第64話 今さらじゃない!
「……誠に不本意ながら、私はこれからは貴方と手を組むことにしました」
そう言ったあと、黒田長政は身体を起こしてテーブルに肘をつき節くれ立った指を組んだ。
意外な言葉に三成は一瞬言葉を失う。
「どうして? 今さら?」
長政は薮睨みの目の奥で笑う。
「そう。今さら」
関ヶ原以前、長政ほど東軍……つまりは家康のために働いた大名はいない。
小早川秀秋を調略したのも長政で、ひいては東軍勝利の要因を決定づけたのはこの男である。
「友好の印として、こちらを進呈します。受け取ってください」
長政は懐から一枚のメモ用紙のようなものを渡してきた。
開くと、4人の名が記されている。
「私が西軍側に放った間諜です」
「……」
「まあ、西軍の緩い雰囲気にやられたのか、あんまり役に立たなかったですけど」
三成は4人の名に見覚えがある。
喜重郎の遺した14人の内の4人である。
あのリストは正確なことがこれで証明された。
「これからは貴方が手足のように使ってください」
「理由を言えよ」
三成は挑むように睨みつけて言った。
それでも三成は長政を信用しきれない。
「とある殺人事件を目撃しました」
「……」
佐久川喜重郎の殺害事件と容易に予想はつく。
「上様にも当然報告しましたが……動かない」
家康は長政の話を真剣な様子で黙って聞いていたが、「待ってほしい」とだけ言ったという。
「上様は何か恐れているようなのです」
「内府は何か弱味を握られている?」
家康が犯人を処罰することを恐れる理由があるのだろうか。
「かもしれません」
長政は細い指を口元にあてる。
「恐れてたっていいんです。弱味を握られてるんだったらそれでも。上様は昔から大層臆病でしたから……」
長政はグッと口元で拳を握った。
拳は微かに震えている。
「でも……でも、それを私に一切相談しないのは気に食わない! 徳川のボンクラ家臣団に一体何が出来ます? 一番情報を知って対応できるのはこの私です」
三成に必死に訴えかける。
「上様の周りはアホばかり! 私以外にこの事態を打開できる者はおりません!」
「お前、本当に性格悪いな」
三成は呆れ気味に言った。
「そこで貴方だ。私ほどじゃないが、まあまあ使える頭を持っている」
長政はテーブルを両の拳で叩いた。
「情報を知りたい。何がこの世界で起こっているのかを知りたい。だから、貴方と手を組む。
貴方は他の人よりは少しは情報を持ってるでしょう? 私はこの世界の仕組みを他の誰よりも早く知りたい。何としてでも早く知りたい」
長政の薮睨みの目が珍しく純粋に輝いたように見えて、三成は思わず笑った。
「こんな理由じゃダメですか?」
長政を動かすのはこの世の中を知りたいという貪欲な知識欲であるらしい。
平和や愛や、大仰な綺麗事を言うよりはよっぽど信頼できる。
「いいよ。手を組もう」
三成はテーブルに身を乗り出した。
「但し、たとえ内府の命が脅かされそうだとしても、絶対に内府には情報は漏らすな。それを約束しろ」
◇
長宗我部盛親の足取りは軽い。
戦国時代に慣れた、とまではいかないが自分でもよくぞここまで対応できたと感心する。
転生系のライトノベルを読んだことが無かったが、まさか自分の身に起こるなんて想像もできず、こんなことなら参考までに読んでおけば良かったと盛親はちょっと悔やんだ。
前日までの雪が道路の横にたんまり溜まっている。
盛親はまるで子どものように新雪を踏みしめる。
雪はキュッと音を立てて盛親の体重を受けて沈む。
その様子が心地良い。
少し歩くと、三成の秘書の村田が足早に雪でできた「かまくら」のような場所に入っていくのが見えた。
後から木下木兵衛が続く。
盛親はかまくらを覗き込んだ。
「あ! 土佐守、どうされました?」
木兵衛が盛親に気がついた。
「セレモニーには参加されないのですか?」
三の丸の中庭では、鉱山の開山セレモニーが行われている。
盛親の席も用意されたが居心地が悪く抜け出してきてしまった。
「まあ……手伝えることがないかな? と思って」
木兵衛と村田が顔を見合わせて嬉しそうに微笑む。
「特には大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます」
木兵衛が頭を下げた。
村田も会釈する。
「ここは冷凍庫になってるんですね」
盛親は感心した。
日が当たらず半地下のため冬の間に氷を切り出して固め、夏場でもなるべく低温が保てるように工夫されているのだろう。
「夏の暑さに耐えうるか実験ですね……」
村田が言った。
食材の乗ったザルを抱えている。
「ふう……寒い!」
三人は冷凍庫の外に出た。
木兵衛が思わず身震いする。
「木兵衛さんはセレモニーに出席しないのですか?」
「ワシは今回は裏方です。東軍にはよく顔を知った者が大勢いますから」
増田長盛とバレるとマズイということらしい。
この冷凍庫を外から見ると岩でできた洞窟であることに気がつく。
「ここらへんは洞窟が多いのですね……伊吹山にも」
木兵衛は盛親の言葉に曖昧な笑みを浮かべた。
「伊吹山にもあるのですか?」
村田が尋ねた。
「そう。治部が関ヶ原敗戦後、隠れておったところでな……」
木兵衛が話す。
「春になったら、治部さんと花見に行こうという話になりました」
「それは良い。あそこからだったらさぞ綺麗でしょう」
盛親の言葉に木兵衛は頷いて言った。
「早く春になって欲しいものですな」
手持ち無沙汰のまま、盛親は散歩を続ける。
雪が木々の間から滑り落ちる音にドキッとする。
雪は陽の光を浴びてキラキラと輝いている。
「美しい……」
まるで手つかずの自然がそこにある。
今まで、この世界に慣れるのが精一杯で景色など見ている暇も余裕も無かった。
ただ改めて見ればこの世界が真に美しいものだと感嘆させられる。
そこへ赤い着物を来た、若武者が通りがかった。
陣笠に茶色の変わった鳥の羽を付けている。
盛親はなぜか隠れるように木に身を潜めた。
若武者は美しかった。
優美な頬を外気に晒しいるためかほんのり色付いている。
形の良い赤い唇から白い吐息が出る。
盛親の隠れた木から雪が滑り落ち、若武者の視線がこちらを向いた。
垂れ目の瞳が日の光を受けて光った。
「もしかして……土佐守とお見受けしますが」
「あ! すみません……隠れるつもりは無かったのですが」
若武者はニッコリと微笑んだ。
白い頬に人懐こいエクボができる。
「お初にお目にかかります。小早川秀秋と申します」




