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第65話 命じゃない!

「小早川……」


 盛親はたじろいだ。


 日本史にさほど詳しくはない自分でも金吾中納言こと小早川秀秋のイメージは裏切りだ。


 しかも、三成から小早川秀秋が指紋の提出を拒否していること。


 もしかしたら飯田源吾殺害は小早川陣営の仕業かもしれないこと、を聞いていた。


 盛親は数歩下がる。


 秀秋はニコニコしながら、盛親のすぐ側に歩いてきた。


「大丈夫ですか? ご加減でも?」


 盛親は秀秋の目を間近で見た。

 深くくらい色をしている。


「あ……あの、失礼します」


「指紋、よく取れましたね。鉛の弾丸は普通ひしゃげて使い物にならないはずなのに、どうしてだろう?」


 秀秋は尋ねる。


「どうしてあんなに形が残ってたんだろう? この世界って、しょっちゅう不思議な現象が起きますよね」


 本当に盛親の応えを聞こうとしているのか分からない。


「さぁ……」


「俺は思うんです。この世界はちっとも現実じゃないんです。夢とか架空の世界……ゲームの中とか」


 秀秋は白く細い手で、雪のかかった枝を触った。


「そうじゃないと、説明できないことが多いでしょ?」


「はい……でも、私は現実だと思ってますから」


  盛親は少しずつ後ずさりしながら応えた。


「現実に私は存在して、貴方と話をしている。焦ったり、怖がったり、風景の美しさに感動したりもする。私にとっては現実ですから」


 秀秋は枝を払いながら小首を傾げる。


「でも、夢って見てる時は現実だと思うことが多いでしょ?」


「はい……それは確かに」


 盛親はグイグイ寄ってくる秀秋に恐怖を覚える。


 でも、聞かずにはおけない。


「貴方が殺したのですか? 源吾を」


「殺す……とは人聞きの悪い」


 赤い唇が横長に、ニッと笑う。


「適切に処理した、というのが正しいのでしょう」


 秀秋はまるで指揮でも執るかのように、その手を振って優雅に空気を斬る。


「貴方たち西軍は分かっていないが、ここはゲームの世界なんです。

 で、我ら東軍はプレイヤー側。貴方たち西軍は狩られる側。

 だから邪魔者はすぐに処理します」


「で、でも! 飯田源吾は一人の父親で一人の立派な人間でした! いや、たとえ立派じゃなくったって人間は人間です! 

 人間が人間を殺すなんてあってはならないじゃないですか?」


「人だと思うからいけないのだ」


 秀秋はニコニコと話す。


「貴方、たとえは家庭用のゲーム機で遊んでいて、敵が出てきたら人間だからと言って殺さないんですか?」


 盛親にグッと顔を近づける。


「プレイ、しますよね? 楽しみますよね? それと何も違わないのですよ?」


「で、でも……少なくとも私は殺されたくないですよ。金吾さんにも命の尊さを分かってもらいたい。そう思ってます」


「俺は貴方になれることなんて無いのだから、貴方の気持ちなんて、分かりませんよ」


 秀秋はまたちょっと首を傾げた。


「でも……貴方の執念は邪魔だなぁ。おとなしくしてくれたらもうちょっと生きられたのに」


 盛親は木の上に溜まっていた雪を枝の反動を使って思い切り秀秋にかける。


 きびすを返して逃げる。


 秀秋は脇差を抜いて盛親の背中を追った。


 秀秋は脇差を鋭く投げた。


「グハァ」


 脇差は盛親の右側の背中に刺さり、盛親はその場に倒れる。


「チィッ! 外したか」


 追いついた秀秋は盛親を仰向けにする。

 心臓に狙いを定めた。


「させるか!」


 揉み合っている内に、脇差が盛親の腹に刺さる。


「うう……」


――羽、茶色の羽! 

 盛親は秀秋の陣笠の羽に手を伸ばす。


 三成だったら、これを手掛かりに見つけてくれるはず。


 たとえこの場で自分が命絶えても、犯人の秀秋をきっと挙げてくれるはず。


「金吾さーーん!」


 遠くから自分を呼ぶ声に秀秋はハッとする。


 慌てて盛親を残し、雪を蹴ってその場を去る。



「金吾さん!? あれ?」


 盛親はぼんやりとした意識の中で島左近の声を聞いた。


「嘘でしょ? こんなこと! 土佐守!!」


 駆け寄る音がまるで遠くみたいに聴こえる。


 雪で冷えているためか、それほど痛くない。


「土佐守!! 土佐守!! しっかりしてください!!  殿! 殿を! 早く……」


 

  ◇



 三成が秀秋を見つけようと執務室を出て、二の丸の大門を出たところへ、村田が血相を変えて飛んでくるのが見えた。


「治部様!! 土佐守が!!」


 三成は走った。


「氷室の奥です!」


 三成は振り向きざまに村田に叫ぶ。


「新左衛門! 曲直瀬を連れてこい!」


 現場に辿り着くと左近が布を腹部に押しあてて応急処置をしている。


 盛親の顔は真っ白である。


「嘘……嘘! そんな!」


 三成は盛親に縋り付いた。


「死ぬな! 土佐守! 死ぬな……まだ、まだ一度も遊びに行ってないではないか? 花見に行ってないではないか?」


 盛親の頬に両手をあてる。

 皮膚は温かい。


「盛親! 帰ってこい! 帰って目を覚ませ」


 三成は盛親の身体を抱くように縋り付いた。


 涙が止め処なく溢れる。


「うう……盛親」


 左近はそんな主君の頬を思いっきりぶん殴った。


 三成の小柄な身体が左方向へ吹っ飛ぶ。


「泣いているヒマなんてないでしょ! どうするんですか?」


 左近は主君に向かって叫んだ。


「どうするんですか? 人より頭が良いんですよね? 泣いてて、土佐守は助かりますか? 犯人は捕まりますが? 考えて考えろ! 治部少! 考えなさい!」


 耳の奥がキーンと鳴っている。


 目の前がチカチカする。


 口の中の血の味とともに三成は思考する。


 出血多量……このケースは今までも戦場で何度も遭遇したがまず助からない。


 今までは。


「左近、脇の雪を集めろ! 止血したら身体を雪で固めろ」


 さっそく雪を掴んで盛親の身体を固めはじめる左近に三成は言った。


「仮死状態にする」


 このまま、冷凍して仮死状態にする。


 この世界では、即死以外は徐々に快復する。


 その場で命さえ落とさなければ、息を吹き返す。



 命のエネルギーが尽きなければ、まだ道はある。


 三成は雪をすくって盛親にかける。


 何度も繰り返す。

 何度も。何度も。


「帰ってこい! 盛親! 帰ってこい! 死ぬんじゃないぞ!」

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