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第56話 ひとりでは生きられない!

 三成が駆けつけると既に曲直瀬が布団の上で横になった左近の右腕を取って脈を取っている。


「どうした? 左近!」


 三成が曲直瀬を横に押しやり、左近の左手を取る。


 かなり体温が熱い。


「……刃に毒が塗ってあったかな」


 曲直瀬が呟いた。


 左近についた佐久川喜重郎の刃の傷跡は、もうすっかり塞がっている。


 ところが時間差で左近の身体に毒が回ったのだ。


 左近は息が荒い。


「薬はあります。上様お手製のものですが」


 徳川家康は薬作りが趣味である。


 三成は逡巡しゅんじゅんする。


「信用なさらなければ、別に飲む必要は無いですが……効きますぞ」


 三成は頷いた。

 薬効に縋るしかない。


 三成は手ぬぐいを絞ると左近の額に当てた。


 既に日をまたいで深夜。

 暁八つ(午前二時)である。


 とっくに曲直瀬は帰り、内記と二人で左近の看病をしている。


 まだ依然として熱は高いが、寝息は幾分落ち着いてきたように感じる。


 左近はふと目を覚まし、顔を赤くして傍らの三成を見つめる。


「左近……!」


「殿が……村田きゅんのことばかり心配してるから……左近はこうして熱が出ちゃいました……」


 左近の目が幾分潤んでいるように見える。


「いやいや、何を言う! 当家は左近第一! 左近あっての石田家だ! 妙なヤキモチを焼かずに早く良くなってくれ!」


 一緒に看病してくれている内記は二人のやり取りを見て少し気まずい表情をしている。


「殿……それでしたら……左近から、頼みがございます……」


「おうおう! 何でも言え! 何でもしてやるから!」


 三成は必死で左近の手を取った。


 左近は目線を、部屋の隅の小さな箪笥に寄越した。


「これか?」


 左近はウンウンと頷く。


 一番上の引き出しには永楽通宝が4枚入っている。


 以前、左近にせびられた銭である。


「今日……大広間で……昼から……」


 左近は息絶え絶えに三成の耳元で囁く。


「何だ? 昼から何かあるのか」


「左近が絶対に欲しいものが売りに出されるのです……」


 そういえば、左近は愛刀を清洲に置いてきてしまっていた。


 刀が欲しいのだろうか。


 もっとワガママを聞いてやれば良かった。


 左近が望むものをもっと与えてやれば良かった。


「そうか……それを買ってくれば良いのだな」


 左近は頷いた。


 一筋、左近の目元から綺麗な涙が流れる。


 まさしく二人の主従を超えた絆がほとばしる美しい瞬間だった。


「あい分かった! 左近の望み、俺が叶えてやるからな! それを買うてきた暁には絶対に元気になるのだぞ!」


 左近はゆっくり頷いた。


「殿……二種類ありますから、どちらも宜しくお願いします……足りない分は出しておいて……ください」


「おうよ!」


 昼である。


 三成は大広間へ走った。


 思えば左近にはお世話になりっぱなしである。


 左近はハッキリ言って、何でもできる。


 交渉も上手だし、無闇に敵も作らない。


 書類仕事だって素早く丁寧に片付けるし、頭も良い。


 何よりもめちゃくちゃ強い。


 同じ男として尊敬せずにはいられない。


 左近がいない自分がいかに無力であるか気が付かされる。


 左近を失うかもしれない恐怖が生じた時、いかに自分が今までワガママで身勝手に振る舞っていたのかが分かる。


 人は一人では生きていけないのに、なぜこんな当たり前のことに、こうなる前に気がつけなかったのだろう。


 本当に大バカ野郎である。


 三成は大広間に着くと、なぜか行列ができていたのでそこへ並んだ。


 その場にいた全員がみな振り返って、固まる。


「?」


 一通り三成の顔を見ると、誰もがそそくさと顔を下に背けた。


 顔を覆い隠す者もいる。


