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第63話 手段は問わない!

 前日までドカ雪だったため、開催が危ぶまれた佐和山炭鉱の開山セレモニーだったが、当日は奇跡的に青い空が広がっている。


 旗指物はたさしものを背にした東軍の兵士が道に連なる。


 大将クラスは馬揃えで大垣城三の丸中庭に向けて街道を行く。


 西軍の兵士たちは、みなパラパラした拍手で迎えた。


「みんな! もっと元気よく!」


 傘を深く被った木下木兵衛の音頭も虚しく一向に歓迎ムードは起こらない。


 何人かは手にもった色とりどりの柄の布をやる気のない感じで振る。


 歓迎のつもりで木兵衛が用意したものである。


「治部、テープカッター中央で頼むぞ」


「え? そこは河尻殿でしょ」


 中央のステージを挟んで左手の主催者席で出番が無いため安心していた三成は外交担当・河尻秀長の言葉に慌てる。


「向こうは井伊直政殿だから、ここはやはり治部殿に」


 河尻は端っこに陣取るつもりらしい。


 頬骨の高い、彫りの深い顔が強張っている。


「き、緊張する」


「ちょ、ちょっと! シッカリしてくださいよ」


 河尻が急に腹部を抑えた。上目遣いで言う。


「……中央は治部、頼む」


「大変ね」


 その様子を隣で見ていた茶々が言った。


 寒いので毛布のような大きい布に包まっている。


 東軍の先頭が入ってきた。


 旗印は紺地に白の黒田藤巴。

 黒田長政である。


 木下頼継が手を挙げて、ステージ右手の来賓席へ誘導する。


 続々と入ってくる旗印は国旗のようで、さながら小規模のオリンピック開会式のようである。


 井伊直政の旗印、『朱絹地金箔押井桁紋旗印』の鮮やかな赤が見えた時、中庭に甲高い声が響いた。


「茶々様ーー! 私ですーー! 貴女の婚約者フィアンセでーーす!」


 大声で茶々に手を振るのは井伊直政である。


 戸田内記が茶々の元に向かおうとする直政を容赦なく引き剥がして、来賓席に向かわせる。


「お元気ですかーー! 私のお手紙はお読みくださいましたかーー?」


 内記は小柄な直政を羽交い締めにしている。


「茶々様、安易に目を合わせないでください」


 三成な腕を組んだまま直政を睨みつけた。


 茶々は直政の様子がよっぽど可笑しいのか、手を口元に寄せ笑っている。


 次に本多忠勝、池田輝政、藤堂高虎といった面々が続き、最後は小早川秀秋の旗印が見えた。


 しかし大将の小早川秀秋の姿はない。


「金吾さん、腹痛のため三の丸・来賓室でお休みとのこと」


 左近が走りより、三成に耳打ちする。


 すぐにも飛んで行って秀秋と話がしたいが、テープカッターの役目が生じてしまった。


「では、みなさま。これよりテープカットに移らせていただきます」


 長束正家の司会が板についている。


 事前に木兵衛が用意した赤と白のテープが準備される。


 河尻からハサミを渡され、三成はステージに上がった。


 左端から河尻秀長、三成、井伊直政、本多忠勝の順である。


「茶々様ーー! 婚約者フィアンセが見えますかーー?」


 井伊直政がハサミを持った手をブンブン振り回す。


「おいおい……もう浮気か?」


 隣の三成の言葉に直政が気色ばむ。


「何だ? 人聞きの悪い」


「あれだけ熱烈にこの俺にアプローチしておったのに。俺は悲しいぞ」


 三成は心底小バカにするような目を直政に向けた。


「俺との夫婦の誓いは嘘だったのか? この色ボケゲス野郎」


「……ブッ殺すぞ!」


 井伊直政は思いっきりテープをカットした。


 三成もテープをカットすると右手をサッと出した。


 見物客にはスマートに見える形で。


「茶々様はお前には渡さぬ!」


 直政は言いながら、三成の手をギリギリと握り潰す。


「こちらとしてもそのつもりだ。お前になんぞ指一本触れさせるものか!」


 三成はニコニコしながら、直政の手を思いっきり握り潰す。


 二人の握手は異常に長いものとなった。


 河尻秀長と本多忠勝が一見友好的に見える二人に笑顔で拍手を送る。


 三成と直政は右手をシビれせて悶絶しながら左と右に別れてステージを後にした。


