちもありますし……ご子息とよくご相談なさってみては?」


「それが! あの阿呆は! ワシの元へなんぞ帰らぬなどとうそぶいておりまして!」


 無二斎は床をドンと叩いた。


 力が強いため、床に傷が付かないかヒヤヒヤする。


 三成の眉間にもう一本深いシワが寄った。


 ややこしそうな親子喧嘩に巻き込まれたらしい。


「まぁ……それでしたら、やはり親子水入らず。お二人で話し合ってもらって決めてください」


 三成は労働組合の組合長になってしまいそうな武蔵の困惑顔を思い浮かべた。


「ただ……俺が言うのも何ですが。武蔵は周囲の信頼厚く、頼りにされています。

 既に出来上がった周りとの絆を絶ち難いと思っているのでは? 説得は難しいやもしれませぬなぁ」


「確かに! 我が愚息ながら、なかなかのカリスマ性! この父といえども、愚息に意見しても聞き入れられぬこと多々あり!」


 無二斎は顔を紅潮させ、鼻息を荒くした。


「そこで! 石田様より、愚息にこの件、噛み砕いて説得をしていただき、懐柔をお願いするに! 

 この場を我が主に平に頭を下げて用意していただいた次第!」


「なるほど……」


 本当に面倒だぞ。吉兵衛。


「俺が言っても無理ですよ。俺にそんな力ないっス」


 武蔵は三成が言ったからといって、言うことを聞くような人間ではない。


 理が通らぬことは一顧いっこだにしないだろう。


「石田様! 石田様もお子様がいらっしゃるはず!」


 無二斎は三成に噛みつかんばかりに訴える。


 しかもちょっとずつ三成に寄ってきている。


「ワシは! ワシの大事な一粒種の武蔵……とんびが鷹を生み出したるとはこのこと! 武蔵は愚息ながら……自慢の、我が自慢の息子であります!」


 無二斎は荒い鼻息を吐いて、グワッと大きく目を見開いた。


「ですから! 武蔵をワシの元へ据え置き、安全なところで学問などをさせて過ごさせたく存じます! あまり危険な目に遭わせとうありません!」


 無二斎は頭を下げて再び床に額を擦り付けた。


おそれ多く、失礼なことと存じますが、西軍はまだまだ政情不安定にて……身の危険も多く! さりとて、補償もなく、無為むいに時間を過ごすことが武蔵の為にならぬのかと!」


「無為ではないぞ!」


 思わず三成は片ひざ立ちして大きな声を出した。


「決して、無為ではない……西軍で過ごす日々が無為なはずはない」


「は、はぁ〜」


 無二斎は畏まって平伏した。


「生きている意味とは、一体どういったことなのだ?」


 三成は無二斎の頭上から語りかける。


「負けている。弱いから。逆に勝っているとか、強いとか。そういったことが生きていることの有用性に加味されるというのか?」


 無二斎は応えない。


「俺は……そうは思わない。負けていても、弱くても、ただそこで一生懸命生きることが無駄だとは思わない! 

