第79話 休暇じゃない!
「治部!! どこほっつき歩いてたんだよ!」
長束正家が噛みつくように叫んだ。
三成はクルリと逃げようとする。
「お前! 何考えてんだ! 無断欠勤だぞ!」
「いや……別に遊んでいたわけでは……ちょっと野暮用があって」
首根っこを掴まれてお説教が始まってしまった。
無理もない。
一言も言わずに3日も留守にしたのである。
「どれだけ決裁が滞ってると思ってるんだ!」
正家が持っている書類の束が三成の胸に押し付けられる。
しぶしぶ受け取って、一枚ずつ目を通す。
「早く支払わないと、暴動が起きるぞ!」
「あ! どこ行ってたんですか? 探しましたよ!!」
木下木兵衛こと増田長盛も入ってきて開口一番に三成を詰めた。
「何考えてるんですか? 炭鉱の人員の面談も滞ったし、東軍との協議も日延べしたんですよ! もう! 考えらんない!」
「あー! 治部! 何やってたんだよ! 労災の件で問い合わせが山積みだぞ!」
三成の姿を見た途端、宇喜多秀家がヒステリックに叫んだ。
アワビを採っていた舟が座礁して、何人かの船員が転んだ拍子に頭を打ったらしい。
ケガの程度がまちまちであったため、同じ労務災害でも休業補償で揉めている。
「……治部、我らを放っておいて遊んだ日々は楽しかったか?」
「おわっ!」
ジットリとした目つきで安国寺恵瓊が後ろに立っていた。
鼻息が耳にかかる。
「いや……遊んでいたわけでは……」
「さぞかし、良い思いをしてきたんだろうな。我らに仕事を押しつけてリフレッシュできたのなら、我らの犠牲も活きるというもの……」
恵瓊はさも悲しげに嫌味を繰り出す。
「おぬしの肝入りで始めた活版印刷……そんなに大事ではなかったのだなあ。完成が近いというのに」
「出来たのですか??」
これで憲法を作って広く周知できる。
「己で確認しろ!!」
恵瓊は吐き捨てるように言って去った。
三成はその後ろ姿に手を合わせて感謝する。
村田新左衛門の姿が無い。
「新左衛門は?」
渡辺勘兵衛に尋ねる。
「具合が悪いとかで、昨日から休みのようです」
三成の留守で気が抜けたのだろうか。
休める時に休むのが一番である。
島津豊久からようやく真鍮を融通してもらい、活版印刷機は完成間近となっていた。
満足気に足取りも軽く三成は工場を出た。
発給文書、法律書、かわら版、ルールブックや業務フローに至るまで全て加速度的に刷ることができる。
踊るような足取りで溜まった仕事を片付けるため城に戻ろうとすると、笠を目深に被った侍とすれ違いにぶつかりそうになる。
三成が避けようとすると、同じ方向に避ける。
頭身のスラリとした見た目によらず、どんくさいのだろうか。
「……ミツナリ、私だ」
侍は笠を上げた。
初である。
「う! えー! あ!」
三成は驚いて思わず叫んだ。
周囲に人がいないことを確認し、慌てて初の腕を引っ張った。
「な、なんでここに!?」
引っ張って連れ込んだ先は三成の寝床である。
迷ったがここが一番安全と判断した。
「ミツナリはすぐに女を自室に連れ込むの?」
初は人聞きの悪いことを言ってきた。
「そういうこと言うんじゃないよ! 緊急事態でしょうが!」
初はゆっくりと湯呑みの茶を飲んで、座布団を抱えながら寛いでいる。
「寛ぐんじゃないよ。寛ぐんじゃ」
三成はウンザリして言った。
初の話は要領を得ない。
三成は筆を執って決裁書にサインしながら聞いている。
「だからー! ミツナリ。ギョウブをあんまり信用しちゃダメだって言ってるの!」
「刑部に何かされたのか……?」
まさかとは思う。
ただ、初がここまで言うには何かあったのだろう。
確認だけはしなければならない。
「手首を掴まれた……」
「ん?」
「だから手首をギューって」
三成の眉間にシワが寄る。
「手首を掴まれただけ?」
「強い力だったよ!」
「……」
「何か、狂ってるとか言ってたし。怖かった」
「手首掴まれたって……逆さ磔にされたわけじゃないんだろ?」
三成は眉間にシワを寄せたまま初を諭した。
「ミツナリ! それはあまりにも永禄的過ぎる!」
「いや……こう言っちゃなんだが永禄生まれは基本マイルドだぞ」
マイルドと言いながら、同じ永禄生まれの細川忠興の顔を思い出す。
「まあ、たまに自分の妻の姿を見たからって庭師の首を斬ったり、妻もそれを棚に飾っちゃったりする者もいるが、前時代の武将なんて、それはそれはもっと非道で」
三成は数多ある非道を例に挙げようとしたが止めた。
初を無駄に怖がらせるだけである。
「でも、茶々様のためなら何でもするって! ミツナリを殺したりもするって!」
「当たり前だろ? 茶々様は主君筋なのだから」
三成は事もなげに言った。
「なぁ、初。俺らはあまりにも普通だから現代の価値観で生きているようにも見えるかもしれないが、やはり戦国時代の人間なのだ。
茶々様をお護りするのが自然と俺らの役割なのだ。刑部だってそれを刷り込まれている。
侍なのだから仕方がないのだ」
「バカにしないでよ! 私だって、そうだよ!」
初は三成の言葉に反発した。
「私だって、武士の娘だもん! 茶々様の幸せのためなら頑張るよ。だからタダヨシとの結婚だって決めたんだもん」
「ん? タダヨシ?」
三成は大谷刑部が初と松平忠吉との結婚を進めていることを初めて知った。
「そうだったのか……」
初の件は全て大谷に任せてある。
そのようなことになっているならば、それがベストなのだろう。
「私、ホントはギョウブのこと、ちょっと良いと思ってたんだよね」
「え?」
三成は思わず、手にしていた筆を圧し折ってしまった。
「な、なに?」
「いや……悔しさのあまり、圧し折ってしまった。めちゃくちゃ悔しい……アイツ……」
単純に羨ましい。
「大丈夫! ミツナリにはミツナリの良さがあるよ! ちょっとアホなところも見ようによっちゃ」
「いい! 何も言わなくてもいい!」
三成は初の慰めを慌てて制止した。
「ミツナリ。本当に気をつけた方がいいって。私の勘だよ」
「わかったよ。お前って良い奴なんだな……ただ」
確かに大谷の言い回しはちょっと慣れない者には分かりにくい時がある。
口から生まれてきたような三成とは違い、基本、真面目なのだ。
「刑部は、ちょっと大袈裟なところがあるだけだと思うぞ」
眉をへの字にして自分を心配してくれる初を愛らしく思う。
「でも、初。ありがとう」
初はもっと泣きそうな顔になる。
「茶々様に会いたい……」
「うーん……」
初は顔の前で必死に手を合わせる。
「会わせてよ! お願い!」
三成は腕を組んで思案した。