「イテテテ……意外に握力が強いな」


 直政の細い体のどこからそんな力が湧くのか。


 三成はシビれた右手を振った。


 直政も席に戻ってしばらく悶絶している。


「バカだよね……貴方たちって」


 その様子を見て茶々が呆れたように言った。



  ◇



 左近は主君と小早川秀秋と話合いの場を設けるため、一足先に三の丸・来賓室に向かう。


 人集ひとだかりができて、何人かが足早に出入りする姿が見える。


 曲直瀬玄朔が廊下の奥から走ってきたのが見えた。


「金吾さんに何か?」


 左近も走った。


 来賓室で顔を白くして倒れているのは、本日、金吾に付けた小姓である。


 曲直瀬が頬を叩くと、目を開ける。ちょっとした貧血のようだ。


「大事ない」


 曲直瀬は左近に振り返って言った。


「金吾さんは?」

「知らん」


 確かに曲直瀬は知らないだろう。


「金吾さんはどこですか?」


 小姓に聞こうにも、ぼんやりとしていて目の焦点が合わず要領を得ない。


――体調が快復して、ステージに向かったのだろうか?


 左近は嫌な予感がして、すぐにその場を後にした。



  ◇



「ではこれを持ちまして、佐和山炭鉱東西共同開発記念セレモニーを閉会とさせていただきます。最後に……」


 治部っ! と長束正家が声を出さないで口を開く。


 最後の締めくくりは河尻秀長に頼んでいたのだが、河尻は腹を抑え顔を青くしている。


 仕方がなく三成は再びステージに上がる。


「えーっ! このたびはお日柄も良く……」


 東軍から刺すような冷たい視線を感じる。


 あからさまに腕を組み、睨みつけて態度に出して者もいる。


「内記! 頼継!」


 二人もステージに上がり、バンっと大きな板をひっくり返した。


「このたびは東軍西軍、双方の和解の象徴的な記念の日となりました。我々はこの日を祝し、西軍領地内で使える記念の五千円紙幣を発行いたします」


 板に貼り出したのは、又兵衛に描かせた茶々の顔の大写しのもう一枚の紙幣である。


『東西友好記念紙幣』と書かれ茶々がクレオパトラの扮装をしている。


 他の二種類の紙幣に比べると、やや肩の辺りの露出がある。


 おーっという野太い歓声があがった。


 井伊直政がフラフラとステージに上がり、顔を近づけて紙幣を見ている。


「この紙幣、一枚につき米俵一俵と交換とさせていただきます。みなさま、奮って交換していただきますよう……」


「この紙が米俵一俵? 正気か?」


 直政が指を差して抗議する。


「いえ……別に要らなければ交換しなくても良いのですよ。ただ手掛けた絵師は天才・岩佐又兵衛。

 茶々様の姿を生き写しでございますゆえ……お求めになる方も多いかと。本日限定で数にも限りがございます」


「暴利じゃないのか?」

 直政は顔を近づけて小声で言った。


「こちとら、饗応きょうおうに金がかかってるんだよ。ちっとは協力せい!」


 直政は早速並んで予約券を手に入れている。


 後日、米俵はこちら側に届く予定である。


「商魂、たくましいわね……」


「不快でしたか? すみません」


 茶々はかぶり振った。


 茶々は自分の存在が商売になることを理解している。


 予約権を持った直政が茶々に駆け寄ろうとしたがまたしても内記に阻まれている。


「私も一枚いただこうかな」


 振り返ると黒田長政である。


「……こりゃ、どうも」


 三成は予約権をぞんざいに渡す。


「ちょっと内密な話がある。良いか?」


 長政は扇子を開いて口元を隠しながら話した。


 あまり聞かれたくない話らしい。


 茶々を二の丸の自室に送り届けると、執務室に待たせている長政の元に向かう。


――何の話だろうか。


 執務室に入る際、一瞬、少し心を落ち着かせる。


 簡単にはぎょしにくい相手である。


 長政は足を組んで深々と身体を椅子に預けている。


「今度は何用だ?」


 三成の問いに長政は目を伏せて言った。


「……誠に不本意ながら、私はこれからは貴方と手を組むことにしました」

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