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第84話 落ち込まない!

 目下の課題は炭鉱である。


 三成は業務に集中することでこの数日の痛手を覆い消し去ろうとしている。


 痛手は言わずと知れた大谷刑部の引退宣言と茶々の急速な心変わりである。


 炭鉱が見つかってからは、すぐさま石田家家臣・舞兵庫、大山伯耆、蒲生頼郷、磯野平三郎らを中心にボーリング調査を行った。


(炭鉱の調査は当初機密事項だったため、機密を守るため多数の石田家家臣が投入された)


 ボーリング調査とは地盤に細いあなを深く開け、採取した土や岩盤を直接目視して地質の状況を把握することである。


 石炭層の調査はその後増田長盛に引き継がれほぼ終了している。


 坑口からのやや斜めに地下に入る坑道が採用された。


 掘り進めたらすぐに木の枠で補強する。


 こうして坑道が出来ていく。


 このところの長盛の活躍は目覚ましく、まさに治世ちせい能臣のうしんここにあり、といった様子だ。


 もう西軍内で薄々、木下木兵衛が増田長盛であることは知られてしまっている。


 それくらい、長盛の才覚は隠してはおけないのだ。


 炭鉱の鉱夫の契約は最長半年、週に3日までの勤務とする。


 その後は呼吸器の雑音を診るなどの健康診断の後、医師の曲直瀬玄朔が契約を延ばしても良いかを見極める。


 人間の身体が以前より丈夫になったとはいえ、じん肺が怖いからだ。


 空気を入れ替えるファン(サーキュレーター)は木製で軽いものを複数作り、自転車を漕ぐ要領で回す。



空気の入れ替えは殊更重要になってくる。


 換気、火の管理、鉄砲水への対応。


 ひとつ間違えば重大な事故に繋がる。


 炭鉱の第一歩はまずはツルハシなどによる手掘りである。


 まだトロッコなどを坑道に走らせることはないが、既に大型の手動巻き取り機の設置に動いている。


 巻き取り機の素材はレンガである。


 同時進行でレンガを焼いている。


 この世界の環境でひとつ良いことと言ったら、地震がないことである。


 木造ではなく、レンガ作りの建物を作ることが出来るということだ。


 地震はこれから絶対に起きないという保証は無いが、関ヶ原の初日以降、体感できるような揺れは無い。


 レンガ作りの現場を視察すると、意外な人物に出くわした。


「お! 石田様、ご機嫌麗しゅう」


「武蔵……何でここに?」


 宮本武蔵はレンガを大八車に乗せているところであった。


「ここで働いているのか?」


「いや……働いている訳ではなくて、レンガ職人の契約に付き添ってるんだ」


 労働契約を結ぶのが初めての者も多く、武蔵のところに付き添って欲しいという相談が後を絶たなかったという。


「付き添いには見えないけど……」


 肉体労働のため、上半身は着物を脱いでいる。


 大八車でレンガを運ぶのに苦戦している者を見て、ついつい代わってしまったらしい。


「俺は労働組合の頭領みたいになってしまいました」


 武蔵は片目を瞑って苦笑する。


「組合ね……良いのではないか?」


  労働組合ユニオンの歴史は古い。


 19世紀前半のイギリスで誕生し、19世紀の後半には合法化された。


 その後アメリカ・ドイツ・フランスに広まり、日本でも大正デモクラシーの波に乗り、労働者の権利を守るため団体で交渉する運動が巻き起こった。


「ストライキでも起こしたらあんたとは対立だな」


「起こされないように努力するよ」


 常に命の危険を伴う炭鉱の鉱夫には、手厚い手当を準備する予定だ。


「元気ないですね?」


 背の高い武蔵が腰を折って三成の目を覗き込む。


「そうか?」


「あんたでも落ち込むことがあるんだとすると、ちょっと安心するよ」


「あるだろ。人間なんだから」


 三成は頭を掻いて苦笑した。


「ま、そう落ち込まないように」


 武蔵は人懐こい笑顔を見せる。


「ここからですぜ。石田様」


 色素の薄い武蔵の目は深く澄んでいる。


「暮らしやすい環境を整えてQOLを上げれば、自然と物事は良い方に流れ込む。

 東軍の連中だって戦支度なんぞ止めて、生活の向上に目的をシフトしてくれる」


 武蔵は大きな手でポンと三成の背中を優しく叩く。


「そのために今まであんたはやってきたんじゃないか……あんたが気落ちしてると士気に関わりますぜ」


「ありがたい」


 三成は武蔵の励ましに素直に頭を下げた。


 城に戻ると執務室で黒田長政が待っていた。開口一番に尋ねられる。


「どうですか? 進捗は?」


「ま、順調……とまではいかないかな」


 共同開発なので、東軍のメイン担当者は長政である。


 これから堂々と大垣城に入り浸ることとなる。


 多少ウンザリするものの、気を紛らわせるにはちょうど良い。


「それより、お前。金吾とやり合ったんだって? 大丈夫なのか?」


 松野重元から長政はケガが無かったことを聞いているが、東軍内のパワーバランスについて多少の心配はある。


「金吾は少々痛めつけてやらねばなりませんでしたからね」


 長政は事もなげに話した。


「内府がおぬしに黙ってないのではないか?」


「フフ……上様は私をどうすることも出来ませんよ。一体、私を何のとがで処分するのです?

 関ヶ原の功績も第一のこの私を? 処分なんかした暁にゃ他の者もこぞってこちら側になだれ込みますよ」


 長政の不遜な程の自信が今回に限っては心地よい。


「……それはそうと、伊奈図書が家臣を引き連れてこちらに入る手筈ですから、受け入れをお願いします」


 別に誰に聞かれるわけでもないだろうが、小声で扇子越しに長政は話した。


「表向きは炭鉱の東軍側の人員の付き添いとなります」


「裏向きは粛清しゅくせいを逃れるため、か」


 伊奈図書は茶々の降嫁騒ぎで睨まれている上に、今回の小早川秀秋(金吾)の騒動でも内府ら東軍執行部に反旗を翻した形になってしまっている。


 彼は清廉で正義感が強いだけなのに。


「相分かった」


 仕事の出来る図書が入ってくれるのは単純にありがたい。


「それと……ちょっと面倒なことが……」


 長政は扇子で口元を隠して、藪睨みの視線をねっとりと三成に寄越した。


「えぇ……?」


 三成は思いっきり嫌な顔をする。

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