 俺と貴殿では価値観が違いすぎる。ゆえに俺には武蔵を説得できない」


 無二斎は顔を上げた。


 しばしの間、三成を睨む。


 荒々しい戦国時代の目をしている。


「お役に立てずに申し訳ない……武蔵には直接、貴方から話してあげてください」


 三成は無二斎に切々と言葉をかけた。


「親の子を思う気持ちは痛いほど分かります。貴方の言葉に勝るものは無いはず……」


 三成は立ち上がった。


「石田様……!」


 無二斎の悲痛な声が響いた。


 三成はそのまま振り返らずに広間を出た。



   ◇



 村田新左衛門は伊吹山を登っている。


 あまり体力があるほうではないので、すぐさま息が上がる。


 このところ、人は死んでいないから、洞窟に何か起こるこのはないだろうが、もう少し詳しく観察してみようという気になった。


 三成の秘書の仕事はしばし休みをもらっている。


 体調が優れないと言うと、滋養のあるものということで、高価な高麗人参が部屋に贈り届けられた。


 洞窟には先客がいた。


 大谷家家臣・湯浅五助である。


 村田は急いで身を低くして隠れる。


 覗き込むと五助は洞窟の奥でなにやら手を合わせている。


 柏手を打った。


 神棚でも祀ったのだろうか。


 五助が出ていくと、代わりに村田が入った。


 先日はあまり見られなかった奥の岩のヒビの部分をよく見る。


 先ほど五助が柏手を打ったのはこの辺りである。


 神棚などは置かれていなかった。


 ヒビの先を観察しても真っ暗で何も見えない。


 賽銭箱の代わりにでもしているのだろうか。


 村田は洞窟を出て、あたりを観察した。


 気持ちの良い春の日差しを全身に浴びる。


「山桜が……」


 以前登った時より、緑色の木々の中を可憐なピンク色が浮かび上がって見える。


 信じられないくらい美しかった。


 出来れば家族と見たかった。


 家族でなくても、ここに三成や左近。内記や頼継がいたら。


 きっとそれはそれで楽しいに違いない。


 突然、洞窟の奥でジャラジャラという音が鳴った。


 ちょうどパチンコの台がフィーバーした時のような音である。


 驚いて、恐る恐る近づく。


「な、何? これ?」



  ◇



 安藤は守衛室を見つめている。


 ようやく葬儀屋が鍵を返しに来た。


 すぐさま安藤は携帯電話を取り出す。


 震える手で守衛室に電話をかけた。


「そ、外で男が暴れています!」


「ええ?」


 守衛は重い足取りで非常口から出ようとする。


 半信半疑のようだった。


 非常口から守衛が出た瞬間、守衛室に忍び込む。


 机の上にあった鍵を粘土で覆って型を取る。


 自分でも恐ろしいほどの行動力に安藤の足は震えた。


 守衛室を出て、足早に去ろうとしたところ、突然腕を掴まれる。


「ヒィ!」


 バレたのか。


 顔を上げると、腕を掴んだのは本郷真美子である。


「貴方……おかしいんじゃない?」


 真美子は眉間にシワを寄せ、深刻そうな顔で安藤を見つめる。


「自分が何をやってるか分かってるんですか? 安藤先生」


「……離してください」


 安藤は震える声で言った。


「本郷先生には関係ないことです。私は……私の責任で動いてますから」


 こうなったら、あの世界が何なのか判明させるために突っ走るしかない。


「本気なのね……」


 真美子は気の毒そうな顔をした。


「仕方ない。協力します」


 はい、これ。と言って真美子が鍵を渡してくる。


 先ほどの霊安室の鍵である。


 いつの間にか守衛室からちゃっかり拝借していた。


「霊安室に入れても部屋の前に見張りが必要ですものね」


 真美子は既に勝手に安藤に協力するつもりになっているらしい。


「とにかく、絶対に捕まらないようにしてくださいよね! 私まで巻き込まれるの絶対イヤですからね!」


 霊安室の扉をカチャリと開ける。


 ヒンヤリした空気が漂っている。


 寝台に寝かされている患者はいない。


 いたとしても元患者か。


 安藤は死体のないことにホッと息をついた。


 壁のヒビが割れている箇所を指でなぞる。


 固く閉ざされている様子で、特に変化もない。


 安藤が踵を返して、外に出ようとすると、突然間接照明のように壁のヒビが光り出す。


「へっ?」


 ゆっくりとプリンターが輩出するみたいに紙が出てきた。


 ポトリと落ちたそれを安藤は拾い上げる。


「な、なにこれ??」


 クセの強い字で『薄型ネオジム磁石。マンガンリチウム電池』、読めないくらいの達筆で『消毒液』と書かれている。


「なに? これー?!」


 安藤の叫び声に見張りに立っていた真美子まで部屋に入ってきた。


「これ? 欲しいってこと?」


 安藤の手から紙を奪い取って字面を確認する。


「ちょっと……ワガママじゃない?」


 安藤はヒビにペンを差し込む。


「本郷先生、ここ、こうして持っててください」


「は?」


「こうしてないと、すぐにふさがっちゃうんです! 持っててください! すぐに買ってくるので!」


 安藤は急いで霊安室を出ようとする。


「ちょ、ちょっと!! 嘘でしょ? 安藤先生!!」


「じゃ! 行ってきます!」


 家電量販店はこの病院の近くにあっただろうか。


 安藤は真美子に軽く会釈して先を急いだ。


 扉の奥から真美子のくぐもった声が聴こえた。


「ちょっと! おーい! 置いてかないでよ!!」

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