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第58話 お味方じゃない!

 三成の元へ村田から家康の息子・松平忠吉からの書状が届いたのは佐久川喜重郎が帰って行った翌日だった。 

 

 書状には杭瀬川で飯田源吾へ向かって発砲された弾丸の指紋と照合するため、各隊に指紋集めに協力してもらっている旨が記されている。


 言葉数は少ないが律儀で実直な様子が文からも見て取れる。


「内府は息子の手紙にまで検閲印を押させるんですね」


 左近が手紙を覗き込みながら言った。


 手紙の右端に検閲印が赤黒く押されている。


 三成は指でなぞる。


「ほんとだ」


 黒田長政が直接持ってきた井伊直政の茶々宛の手紙のように、東軍の関所を通過しない場合は検閲が入らないが、通常の郵送ルート……東軍の関所を通してこちら側に渡る書面の場合、全ての書面に関所の役人の検閲が入る仕組みになっていた。


 西軍と通じた人間をあぶり出すためであろう。


 紙がヒラリと落ちた。


 もう一枚、重ねられていたらしく、薄い紙である。


 側にいた内記が拾い上げた。


「何ですが? これ?」



   人生七十 力囲希咄

   吾這寳剣祖佛共殺堤る我得具足の一太刀

   金此時ぞ天に抛

二月十日

   恐々謹言



 三成は思わず目を顰める。


「利休……」


 秀吉より死を申し付けられた千利休の辞世の句である。


 毀誉褒貶きよほうへんが多く、いろんな事件の黒幕にされ続けた三成だったが事実無根のことが多い。


 しかしながら、こと利休の切腹については全く関与していないとは言えない。


 利休が罰せられた主な原因として、売僧まいす(僧でありながら茶器などを法外な値段で売って利益をあげていた)をはじめに指摘したのは三成である。


 三成とて特に利休に恨みはなく、厳しく罰しようとして秀吉に箴言かんげんしたわけではない。


 利休がお墨付きを与えたり、プロデュースしたものがあまりにも法外な値段で売れていくので、ものの値を落ち着かせようとする狙いもあった。


 もちろん、利休にこれ以上の影響力を与えては危ないという予感もあった。


 利休は家業の武具倉庫業でも利潤を得ていた。


 それに加えて人を魅了する天性のカリスマである。


 要は秀吉の権力とのアンバランスを解消しようとしたのである。


 ところが……結果はあれよあれよと言う間に前代未聞の茶道筆頭の切腹に繋がってしまった。


――俺を暗に非難しているのか。


 このことで利休の弟子からは蛇蝎だかつのごとく嫌われた経緯がある。


 特に細川忠興は、それまでそれなりに話せる仲であったが一切三成とは目も合わせなくなってしまった。


「きょひ……金吾」


「ん?」


 内記が手紙を横から覗き込んで呟く。


「左から読むと、拒否、金吾、となりますね」


「ほんとだ!」


 左近が嬉しそうに言った。


「『今』が『金』になってる!」


此時ぞ天に抛は』の部分が、『此時ぞ』……になっている。


 普通だったら誤字であろうが。


「並びも、よく見たらおかしいですよ!」


 内記が再び指摘する。


「ほんとだ……」


 三成は呟く。


 日付が飛び抜けて上に書かれている。


 不自然である。


「金吾が指紋の提出を拒否している、と伝えたかったのか……」


 そうであれば、松平忠吉は父親の目を掻いくぐり、三成に協力しようとしているということになる。


 三成は心の奥底からの興奮を隠せない。


 家康の極々身近なところで協力者を得たのである。


 左近に伝えると呆れたような声が返ってきた。


「殿、松平忠吉さんのご協力はそうかもしれませんが、この件に関してだけですよ。

 若者らしい正義感からです。 だからといってすぐさまこちら側の味方になってくれるなんて、虫の良い話ではないでしょう」


「ゆ、結城秀康は俺とウマが合ったぞ」


 結城秀康は家康の次男坊で、関ヶ原直前に三成が領地・佐和山に引いた際、命を狙われていた三成のため警護のため付き添って送り届けてくれた。


 道中、平家物語トークで盛り上がったのを覚えている。


「でも、お味方してくれるまではなかったでしょ」


「……」


 三成は話を変えるために咳払いをした。


「それにつけても、またしても金吾か……」


 三成は小早川秀秋の色白のふっくらとした顔を思い浮かべた。


 子どもの時分は大変に愛らしく、叔母である北政所のすぐ側で手毬などを持って遊んでいた姿が印象的であった。


 いつしか、そう言った愛らしい印象は消え失せ、ふっくらした頬には周囲の者への冷笑を浮かべるようになった。


 思春期のよくある反抗的な態度かと思ったが、成長するにつれて素行はますます悪くなり、秀吉の勘気に触れてものらりくらりとかわすような大胆不敵さも身につけてしまった。


「可哀想ですよね……」


「可哀想? 金吾が?」


 内記の呟きに三成は反応する。


「だって……幼くして親元を離されて、外国での戦争に駆り出されて……僕だったら耐えられないですよ」


 戦国時代である。


 幼くして親元を離されるのなんて日常茶飯だし、戦争に駆り出されるのは武門の宿命さだめである。ただ。


「そう言われれば、そうなのかもしれんな……」


 価値観のアップデートが肝要である。


「左近……金吾に接触するぞ」


「いきなり本丸を攻めて大丈夫ですか?」


 主君の性急さに左近は半ば呆れ気味である。


「正直、金吾のことはただのクソガキとしか思ったことは無かったが、俺も考えが変わったのだ。


  人並みに感謝の心や思いやりを持って人に接する。さすれば、自然と味方ができていって道が拓ける。このことに気がついたのだ」


「かなり遅いですね! 気がつくの! 人生何周目でですか?!」


 堂々と胸を張った三成に左近は思わず突っ込んだ。


「金吾……待っておれ! 俺が慈悲の心でお前のその腐った性根、叩き直してやる!」


「慈悲の心……すでに行方不明ですけど」


 左近は乾いた笑いを洩らした。

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