 しばらく行儀良く並んでいると列は進んで、三成は左近のご所望のものを手に入れた。


 三成は左近の部屋の扉をスパンと開けた。


「左近! うてきてやったぞ」


 左近は内記が持っている皿から、干し柿にハチミツをトッピングして食べている。


「あ! 良かった。まだありました?」


「ぬれぬれスイッチ先生の新刊『ドジっ娘くノ一 大垣城で危機一髪』と、『クールな女城主 敵方の男には陥落しません』の豪華二冊だ! 受け取れ!」


 三成は二冊を並べて持ち、左近に見せる。


 表紙はなかなかドギツい絵面になっている。


「あ! ちょっと、この場で題名を言うのはご法度ですよねぇ!」


 内記がこれほど人を白い目で見られるのかというくらい白い目で左近を見ている。


「なんだ? このぬれぬれスイッチ先生というのは?」


「さぁ、覆面作家さんなので実体は知らないですけど面白いですよ」


「左近殿、治部様を一体何だと思ってるんですか……?」


 内記は左近の首元の汗を拭きながら、呆れ顔で言った。


「お前、俺をなめてるだろ?」


 三成は左近に薄い本を渡す。


「ええ! そんなつもりありませんよ!」


 左近は大事そうに薄い本を抱きしめる。


「買ってきてくださって、ありがとうございます!」


 左近はいつもの豪快な笑顔を見せた。


 三成はその元気そうな姿に少し安心する。


「左近? 起きていて大丈夫なの?」


 茶々がポニーテールを揺らしながら左近の部屋を覗き込む。


 左近と三成は慌てて薄い本を布団の下に隠した。


「どうしたの? 何か隠した?」


「いやいや、何でもありません」


 三成が誤魔化すと、内記が容赦なく薄い本を引きずり出す。


「あっ!」


「ちょ、ちょ!」


 それを見た茶々は苦笑いをして言った。


「大丈夫そうね……」


 茶々がパラパラと薄い本をめくる。


 左近と三成は罰ゲームを受けているかのように下を向いて沈黙している。


「で、どっちが良いの?」


「は?」


「二人はどっちが好み?」


「左近は絶対にクールビューティー派ですね」


「お、俺もです! 絶対クールビューティー。ドジっ娘なんてただのアホじゃないですか。言語道断ですよ」


 三成も便乗する。


「ふぅん」


 茶々は飽きたのか、パラパラしてから本を三成に返した。


「刑部はどっちだと思う?」


 左近が三成の顔を見る。


「あー、アイツはクールとかドジっ娘とかじゃなくて……」


 三成は腕を組んで真剣に考える。


「何か昔から変わった趣味だったかな! ビジュアルとか気にしないっていうか、ポチャッとしてたりもしたし。まあ、なんだかんだ言ってアイツはブ◯専……」


 左近が思いっきり三成の後頭部をひっぱたいた。


「茶々様、すみません! ウチの殿はお母様の胎内にデリカシーを置いてきてしまって! 勘弁してあげてください」


 茶々は思わず笑った。


「いいよ! なんか思ってたより左近が元気そうで良かった!」


 三成は恨めしそうに左近を見た。


 茶々も左近も内記も笑っている。


 まぁ、いいかと思う。


 みなが幸せならばそれで良い――ただ一抹の不安が三成の心の中に影を作る。


 このまま、この幸せが続けば良いが。


 茶々の出産も現代の医療設備は無いのだから、曲直瀬と共に万全の対策を取らねばならない。


 万が一の輸血の準備が必要かもしれない。


 どうやって? 


 もしかしたら帝王切開という可能性もある。


 麻酔の必要が生じるから、小西行長に相談してそうなった場合の対応を協議せねば。


 やる事は山積みである。


 そして……出産した後は、茶々を東軍に奪われることになる。


 茶々がいなくなる――三成は横目で茶々の笑顔を見た。


 結ばれずとも出来ればずっと側にいたかった。


 茶々がこちらに大きな瞳を向ける。


 いや、彼女の幸せを願わなければ―― 三成は無理矢理笑顔を作った。

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