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第67話 自販機がない!

 大八車が押されて来た。


 駆けつけてくれたのは島津豊久とその家臣だ。


 雪で固まった盛親の身体を慎重に大八車に乗せる。


 三成は寒さと悔しさでブルブルと震えている。


 白いかみしもの大一大万大吉の胸元の文字が赤く染まっていた。


「貴方もケガをしている?」


 三成の唇から流れた血を見て、豊久が尋ねた。


「いや……これは左近が……」


 豊久は何か奇異な者らを見る目で、三成と左近の主従を見た。


 三の丸北側の部屋に盛親は運び込まれ、すぐに曲直瀬による脇腹と背中の傷の縫合を受けた。


「盛親!」


 廊下に響いたのは茶々の声である。


 走ってきたのか息が上がっている。


「走ってはなりません」


 手を真っ赤に染めた曲直瀬が廊下に出てきて厳しく注意する。


「盛親は……?」


「縫合は完了しました。後は身体を冷やした後は温めて……じっと耐えるしかない」


 茶々の瞳が揺れた。

 盛親に駆け寄る。


「盛親……目を覚まして!」


 盛親の血の気のない手を握ってそっと自らの頬に充てる。


 温めるように。


「盛親!」


「遺留品は無かった」


 現場を検証していた平塚為広が病室の前で佇む三成に耳打ちした。


 安国寺恵瓊も駆け付けて二人に加わる。


「何の痕跡も?」


 為広は頭振る。


「いや、革靴の跡が……佐久川喜重郎の現場に残された革靴と寸法はほぼ同じだった」


「やはり……」


 三成は盛親が大八車に乗せられる時、右の拳を固く閉じていたので、何か握っているのではないかと思ってこじ開けた。


 結果、何も握られてなかったものの、雪のため革靴の跡がハッキリ残っていたのは幸いであった。


「東軍の者たちの持ち物を調べよう」


 三成は執務室に入ると開口一番に言った。


 三成の血だらけの裃を見て、正家と秀家はギョッとしている。


 続けて入ってきた恵瓊が盛親の容体と革靴の痕跡を手短に説明する。


「バカ言え。持ち物検査なんかしたら即座に外交問題だぞ」


 長束正家は言った。

 三成は反駁する。


「外交問題? もうとっくに外交問題だろ!」


 恵瓊も三成に追い打ちをかける。


「いいか……せっかく友好ムードになったのに持ち物検査なんかしたら、どうなるか分かるだろう? もしもそれで証拠が出なかったらどうする? 革靴なんて、とっくに処分しているかもしれないのに」


「小早川隊だけでも」


 三成は食い下がる。


「冷静になれ。おぬしらしくない」


 恵瓊の言葉に三成は自らの人差し指の節を噛んだ。

 血が滲む。


「和牛なんて、食べさせたくない」


 この後は東軍の侍大将から従者含めて150名を大広間や控えの間に迎えての饗応である。


 恵瓊の眉毛が困り果てたように下がった。


頑是がんぜない子どもみたいなこと、言うな……」


「……西軍のみんなは食べたことないのに……殺人者に食わせるなんて……悔しい」


 恵瓊は三成の背中を軽く叩いた。


「治部、気持ちはわかるがここは抑えろ。クロカンの倅(長政)が言ったように、内府はこの一連の殺人を殊更荒立てたくないようだ」


 恵瓊には病室の前で黒田長政からの助成の申し出と経緯を話していた。


 家康が非協力的であることも。


「今、こちらが騒ぎ立てても捜査に協力してくれない可能性がある……犯人を隠匿する可能性も。 今は直接証拠を見つけられずとも状況証拠を積み上げて一気に内府に突き出そう。治部、ときを待つんだ」


 

