第62話 忖度しない!
大垣城内で木下木兵衛こと増田長盛が待っていた。
「おい治部、天ぷらはまずいのではないか?」
「どうして?」
「どうしてったって」
「内府の死因は天ぷらの食い過ぎじゃなくて、胃癌だろ……別に気にすることないだろ」
「天ぷらは外しといたほうが無難かと思うけどね~わしは」
木兵衛は付け髭を鼻の下と顎に沿ってしている。
そのおかげなのか、普段からの影の薄さのおかげなのか、木兵衛の正体を見抜いた者は今のところ執務室メンバーと恵瓊以外ではいない。
「そこまで忖度せずとも。天ぷら美味しいのに。内府のジジイせいで食べれないの可哀想だろう」
佐和山炭鉱の開山セレモニーは二日間行われる。
一日目の夜には東軍の来賓を招いて饗応を予定している。
天ぷら云々はメイン料理の話だ。
少し前に伊勢海老が大漁だったので、冷凍庫……洞穴を利用して作った雪で壁を固めた小部屋(氷室)にまとめて置いてある。
「じゃあ、メインはどうするのだ?」
「すき焼きとかどうだろう?」
木兵衛が応える。
「うーん」
三成は悩む。
戦国時代に牛は農耕用の家畜として重宝されたため、食べることは通常しない。
だからこそ、牛肉料理を出す特別感は演出できる。
ただ、すき焼きは冷めると良くないので時間通りに提供できるかがカギになる。
配膳を行う者の負担になりやすい。
「出すとしたらステーキかな。ちょっと……考える」
ステーキと言っても固いものを出すわけにはいかない。
最高級品でなければ恥をかく。
メイン料理のことを考えながら小便をしてると、隣でじっと佇む男がいる。
「ぬれぬれスイッチ先生の新刊、素晴らしかったですね」
「えっ! えっと、そうですね」
声の主は長宗我部盛親である。
慌てた三成は的を外しそうになる。
「いやーほんと、あの瑞々しい文章。程よいエロス。毎回、どんな方が書いてるんだろうと知りたくなります」
長宗我部盛親はジト目で三成の顔を見る。
「もしかして、ご存知だったりするのでは?」
「いやー、知りません。一体どなたなんでしょうね!」
ようやく小用が終わり、井戸の水で手を洗った。
盛親はそこまで付いてくる。
「そう言えば、治部さんは高坂惣次郎のこともご存知とか。流石顔が広い」
「ああ……ご存知というか、まあ……」
惣次郎は宮本武蔵に会いに行ったときに会った若衆である。
茶々の婚礼時のヘアメイクを頼んだ時にも会った。
ま、結局自分がしてもらったわけだが。
今は舞台の女形として活躍している。
「今度はボニーアンドクライドを題材にした舞台で惣次郎はボニーを演じるそうです。
相手方は前回から引き続き与田真佐人……こちらも注目の新人ですよ」
ボニーアンドクライドはアメリカでは義賊として人気だが三成にとってはただのならず者である。
「清純派の彼にとってはボニー役は挑戦だと思います。
単にビジュアルの優れたアイドル俳優で終わるのか、これを機に演技派に転向できるのかの」
「なるほど……」
三成は忙し過ぎて、舞台や最近よく行われているコンサートなんかに足を運んだことは無い。
「そう言えば、貴方に似せた役も登場するようですよ」
「えっ?!」
嫌な予感がする。
「なんでもレ・ミゼのジャベールよろしく、主人公二人を冷徹に追い詰める保安官の役だそうです」
やっぱり世間の評判はよろしくないらしい。
「ハハ……悪役ですね」
「今度、一緒に観に行きませんか?」
「はい?」
「もしかしたら、観劇したら筋書きが変わるかもですよ。人間、会えば何となく親しみが湧くものですから」
盛親が期待を込めた純粋な目で三成の横顔を見ている。
「そうですね……ぜひ」
盛親は嬉しそうに顔を輝かせた。
「やった! ぜひ、ぜひ行きましょう!私は普段から仕事ばかりであまり友達もいなくて。
嬉しいです。こんなふうにお友達付き合いができるの!」
スキップでもするのかと思うぐらい盛親は盛り上がっている。
「あ、あの……それと」
盛親は周囲の目を気にして小声になる。
「茶々様が現れた洞窟というのを見てみたいのですが」
「そうですね……春になったら」
あの洞窟は辛い記憶と、茶々を見た嬉しさとが綯い交ぜになった不思議な場所だ。
「春になったら、伊吹山にも山桜が咲いて緑にピンクが映える美しい季節になりますでしょう。
ぜひ、握り飯でも携えてピクニックでも行きましょう」
「春が待ち遠しい! 楽しみです!」
盛親はこちらが恥ずかしくなるような勢いで大きく手を振って去っていった。
廊下を歩いていたら、今度は大谷刑部から声がかかった。
今日はいろいろ人に捕まる日である。
宇喜多秀家と初の対面の首尾を聞きたがるのでしぶしぶ初との会話の内容を話す。
「中納言様もピンと来なかったようですぐにお帰りになられた」
もちろん秀家が泣いたことは言わない。
「それは初の言い分が正しい。お前が勝手に動いて若い二人を傷つけただけではないか。お前が悪い」
大谷の容赦ない指摘に三成の眉間にシワが寄る。
確かに――全くの不首尾であった。
「治部……俺に初のことを預けてくれないか?」
「ま、まさか初までものにするわけじゃないだろうな」
大谷は笑った。
「そんな、ケモノじゃないんだからものにするとか有り得んだろう」
前科があるだろう! 前科が。と思っても言えない。このケモノめ。
「俺はお前よりは女の心理について詳しいという自負がある」
普段の大谷の爽やかな笑顔が今日はなぜか勝ち誇った顔に見える。
「俺に任せろ」
自分よりは適任なのは分かっている。三成はしぶしぶ頷いた。




