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第77話 鬼じゃない!

「ところで、松野殿は大野治長と面識は?」


 三成は重元に尋ねた。


「修理殿ですね。残念ながらほぼ面識は無いですね」


 重元は小首を傾げながら応えた。


「彼に何かあるのですか?」


 三成は佐久川喜重郎のことや佐久川から聞いた「プレイヤー」の内容を話す。


「確かに修理殿は……東軍でも異質な存在ですからね。なにしろ徳川家康に真っ向から歯向かった人物ですから……何も発言権が無いに等しい」


 やはり東軍領内で大野治長の地位は危うい。


 すぐに西軍に逃れて来なかったのが不思議なくらいだ。


「古田織部殿とくらいしか交流が無いのではないかな?」


 重元は思い出すかのように上を見た。


「でも……そう言えば修理殿には噂があります。淀との密通ですね」


 重元は穢らわしいことを話すかのように眉を顰める。


「茶々様との?」


 三成の心臓はドキリと波打つ。


「ええ。まあ、噂は以前からですがね。こちらの世界に来て、修理殿はなかなか公に姿を見せないし、ご家中の数人のみでひっそりと暮らしているものですから。

 動向が不明なこともあり、なおも噂の的ではあります」


 秀吉が生きている時代から、茶々と大野治長の艶聞えんぶんは人口に膾炙かいしゃしていた。


 大野治長の母親は茶々の乳母だったため、二人は幼い頃からずっと一緒に過ごしたのだ。


 重元は茶をひと口ゆっくり啜った。


「噂によれば、修理殿は東軍領内にはほぼいない……西軍に足繁く通い、淀と密通を繰り返しているとか。そして淀のお腹の子は修理との子……」


「バカバカしい!」


 三成は吐き捨てるように言った。


「茶々様がそんな人のわけなかろう!」


「……まあ、淀はこちらでは頗る評判が悪いのです」


 重元は腕を組みながらちょっと気の毒そうに話す。


「人を喰らう鬼女だと言う人もおります。西軍領地内で人が死んだのも、小早川秀秋ではなく本当は淀が関係しているとも」


 そうか、と三成は思う。


 茶々を知らなければ、気の強そうなキリリとした顔や堂々とした風格に男は怯む。


 本当の茶々を知れば、純粋で情に厚く可愛らしい女としての魅力に溢れた人だと気がつく。


「とにかく大野治長は、西軍陣地に現れたことはありませぬゆえ……それは真っ赤な嘘です」


 重元は噂話を披露してくれただけで、この場で訂正したところでどうにもならないことは知っている。


 それでも三成は茶々のために訂正せざるを得なかった。



  ◇



【宛先】oda-tsu@xxx.meikai.co.jp

【差出人】m.sugiyama@kokusaiken.xxx.com

【件名】お久しぶりです 早瀬篤子 様


 オダツ、お久しぶりです。

 元気にされてますか?


 はると直希くんは元気かな?

 懐かしいです。


 あれから紆余曲折あり、俺は今は研究機関に籍を置いていて、所属や場所は今は詳しくは言えませんがなんとかかんとかやっております。


 めちゃくちゃここは寒いのですよ!


 早く日本に帰って、コタツで正月を過ごしたい(笑)

 今の俺のささやかな願いです。


 実は、今回突然このようなメールを送ったのは、オダツにお願いがあるからなんです。


 確かオダツの専門はロシア語でしたよね。


 ここには戦禍の中、取り残された子どもたちが大勢いて再教育の名の下連れ去られるという事案が発生しています。


 この場所はロシア語話者が多いのです。


 ところが上が寄越した通訳は生粋のロシア語話者ではないため現地のコーディネーターとうまく連携が取れないことがままあり…… 。


 もちろん大学のお仕事もあるだろうし、直希くんのこともあるから無理はさせない範囲内でお願いしたいとは思っているのだけど。


 本音を言えばオダツと共に働きたいと思ってます。


 もしご興味があれば連絡ください。


 とにかくここは寒すぎる。


 氷点下15℃の世界は想像を絶しますよ。


 なんでも凍る。涙も流せない(笑)


 オダツと治、久仁彦と4人でつるんでいたあの頃がたまらなく懐かしく思い出されます。


 久仁彦の愚痴が聞きたくなるなんて想像もつかなかった!


 みんなに会いたいです。


 本音を言えば俺が一番会いたいのはオダツですけどね。


 また連絡します。

 お身体気をつけて。

 頑張りすぎないでね。


m.sugiyama



 大野治長はメールの文面を何度も脳裏に浮かべては自分を痛めつけていることに気がつく。


 まさに今、門扉もんぴの前で騒いでいる男の声に耳を塞ぎたくなる。


 それと同時に衝動的に刀を抜いて、あの男をひと思いに斬ってしまえばこの苦しみから解放されるのだろうか――そんな戦国時代的な発想まで浮かんでくる。


 何度も反芻した文面は既に覚えてしまって治長を苦しめた。


「なぜ……」


 治長がその大きな体躯を丸めて黄ばんでササクレた畳に額を擦り付ける。


 あの文面をもし直希が見てしまっていたら。直希の苦しみはいかばかりだろうか。


 あの子は賢い子だから、自分には何も言わないだろう。一人で黙って泣いているに違いない。


 子どもは敏感で何でも知っているものだ。


 篤子の管に繋がれて真っ白になってしまっている顔を思い出す。


 全てから逃れたい自分は意気地なしだろうか。


「どうか……どうか、あっちゃんを連れて行かないでくれ……杉山!」

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