  ◇



 安藤が伊吹山総合病院の外来待合室で待っていると、診療室から与田真佐人が耳のピアスを触りながら出てきた。


「げぇっ! アンドゥ……じゃなかった。安藤先生」


 目が合うと真佐人は面白いくらいに動揺する。真佐人は左足を引きずりながら少しずつ前へ進む。


「どうだ? ケガの様子は?」


「捻挫みたいっす……」


「骨は大丈夫なんだな?」


 真佐人は微かに頷いた。


「まぁ! 安藤先生!」


 診察室を息子に続けて出てきた与田真佐人の母親が挨拶した。


 ふっくらした頬が一気に赤く上気している。


「こら! この子ったら! 先生にご迷惑かけて!」


「いえいえ……」


 母親が会計に向かっている間、真佐人と二人になる。


 無言に耐えきれず、喉の渇きを潤すため自販機に向かった。


 ズボンのポケットから携帯を取り出し支払いしようとしてもできない。


「あれ?」


 右端に「故障中」の文字が破れかかった紙に書いてある。


「センセ、自販機は4階にもあるってよ。何か買ってよ」


 真佐人はヒョコヒョコ歩きながら、病院の案内板を指差す。


 確かに4階のフロアに自販機のマーク。


「入院病棟なのでは?」


「大丈夫だって!」


 真佐人はエレベーターのボタンを既に押している。


 エレベーターに乗り込むと安藤は真佐人の様子を盗み見た。


 天は二物を与えるとはこのことか―― 安藤は思う。


 真佐人が長めの黒髪をかき上げると赤いピアスが見える。


 チャラチャラした外見とは裏腹に与田真佐人は成績も優秀で、何より女子生徒の人気が高かった。


 安藤は光り輝いている青春を送っているであろう真佐人が単純に羨ましい。


「自販機、どこかなー?」


 ヒョコヒョコと廊下を歩きながら、真佐人が呟いた。


 長い白い廊下を進むと、10メートルほど先に見慣れた制服が目に入る。


「あれ? 早瀬じゃね?」


 病室のドアの前で立ち止まっているのは伊吹学園の制服だ。


 早瀬と呼ばれた生徒は真佐人と安藤を見ると、咄嗟に踵を返してエレベーター方面へ向かう。


 通り過ぎる横顔に見覚えがある。


「き、君! もしかして!」


 生徒は一瞬立ち止まった。


 そこからエレベーター方面に向かって走って行った。


「早瀬……そっか」


 真佐人が病室の名札を指差す。


『早瀬篤子』と書かれたプレートが貼ってある。


「ウチのババア、情報だけは早くて。そう言えば、早瀬のお母さん。入院してるって聞いてたから」


 真佐人は真剣な表情になる。


「難しい病気なんだって……」


 真佐人によると早瀬直希はやせなおきは2年5組の生徒らしい。


「天は二物を与える、とは早瀬直希のことを言う」


「え?」


 真佐人の言葉を思わず聞き返す。


「いやぁ……あいつ成績もいいし。運動も。オマケにあのルックス。何でもクォーター? なんだって」


 真佐人も人を羨むことがあるのか。


「それより、自販機! とお!」


 与田真佐人と母親の車を見送り、空を見上げると日が暮れかかっている。


 空腹はそのまま。


 病院の食堂に寄っている暇も無かった。


「コンビニ、寄るかぁ」


 トミーカイラを走らせて、途中のコンビニの駐車場に停める。


 財布を見つけようと上着のポケットに手を突っ込んだ。


 何かゾワッとした柔らかいものに手が触れる。


 安藤は恐る恐るそれを見た。


 血がこびりついた茶色の羽が眼前に現れる。


 手が震えて、そのうち面白いほど足が震えだした。


「本当だったんだ……」


 ガタガタ震える自分が自分じゃないみたいで不思議だ。


 冷汗が額をつたう。


「本当だったんだ! 助けなきゃ……金吾から、みんなを助けなきゃ!」


 治部を、茶々を、みんなを。


 でも、どうやって? 


 安藤は車をコンビニの駐車場で急旋回させて再び伊吹山総合病院へ向かった。

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