第61話 多様性がない!
寒いので綿の入った手袋もして三成と秀家は馬を並べて初の屋敷に向かった。
秀家は藍色の小袖にカラシ色の上掛けを羽織り、小豆色の頭巾を被った。
三成は今日の秀家の清々しい男振りを好ましく思う。
眉の濃い、涼やかな目元が降り積もった雪を受けて輝いている。
これなら初も、すぐさま秀家に嫁ぐ気になるだろう。
屋敷に着くと湯浅五助はお湯を沸かして、二人を向かい入れる。
冷え切った手を程良く湯気の立ったお湯に付けてゆっくりと解していく。
「五助、ありがとう」
三成の言葉に五助は少し口元に微笑みを浮かべる。
初は座りながら物憂げに外のみぞれ混じりになった雪を見ている。
五助の用意してくれた火鉢に当たりながら三成は初に話しかけた。
「初よ、こちらは中納言・宇喜多秀家様である。ご挨拶を」
初はハッと振り返り、秀家を見た。
「こんにちは! 初殿」
「どうも……」
秀家の爽やかな挨拶とは反対に初は気のない返事をした。
「まずはこれを」
秀家は跪いて持参した花束を初に差し出す。
初は胡乱げに秀家の白面を見た。
「何ですか? これ」
「中納言様がお前のためにご用意したのだ。プレゼントである。喜べ」
初は花束を小首を傾げて受け取った。
つまらなそうに花束を見る。
「……どうも、ありがと」
秀家の戸惑いの視線が初ではなく、三成の横顔に刺さる。
「お前、中納言様からのプレゼントであるぞ……もっとこう……」
「もっと、何?」
初は眉を顰める。
「もっと、その……」
「治部、私は茶を飲んでくる。初殿、お目にかかれて光栄であった」
秀家はサッと立ち上がった。
「もっと、何かあるだろう?」
秀家が部屋を去るのを確認すると三成は小声で初に言った。
「いきなり押しかけてきて、何なの?」
「いや、いきなりって……中納言様にシッカリとご挨拶せねば、失礼であろう!」
中納言様だぞ……と三成は独りごちる。
「中納言って偉いの?」
「偉いだろ! まったく」
三成は胡座をかいた。
初はそう言えば全然日本史を知らないのだ。
長宗我部盛親や内記らと一緒で過去の記憶がほとんど無く、現代の記憶が豊富なタイプである。
「この世界のことを少しずつ知ってもらわにゃ」
「知りたくないし、知ったところで私は私です」
初は真っすぐ三成の顔を見た。
「誰にも私の感情や態度を左右することはできない」
「そりゃそうだけど」
三成は頭をワシャワシャ搔いた。
「あのな、中納言様とお前を引き合わせたいと思っているのだ。
ゆくゆくは夫婦となり、幸せな家庭を築いていってもらいたい。今日はその第一歩だと思って欲しい」
「何それ? ミツナリは昭和……明治の男なの?」
初は盛大にため息をつく。
「え、永禄ですけど……永禄生まれ」
「ミツナリ……Shut up!」
初は目を細める。
「そういうこと、聞いてるんじゃないの。つまりは価値観がガチガチの古びた骨董品みたいだって言ってるわけ。
何で勝手にミツナリに結婚相手を決められなきゃならないわけ?」
まあ、ごもっともである。
三成は初の視線を受けて目を逸らした。
「普通の女ならば……中納言様との結婚など夢のまた夢。中納言様は聡明かつ、あの男振り。喜ばぬ女がいるとは思わなかった」
「確かに、けっこうイケメンだと思う」
「そうだろ?」
三成は食い気味に言った。
「何が不服だ?」
「不服なわけじゃない。私は何事にも慎重なだけ」
初の眼差しが揺れた。
「私は彼のこと何も知らないのに、気のあるフリなんか出来ないよ」
まあ、もっともである。
「中納言様は……」
三成はもっと初にちゃんと予め説明するべきだったと悔いた。
「本当に頑張ってる。責任感が強くて。繊細なところもあるのに。みんなのためを思い、常に気持ちを張り詰めて頑張っておられる」
「……」
「怖がりでちょっとナルシストなところもあるけど、優しくて賢くて。
中納言と言う地位が無かったとしても、ちょっとやそっとじゃ見つからない男だぞ」
「ミツナリ、Come on……」
初は手招きしてもっと近づけと言う。
三成はぐっと近づくと、初に強かにおでこあたりを打たれた。
「イテ!」
「そういうことは、私がこの目で確かめる! Get out!」
三成は頭に来て、秀家の持ってきた花束を乱暴に掴み取り出ていこうとする。
「ミツナリ!」
初は床を指差す。
「それは置いていって」
秀家は無言で帰り支度をしている。
「いや〜大坂から飛ばされてきたばかりだから戸惑っているのでしょうね! まあ今日が顔合わせ初日なわけですから、徐々にお互いを知っていただければ!」
三成も隣で草鞋の紐を結んだ。
秀家は一足先に立ち上がる。
「面白い女子であったな」
「左様で! よ、良かった」
三成は初が秀家の『おもしれー女枠』に入ってくれたことに安心する。
「彼女とだったら、きっとこの世界を戦って乗り越えて行けるかも」
「そうですね! そう思います! 強き女子と二人三脚で立ち向かえば鬼に金棒。素晴らしい伴侶となりましょう」
三成も立ち上がって、秀家の肩を叩いた。
秀家はクルリと振り返り、背の低い三成の肩に顔を埋めた。
「しかし……しかしながら……私はそこまで強くは無いのだ……」
いきなり肩に秀家の身体の重みが加わり、三成は少しよろける。
「強い女子は嫌いじゃない……むしろ平時には面白く思えるかもしれない……でも、今は……今は、ただ寄り添ってくれる女子がいて欲しい」
秀家の肩がせり上がる。
たぶん泣いているのだ。
それを隠すために三成の肩を借りている。
「寄り添って、味方してくれて、ただ微笑んでくれる人が良い。私は古い男か? 情けない男か?
女の多様な生き方、否定してるか? 治部、笑ってくれ」
三成は秀家の肩をポンポンと優しく叩いた。
「情けないとも、古いとも思いません。中納言様ほどの男はいません。
俺は充分知っているのですから、けして笑ったりしません」
涙が肩に染みてくる。
せり上がった肩が激しく揺れた。
秀家の張り詰めていた気持ちが爆発したようだった。
「おぬしのように、強くなれれば……」
「俺だってそんな強くありませんよ。男はみんな弱いものです」
こんな世界に落とされて、武力で脅されて、危ない思いをして交渉して。
男だったら耐えなきゃいけないと思う方がよっぽど多様性に欠ける。
秀家の咽び泣く声が雪に阻まれて良かった。
嗚咽が初の耳にも、五助の耳にも入らなくて良かった。
少し落ち着いたのか、秀家は顔を上げてサッと背ける。
秀家は空を見上げた。
雪は既に止んでいる。
「もう少し、待っても良いか? 気の合う女子に出会うまで」
「ええ、そうしましょう」
三成は秀家の肩をそっと抱いた。
「大丈夫。きっと出会えます」




